第11話 変わり果てた姿
侍女は憂鬱だった。今日から主人である第二皇子、マツバの謹慎が解かれるのだが彼は気難しく、すぐ他人に八つ当たりをするのだ。
今までは末の皇子に対して暴力がいっていたため、自分達には暴言だけで済んでいた。
けれど、八日前。大衆の面前で末の皇子にあれほど綺麗な大敗をしたため、侍女に対して暴力も追加してくるのではと思った。
(ああ、嫌だわ。ノックなんてしたくないわ)
扉の前で迷う。たった八日だが平穏な日々が愛おしい。今日からはまた暗雲が立ち込める日々が訪れることが悲しくて仕方がない。
(サビ様ももう少し、謹慎をお命じしてくれればよかったのに)
はあ、と息をつく。起床の時間を守らなければ、そのことでも暴力と暴言が飛んでくる。覚悟を決めて扉を叩いた。
「マツバ様、おはようございます。本日より、外出していいとサビ様から許可がおりました」
応答はない。もう一度、扉を叩く。
「マツバ様、おはようございます」
応答はない。断りを入れて、扉をあけた。
目に入り込んできた光景に侍女は叫び声を上げた。
◇◆◇
いつもは生に満ちている緑瞳は、今は人形のように冷たく濁っている。いつもは偉そうなことを言う唇は、血の気が失せて青くなっている。
(マツバは死んだのね)
棺に横たわる弟の姿は何度見ても本人のようで、本人ではなかった。アサギは不思議に思って、アサギの頬を撫でた。熱もなく、柔らかくもなく、やはりマツバではないように思う。
けれど、姿形はマツバのものだ。ただ呆然と眺めていると目を腫らした兄が、末弟を伴って近づいてきた。
「アサギ、大丈夫か?」
「兄様こそ、目が真っ赤よ」
真っ赤どころか、擦ったのだろう。血が滲んでる箇所がある。家族愛が強い兄にとって、身近な人間の死はこれで二回目でも、そうとう堪えているようだ。
「自分が不甲斐なくてね。母上に、私が皆を守ると約束したのに守れなかった」
「サビ兄様……」
ウラハがサビの手を握り、腕に額を押し付ける。その行動にマツバの死は自分のせいだと思っていることを察したアサギは、嘆息する。
「これはマツバの自業自得よ。自分で喧嘩をふっかけて、ボロ負けして、恥ずかしくて死んじゃうなんて情けない男」
「アサギ、そんな言い方は」
「真実じゃない。ウラハは自分の力を示しただけよ。死を選んだのはマツバだもの」
暗に「マツバの自死にウラハは関係ない」と言えば、その意図を読み取ったサビが微かに目元を緩ませた。
今朝、第二皇子、マツバは死んでいた。起床を促すため部屋を訪れた侍女が発見した。胸には短刀が沈んでおり、その部位と状況からマツバの死は自殺であると公表された。
「はあ、本当に馬鹿ね。馬鹿すぎるわ」
乱れた髪の隙間から、その表情を見たアサギは(ああ、そうだったわ)と考える。
(私、半身を失ったのね)
アサギとマツバは双子のように仲良しだった。性格も得意なことも趣味もまったく違うが、小さい頃から時間があれば共に過ごしていた。
父から過度な期待を寄せられている長兄と見限られた末弟とは違い、二人は父王から特別視されてはいない。そのことが二人の絆を強くしていた。
「……ねえ、サクラはどうしたの? 少しお話をしたいのだけど」
このままでは自分も後を追ってしまいそうになる。欠けた心を埋めるために、落ち込んだ気分を盛り上げるためにサクラの行方を尋ねる。
博識な彼女なら、誰も知らない事象や魔法を教えてくれるに違いない。この鬱々とした気持ちを終わらせてくれるに違いない。
サクラの名前を出すと、ウラハは見るからに動揺したので小さく鼻で笑う。
「別に取りはしないわ。私が誘ってもサクラは頷いてくれないんだもの」
ただ、気分を紛らわせたいだけ。そう伝えるとウラハはほっと息を吐く。
(ずいぶんとサクラを気に入っているわね)
ウラハがここまで他人に懐いているのを見るのは初めてだ。
だが、あの侍女を気に入る気持ちはよく分かる。
「サクラはマツバ兄様のところにいるはずだよ」
「え? なぜマツバのところに?」
「気になることがあるんだって」
アサギは首を傾げた。あのサクラが気になることとはなんだろうか。聞きたいが、邪魔をするのも申し訳ないので素直に諦めることにする。
代わりに、
「じゃあ、兄様でいいわ。面白いお話をして」
顎を持ち上げて微笑むと、サビは鼻をすすりながら
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