第14話 無限監獄


 無限監獄は桜城の地下深くに位置する、歴史上、類を見ない極悪人を繋ぐための巨大な檻である。その名の通り、体感時間を止めることができるため、外界では五分という短い時間も、ここでは十数年にも感じられるという。

 また、壁に描かれた魔法陣によって、終わりの見えない時間に精神が壊れることもない。魔力封じも施されているため、罪人が魔法を使用することも不可能だ。


 無限監獄は『魔女の禁域』のすぐ真下。千年桜の根が覆い、国でもっとも魔素が濃い場所に存在する。決して破られることのない堅牢堅固けんろうけんごな檻に閉じ込められたウラハは、膝を抱えて、今にも泣き出しそうになるのを懸命にこらえていた。


(僕はマツバ兄様を殺していない)


 無限牢獄に囚われた時点で、ウラハがマツバを手にかけた極悪人だと確定しているようなものだ。何度も無実を叫んだが自分を盲目的に可愛がってくれるサビですら、冷たくあしらい、入獄を命じた。

 サビが助けてくれなければ、父王はもちろんのこと、姉も教師も、みんな、助けてくれるわけがない。


(どうして、信じてくれないの?)


 ウラハがマツバを殺すわけがない。あの人がどれほど自分に冷たく接してきても血を分けた家族なのだ。


(みんなは僕が犯人だと思っている。違うんだ。僕はやっていない)


 ウラハは拳を握りしめる。もし仮にマツバの自死が偽装であるなら、真犯人は今も悠々と生活しているだろう。真犯人の目的がもし皇族殺しならば、父やサビ、アサギも危ない。どうにか本当のことを伝えなければといけないが、いかんせんここから脱獄する術がない。

 今まで、一度として破られたことのない牢獄をウラハが突破するなんて不可能だ。


(サクラも見張られているだろうし、僕がここから一人で脱出しなければ)


 サクラも同じ無限牢獄に閉じ込められている可能性がある。ウラハがこんな短期間で力をつけたのは、誰もがサクラのおかげだと分かっているはずだ。

 いくら始祖たる魔女でも、この無限牢獄から脱獄するのは難しいに違いない。


「サクラなら、こういう時どう行動するんだろう」


 無意識に呟いた言葉に「私なら」と第三者の声が投げかけられた。


「まず、魔法封じを封じるな。術式は難解なようで以外とほつれが多い。そこを一箇所でも乱せば簡単に崩せる」


 ウラハは勢いよく顔を上げる。魔法陣が描かれた壁を眺めるのは、いまもっとも会いたい人物だ。


「サクラ?」


 白銀の髪と柔らかな桃色の瞳——美々しいその容姿は間違いなく、サクラだ。


「なんでここにいるの?」


 サクラはウラハの唇に指を当てると静かにするように言った。


「表に兵士がいるから、君の声が聞こえてしまうぞ。思ったことは心の中で言うんだ」


 ウラハは頷くと心の中で、どうやって脱獄したのかを問いかけた。壁を眺めるのをやめたサクラは自分の胸に手を当てる。


「時間がないから簡潔の述べる。ここにいる私は幻だ」


 胸に当てた手を、次は上へ向けた。


「私の本体はちょうど、この上にいる。君とはじめて会ったあの庭園だ」


 投獄されたわけじゃないの、とウラハは心の中で語りかける。


「ああ、サビ皇子が牢ではなく、庭園に連れていったんだ」


 サビ兄様が? まさかの人物にウラハの頭上には疑問符が浮かぶ。それから自分が投獄されてそこまで時間が経っていないことも分かった。ここに閉じ込められた時間は体感で一週間は経っているが、外の世界では数時間のようだ。


「結論から言うとサビ皇子は敵だ」


 えっ、とウラハは立ち上がる。サクラの言葉を理解することができなくて、詰め寄ると袖を掴み、どうしてか問おうとするが、


「私は幻だ。触れることはできない」


 指先は宙を掻く。勢いよく地面にへたり込んだウラハは目の端からほろほろと涙をこぼしながらサクラを見上げた。


「ウラハ、君にはまだ言ってなかったな」


 サクラはウラハの側に膝をつく。


「……サビ皇子はこの国を建て直すつもりなんだ」


 ——建て直す?


「ああ、私が目覚めるずっと前からこの国では魔素が年々と減ってきていた。サビ皇子は国を守るために魔力を集めることにした。君が彼から受け取った水晶がその証拠」


 ウラハは懐に手を当てる。身体検査を受けた際に没収されなかったのは、魔力の暴走を抑えるためだと思っていた。


はもう意味がない」


 ——意味がないって、どうして?


「その水晶は持ち主の魔力を吸収するものだ。君が持つそれには、私が特性を抑制する魔法をかけた。ただの石だから持っていても問題はない。アサギ皇女が渡されたものにも、見せてもらった際に施した。……キガラ皇王とマツバ皇子は接触が難しくてできなかったが」


 ——とと様になにかあったの!?


「いや、だ。葬儀の際、キガラ皇王の魔力も不自然に減っていた。マツバ皇子のように他殺に見せかけるつもりなんだろう」


 ——……それをサビ兄様が? どうしてそんなこと……。


「この国はいずれ魔力を持つ者が生まれなくなる。私という供給源がなくなったのだから。サビ皇子の本当の目的は——いや、話は君が来てからにしよう」


 サクラはウラハの頭に手を当てると優しい手つきで髪をく。触れられないと分かっていても、その温かみが伝わったウラハは涙を拭う。


 ——僕はどうすればいいの?


「ここから抜け出して、上にくるんだ。この術式ぐらい、君は簡単に崩せるはず。私との勉強を思い出してごらん」


 そう言い残すとサクラは薄霧のように消え去った。

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