第15話 大切なものとは


「お話は済みましたか?」


 道案内をするように前方を行くサビは、痩せた頬に穏やかな笑みを浮かべて振り返った。先程、実弟に向けていたあの冷たい目が嘘のようだ。


「お前には関係ないことだ」


 サクラは不機嫌を隠さず睨みつけた。今の姿は折り目正しい地味な侍女のものだが、もう本性を隠すつもりはない。サビの目的を悟ったその時から、サクラの敵で間違いないのだから。


「その態度、皇族に向かって失礼だとは思いませんか?」


 穏やかにサビは問いかける。

 サクラは鼻で嘲笑った。


「なにを言っている? お前、霊堂の時から私の正体を知っていただろう」


 にっこりとサビは口角を持ち上げた。

 それを肯定と受け取ったサクラはどこまでも平坦で、けれど凍てつく冬を思わせる声音で「屑が」と吐き捨てる。


「お前、そのの魔力をどうするつもりだ?」

「おや、私の魔力が偽物だとよく分かりましたね」

「それぐらい視れば分かる。戦場で死にかけた奴らから、家族から奪ったということぐらいな」


 問いただすがサビの考えは分かっていた。サクラも彼の立場なら同じ手段を選ぶ。認めたくないがサビとサクラは考え方が同じだ。


「私はこの国を守りたいのです」

「別の道もあるだろう」

「ありませんよ。長年、考えたのです。その結果、最善がこれです」


 踵を返して、庭園の奥へ進見ながらサビは身の上話をするように言葉を重ねた。

 サクラも後を追う。歩速は違和感のない程度にゆっくりにして、ウラハの脱獄までの時間を稼ぐ。あの牢獄は堅牢だが、ウラハなら問題ないはずだ。短期間ではあるが、自分が付きっきりで指導をしたのだから。


「最善ね……」

敬虔けいけんたる始祖様は分かってくれると思います。今、私が進むこの道が一番だと」

「言葉には気をつけろ。私はこの国などどうでもいい」

「どうでもいいのなら、始祖様はフジ皇王を見捨てていたはずです」


 ピキッとサクラの米神に青筋が浮かぶ。一から監修をしてやりたい程に出鱈目なあの伝承をサビは信じているらしい。

 今すぐにでもその不愉快な面を引っ叩き、「アヤメのためだ!」と叫ぶのを我慢する。幸い、サビは前を見続けているのでサクラの表情の変化には気付いていない。


「始祖様には感謝してもしきれません。今までこの国を守ってくれたこと。あのウラハをここまで成長させてくれたこと。ウラハは才はあるが、本人の気質がいかんせん弱かった。あなた様のおかげです。ありがとうございます」 

「お前のためではない」

「結果論ですよ。おかげで私の計画は無事完遂することができるのですから、感謝を言わせてください」


 嬉々として語られる内容に耳を傾けつつ、サクラは意識を地下へと向けた。千年桜が近づくにつれ、焦りが募る。ウラハの脱獄に力を貸すか迷っていると、魔力の機微を感じ取ったサビが「ウラハは脱獄できそうですか?」と聞いてきた。


「私に聞くな。お前が自分で視ればいいだろう」


 サビは答えない。


「ふっ、魔力量では大したことはできないだろうがな」


 ——ほんの一瞬。刹那の時間。滲み出した殺気が空気を震わす。

 やっとサビから人間らしい感情を感じ取ることができて、サクラは口角を持ち上げた。嫌味を重ねて、もっとその感情を引き出してやろうと画策する。……決して、フジと恋仲だと思われたから一矢報いてやろうという魂胆ではない。


「……それも、ご存知でしたか」

「お前とウラハは対称だな。優秀だが魔力量が少ない兄に落第生だが魔力量が多い弟。ウラハに利用価値があるから、お前は優しくしているだけだ。家族愛だの体の良い言葉を使って」


 足を止めたサビがゆっくりと振り返る。表情を削ぎ落とした顔を向けられ、サクラはあえて微笑んだ。


「……あなたがついてきてくれたのは私の考えに賛同してくれたものかと思っていました」

「賛同はしていない。ただ、放っておけば、後にウラハが傷付くと思っただけさ」

「ウラハをいたく気に入っているのですね」

アヤメ親友の面影がある子供を気に入って何が悪い?」


 無言の帳が二人の間に落ちていく。聞こえるのは虫と風のさざめきだけだ。


「あの子は、親友の形見だ。守ってやらねばならない」


 サクラは微笑を解くと目を閉じ、己の体に施した魔法を解こうとした。白薔薇のアーチをくぐり抜け、花守の目もない。サビも自分の正体を知っている。この侍女の格好をする必要はもうないのだ。

 何の変哲もない黒髪は月光色へと変わり、黒色の瞳は薄紅色に色づく。そばかすが散っていた面は白皙はくせきの美貌に輝く。格好だけは侍女のままにする。かつての衣装より動きやすくて気に入っている。

 そして、千年桜の根元に作った身代わりを消し去った。もうあれは必要ない。

 サクラが変化を解くとサビが表情を変えた。懐かしむように目を細めると先ほどの表情は嘘だったような人好きのする笑顔を浮かべる。


「始祖様は数百万人の国民と一人の家族、助けるとしたらどちらを選びますか?」

「一人ではないだろう。お前が犠牲にしたのは」


 サビは魔力を集めるため、前線で戦死と見せかけて同国民を殺害し、家族の命も奪った。予測でしかないがサビの策略によって命を落とした者は百人以上いるはずだ。


「必要な犠牲です。この国に住む、多くの命を救うためにも」

「本当に、お前と分かり合えないな」


 サクラが肩を落とした、その時——。


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