第10話 父王と弟妹馬鹿


「……面倒なことを」


 息子二人が決闘じみた行為を中庭で行ったことにキガラは鈍痛を覚え、額をさすった。次男はやや短気で喧嘩っ早いが、剣の腕は優れている自慢の息子だった。もう少し年齢を重ねれば、自軍を率いる武将になれるであろう、その彼が、まさかできそこないである三男に打ち負かされるとは思わなかった。手加減した風には見えない。次男はで三男を殺すべく、剣を振るい、魔法を扱った。


「あれらのせいで中庭は半壊、飛んできた石に当たり怪我を負った者も複数いたそうだな」


 半壊と怪我は、怒りと焦りに魔法を乱発させた次男のせいだ。三男は全て受け流し、できる限り最小限に抑えていたように思う。


「あれがウラハだとは到底思えぬ」

「ウラハも成長しましたね」


 重々しく紡がれたキガラの言葉を、軽快な声が受け止めた。一月ほど前に帰城した長兄は溺愛する弟の偉業がよほど嬉しかったのだろう。はきはきと決闘の感想を述べるのでキガラの頭痛はさらに増す。


「いやぁ、私も身近で見たかったな。あの小さなウラハがマツバを軽くあしらうんだもの。きっと血が滲むような努力を重ねたはず!」


 このままではサビによるウラハ溺愛物語で一日を費やされる。そう思ったキガラは無理やり、話題を変えることにした。


「マツバはどうしている?」

「まだ反省してないですね。もうしばらく、頭を冷やさせる必要があります」


 決闘後、魔力が枯渇こかつしたマツバは医官によって治療魔法を施された後、キガラによって自室での謹慎きんしんを命じられた。サビに様子を見に行かせているが謹慎三日目なのに反省の色はないという。それどころかウラハに対して怒りを燃やしているようで、このまま謹慎を解けばウラハを殺害しかねない。


「あれは、どうにも短気すぎるな」

「自分に素直なのは美徳ですが、やりすぎでしたね」

「お前はあいも変わらずだな」

「変わるなんてできませんよ! あんなに可愛い弟と妹がいるのに! ところで、マツバはどうするおつもりですか?」

「もうしばらく謹慎を。いつ解くかは、お前に一任する」

「ええ、マツバも可愛い弟です。私がきちんと面倒を見ますよ!」


 きらきらと曇りのない眼を向けられ、苦痛に感じたキガラは視線をそらした。キガラは実子ではあるがサビが苦手だ。サビの弟妹愛には胸焼けがしそうになる。実際にウラハ離れをさせるべく、サビに遠征を命じた際に気持ち悪くなったことがあった。いい大人が弟と離れたくないと泣き叫ぶ姿は見たくはなかった。

 今もどんなに弟妹が可愛いか熱弁するサビを見ながらキガラはため息をはく。


「……で、調査はどうだった」

「ん? どうとは?」


 熱弁を止めたサビは首を捻る。ここに呼んだ理由をもう忘れたらしい。


「国中の魔素が少なくなっていることについてだ」


 ここ最近、桜皇国は魔力の源である魔素が減少していた。鉱石や植物、人に至るまで、従来の六割ほどだと研究所から送られてきた資料に記されている。


「ああ、まあなってますね」


 サビは腕を組んだ。


「始祖様はどうでしたか?」

「変わりなく、庭園でお眠りしていた」


 魔素が少なくなったと報告を受け、キガラは数人の従者と国一の魔法使いを伴って、庭園を訪れた。この国が魔法国家として成り立っているのは千年桜の根本で眠る始祖たる魔女の存在があってこそ。

 国中の魔素の減少は魔女の眠りが解けたのでは、という淡い期待を胸に訪ねたのだが、彼女はいつも通り静かに眠りについていた。魔法使いに目視させたが正真正銘、魔女本人だと言われた。


「なら魔素が少なくなったのは別の理由ですかねぇ」

「別?」

「魔法はこの国だけの技術です。隣国じゃどうにか魔法を手に入れれないかって研究重ねているらしいですよ」

「その隣国とやらが魔素を吸い取ったというのか」


 キガラは白髪が交じる太い眉を寄せた。


「まあ、証拠はないですし、もうしばらく調査を続けてみますよ」


 ひらひらと手を振るとサビは断りも入れず、部屋を出ていこうとする。止めても無駄だと悟っているキガラは「頼むぞ」と遠くなる背中に語りかけた。

 妹弟愛が重たい変人ではあるが、実子の中では一番信用がおける男だ。きっと、この問題を解決に導いてくれることだろう。

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