第12話 霊堂に眠る


 草木眠る丑三つ時、星も月も浮かばない暗闇が空を染めあげる。全てが眠りにつく闇の中、サクラは息をひそめ、夜警を務める衛兵達の間を潜り抜けると霊堂へと侵入した。

 昼間、訪れた時とは打って変わり、虫の吐息一つ聞こえない無音の空間を前に、足を踏み入れることを躊躇ちゅうちょする。

 サクラは生粋の無神論者だが、死者が眠る場所を荒らすほど無神経ではない。


(さすがに皇族が死ぬと警備が厳しいらしい……。本当は昼間に終わらせたかったけど、下手してウラハに迷惑をかけるわけにもいかないし、仕方がない)


 自分に言い聞かせながら着ていた黒のローブを脱いで、てきとうに丸め込む。 姿隠れの魔法が施してあるこれは、ここに来る前に手早く作ったものなので効果が心配だったが、兵士達は誰も気づかなかった。これはいいもの作ったなあ、とローブを眺めながらサクラは思う。

 眠る前、サクラは魔道具を作る仕事をしていた。油がなくとも火が消えない洋燈ランプ。象が二頭引っ張りあっても決して切れない縄。振りかざすだけで 強風を巻き起こす 団扇うちわなど。自らの魔力を込めた道具を作って、売って暮らしていた。


(これは捨てずに取っておこう。金になりそうだ)


 ウラハが一人前となり、サクラの手が必要となくなれば、他国で魔道具を作って生活するのもいいだろう。街を案内してもらった時に魔道具店を見たが、あの程度のものでも商品になるのなら十分生活はできそうだ。出ていく際に必要なものを揃えて行こう、とサクラは考えた。


(さて、それよりもお目当てのものは……)


 すぐさま気持ちを切り替える。ここに来たのはローブの性能を試すためではない。昼間、感じた違和感の正体を知るためだ。

 霊堂は大広間を中心に、いくつかの小部屋を擁しており、目的のものは三つ目の小部屋に安置されていた。

 昔だと考えられない豪華すぎる棺の中に眠るのはウラハの兄であり、この国の第二皇子であるマツバだ。腐敗を防ぐために施されたのだろう。氷魔法の気配が近づくたびに強くなり、肌を刺す。 サクラは己の体温を操作しながら、棺に近づき蓋を開けた。

 棺の中で眠るマツバは生前からは想像できないほど穏やかな顔をしていた。会うたびに眉間に皺を寄せて、鋭い目つきで睨んできたのが嘘のようだ。自殺と聞いていなければ眠っていると錯覚しそうになる。

 サクラはマツバの頬を撫でた。冷たい蝋の感触だ。次に目を凝らしてマツバを観察する。


(……やはり)


 マツバの体内に残っているはずのが完全に消え去っていた。昼間は気のせいか、と思っていたが、今観察したことで疑惑は確信へと変わった。


(これは、面倒なことになった)


 サクラは息を吐く。

 ——その時、


「何をしているんですか?」


 霊堂に第三者の声が木霊する。サクラはわざと驚いた顔を作ると大袈裟に振り返った。


「……サビさま? こんな夜更けにどうされました?」


 現れたのはサクラの予想通り、第一皇子であり、四人兄妹の長兄であるサビだった。サビはこの場に似合わない穏やかな表情を浮かべていた。


「マツバが埋葬されるまで、一緒に過ごそうかと思ったんです」

「そうですか。この度は、マツバ様のご逝去せいきょ、心よりお悔やみ申し上げます」


 裳裾を持ち上げ、膝をおる。驚愕きょうがくから、マツバの死をいたんでいる表情を作った。


「マツバはとても頑固でしたからね。ウラハに負けたのが彼のプライド傷付けたようです」


 サビはそっとまつ毛を伏せた。腫れて赤くなった目元に陰が落ちる。


「……ここは、あなたが立ち入っていい場所ではありません。誰にも言いませんから、すぐ戻りなさい」


 サビはサクラに微笑み告げる。春日和のような慈愛に満ちた表情だが、その目は全くといっていいほど冷え切っていた。見たものを凍らせる眼差しにサクラの背中に汗が伝う。

 サビは、この場から早く部外者であるサクラを追い出したいらしい。

 サクラは、困った風に眉毛を寄せると小さく首を左右に振った。


「申し訳ございません。私がここへ来たのはウラハ様のご命令ですので、サビ様のご命令に従うことはできません」


 ウラハの名を出すとサビの目は明らかに色を変えた。


「ウラハの命令? それはどのようなものですか?」

「昼間、ウラハ様はある違和感を感じ、私に調査するよう命じられたのです」


 本当は調査なんて命じられてない。ウラハは悲しむばかりでマツバの身に起きた事象を理解できていなかった。

 霊堂へ侵入したのは、サクラの独断での行動だが、一介の侍女である自分より末席であるが皇族のウラハの名前を出す方が場をスムーズに動かせると踏み、あえて、ウラハの名前を出してみた。どうせこの後、ウラハの部屋に帰るのだから口合わせは後ですればいい。

 サクラの目論見通り、サビはサクラを追い出すことをやめて、眉間を寄せた。


「違和感とはなんでしょうか?」

「マツバ様の魔力が全くと言ってほどいいほどないんです。空になっている、と」

「……魔力が無い?」

「はい、それでウラハ様に変わり、私が調査をしに来ました」

「測定の魔道具がなければわからないはずですが」


 しまった、とサクラは冷や汗をかく。自分を基準に考えたせいで嘘が発覚してしまうのでは、と戦々恐々しているとサビは両目を輝かせた。それはもうきらきらと、まるで子供のように無邪気に輝いている。


「ウラハがここまで成長を?! 魔力の測定ができるようになるなんて……!」

「ええ、最近、分かるようになったと言っておられました」

「あのウラハが……」


 徐々にサビの両目に涙が溜まる。嬉し涙なのは一目瞭然で、サクラは内心でどん引きした。いい大人がこうも表情を豊かにだすなど、故郷では考えられないことだ。


「もうしばらく、マツバ様を視ていていいですか? お体には決して触れませんので」

「いや、私が許可をしましょう。亡くなった直後に魔力が空になるなど、通常ありえません。これが本当ならマツバの死因は自死というのも怪しくなります」

「では、失礼いたします」


 サビの監視の元、サクラはマツバの身体を触り、おかしな点を探し始める。魔力を空にする方法はいくつもある。その中でもっとも効率がよく、短時間で魔力を奪うことができる術は、対象者の体に刻印が刻まれるのだ。マツバの体に残っているであろう証拠を探すことにサクラは意識を集中させた。

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