【片割れの天使に無礙な口づけを】《柊八束―過去編―》

第2話 【愛と呼べない夜を越えたい -2-】

　――ああ、淫らだな俺。相手が男だっていうのに感じてるんだ。

　――もう……陵さんの嘘吐き。男に触れられても感じちゃうよ――ッ。

　八束に胸の突起を何度も舐め回され、何度も女みたいな喘ぎ声を出してしまう。

　八束の体に密着している、己の雄の形が熱くなる。体中がじんじんしてくる。

「海鳴……尻上げろ」

　八束が優しい声で、海鳴の手首を掴むと、彼の手を、内腿に添えてやる。海鳴はそのまま内腿をしっかりと抱え、腰をしなやかに曲げ、尻を浮かす。半分八束の力がかかっていた。

「はぁ……はぁ……」

　――羞恥心ってのは、何処かへ置いて……ッて無理無理無理無理…――っ！

　海鳴は顔を赤くした。本能的に、他人に見せるはずの無い部位を曝け出し、宙に浮かせた足首が、一瞬がくがくと震え出す。

　海鳴の体を引き寄せると、八束は指にローションを滴し、濡れたその指を海鳴の孔へ、ゆっくりと入れた。

「う……あ……あぁ――っ！」

　――気持ち悪い……？

　顔を赤くしながら息を堪えているのに八束は容赦なかった。

　彼の指は、第二関節まで海鳴の中に滑らかに入り込んで、抉る様に突き動かしてくる。

「何だよ、初めてにしちゃァあんま嫌な顔しねぇのなァ……ほんとは気持ちいいんだろ？　なぁ？　もっと濡らした方が気持ちよくなれっかなァ？　もっとさっきみたいな可愛い声聞かせてよ……海鳴」

　意地悪そうな声で耳打ちしてくる。言葉で攻めてくる彼の嫌らしい目付きに、逆らう気は殊更なかった。ただ――

「や……ッふ…ぅ……ち、違う……や！」

　肉体は初めての体感に少々疲労困憊気味で、内腿を抱えていた手が怠くなる。

　海鳴は目を瞑ったまま抱えていた手を離して、真横にだらんと広げた。

　指を入れられたまま、空中で膝を曲げていた足を下ろそうとする動作を八束に見せる。すると八束は海鳴の片足を器用に持ち上げ、自分の肩で支えながら、更に指の本数を増やし、無理矢理孔を押し広げる。今度は力強く、中を指で掻いた。

「ああ――っ！」

　八束は息を上げて辛そうな顔をしている海鳴に容赦なく――

「休んでんじゃねぇよ……」

　低い声で唸り、そう言って海鳴の中から指を抜くと、下着をその場に脱ぎ捨て、露になった自身の性器に濡れた指を擦り付けた。猛った己を海鳴の中へと押し進める。お互い息が徐々に荒くなっていく。

　海鳴は、快楽の波に溺れていった。興奮しているのが手に取るようにわかる。

「――ッあ……――ッ！」

「気持ちいいだろ？　俺もだよ、海鳴」

　腰を小刻みに揺らしながら、喘ぐ海鳴に話しかける。

「ヤ…ツカッ……俺……ッ変だよ――ッなんかッ――ッ！」

「変じゃねぇよ。男同士でもイけんだよ」

　八束はそう言うと、腰をゆっくり動かしながら、海鳴のものを扱き始めた。

「ああッ……やめ――ッ！」

「……イけよ」

　そう耳打ちすると、律動を早めた。

「ン――ッ！」

　海鳴は目を瞑り、くぐもった声で、絶頂に達した。

「――ハァ……ハァ……あ……！」

　顔が火照り、息を上げる。八束は白濁とした海鳴のスペルマに濡れた手を彼の胸部に擦り付ける。赤らむ突起に触れると海鳴は背中を撓らせた。

「なぁ……俺もイきてぇ……。イっていい？」

　八束はそう言うと、海鳴の腰に手を添え、体勢を立て直し激しく腰を揺さぶる。

　海鳴の喘ぎ声が段々大きくなっていく。八束の荒い息遣いと共鳴し合う。

「ッあ――ッあ！――ッ！」

「はぁ……はぁ……、イキそ……――嗚呼――ッ！」

　呻き声を漏らし、絶頂に達したと同時に海鳴の後孔から自身を抜くと、彼の下腹部に吐精した。

「ハァ…ハァ……っ……――あぁ」

　海鳴は息を上げながら、甘い声を漏らした。

「んな可愛い声出すなよォ……海鳴？」

　そう一言告げるとまた口を塞いだ。

「……ン――ッ八束……」

　――俺もいつか……女の子としてみたい。

　――そう、施設の密室で、性について真面目に考えた時期があったのに。

　――実際、男性との性行為を体験してみたら知らない感覚ばかりだ。当たり前だけど。

　――何で男と……。なんか変な気分だ……。俺は女になっちゃったのか？

「汚しちゃったな……拭いてあげるから、そこにいろよ」

「うん……」

　仰向けになったまま海鳴は返事をする。

　八束はベッドから降りると、部屋の片隅にあったティッシュを取り出す。

　再び元の場所に戻ると、海鳴の腹部を拭いた。八束は拭いてる時、自分の優しさをふと疑う。

　――あ……こんなこと初めてした。今まで汚したら汚しっぱなしだった。

　――乱暴だった。今まで最低なセックスをしてきたんだ……俺は。

　――何で今俺、今までが最低だと思ったんだ？

　海鳴の腹部を優しく摩りながら、ちらりと、一息ついていた海鳴の清新の気を纏った表情を見つめる。

　――それは――――これが――心から気持ちいいと思ったから――。

　――けどまだ、終わっちまうと罪悪感が残っちまう……。

　――あぁ……俺、海鳴のこと……愛したい。いや……――愛されてぇんだ――心の底から……。

「海鳴……してから言うのも悪ぃんだけど……さ」

「何？」

「俺、性依存症ってやつらしいんだ。なんか正式な別名あった気がすっけど……」

「うん……」

「詳しい話は面倒だからしねぇけど」

「うん……」

「あのさ……最初は満たされねぇかもしんねぇ……んだけど」

　海鳴の頬にそっと触れる。

「俺、海鳴となら、ちゃんと出来る気がすんだ」

　言葉が足らなかったかもしれない。だが、八束にとって、大きい意味を持つ言葉だった。

「はぁ……。ちゃんと出来るって……セックスとか、キスとか、そういうのだろ？　どうせ」

　海鳴は溜め息をつきながら、上体を起こす。

「なんつうか……俺、お前の事「好き」って思ってしたから……すげぇ気分良いのね。でも終わったらすげー虚しくなんの」

「ふーん……てかちょっと強引な気もしたけど？　気のせい？」

「ハハッ……でもよかっただろ？　なァ？」

「う……うん」

　――確かに悪く思わなかったな……。何でだろう……。

　――覚悟していたからなのか…――――クローンがこういう風に利用されてる事実もあるって事を受け入れたってことか……。

　――ていうか、俺、初体験なんですけど。ああ、初めての相手が男だなんて――！

　海鳴は耳を赤くし、目を見開く。両手で口を覆い隠す。

　海鳴のその態度を見て、傍にいた八束はにやける。

「……海鳴は俺の事、嫌いになったりしねぇ……よな？　俺の為に連れて来られたんだからよ」

「八束の為……？　何言ってるの……。まだ出会って一日も経ってないのに、好きとか嫌いとかわかんないよ。理由がないからさ……」

　――同性愛も悪くはない……と、認めざるをえない。俺はこれから、八束の全てを受け入れるって決めたんだから。

「そっか……そうだなー……。そういや俺だってお前のこと、まだ全然知らねぇわ」

　八束はそう言うと、微笑んだ。その笑みは過去の歪んだ感情に押しつぶされてきた為、ぎこちないものだった。

　海鳴は吊り目の彼が微笑んだ事で、改めて理解した。

　兄である蔀の代わりに、これから一緒に暮らす自分が、彼を支えていかなければならないと――。

　蔀が出て行く際に、自分の肩にそっと手を添えたのにはそういう意味があったのだろう。

　――蔀さんって人……本当にいけ好かない人だなぁ……。

　――八束との共同生活が始まった。