第7話 お忍びという名の観光案内


 世界唯一の魔法国家、桜皇国。

 かつては草一本生えない土地が嘘のように、千年が経つ今、国を彩るのは多種多様の草花である。国を救った魔女が愛したことから、桜皇国では植物を大切にする精神が根付いており、どこを見ても花が視界に入り込むほど、日常に溢れていた。

 自然と共存する美しい風景は、他国では珍しいようでこの国をはじめて訪れた者達は決まって魅入られたように放心した。いつかお目覚めになった始祖様も気にいることだろう、と国民達は自慢気によく話していた。


 桜皇国が優れているのは景色だけではない。西にあるエアン鉱床から採取できる鉱石は世界でも高純度の魔素が含まれており、その鉱石をもとに様々な魔道具が作られている。そのレベルは高く、その魔道具目当てでここを訪れる者も多い。




「あれはどなただ?」


 国で一番品物も多く、歴史も長いと自負する魔道具店、店長の男は品物補充の手を止めると、近くにいた客へと話しかけた。


「さあ、どなただろう」


 客の女も首を傾げる。よく見れば周囲の人々も店主たちと同じ方向を見て不思議そうにしていた。視線の先には十代前半の少年とそばかすが散った地味な顔をした侍女の姿があった。

 十代前半の少年はおそらく、皇族だ。身にまとっている衣服は緑色。それはこの国では皇族しか着用が許されない高貴なる色だからだ。

 だが、店主たちには少年が皇族とは思えなかった。 貧相な体におどおどした顔つき、今も地図と思わしき紙と睨み合い、不安そうにしている。民を率いる皇族に少年のような頼りない人間はいただろうか?


「ねえ、サクラ」


 少年は地図から顔を上げるとそばかすの侍女を見上げた。


「はい。どういたしました?」


 地味な顔からは想像ができない、夜陰に溶ける涼やかな声が発せられる。


「ごめんね。ここが分からなくて……」


 侍女──サクラは、慇懃いんぎんな態度で腰を折ると少年の手元を覗き込んだ。一つ一つの仕草が洗練されている。穏やかな口調と声音に店主は貴族の出でだろう、と予想した。貴族の子女は奉公ほうこうという名で皇族の侍女に選ばれると聞いたことがある。


「ここはどこだろう。地図を見てもよくわからないんだ」


 申し訳なさそうに少年は顔を伏せながら呟いた。


「ウラハ様、地図を貸してください」


 サクラの言葉に少年──ウラハはすぐさま地図を渡す。

 店主はウラハという名前に聞き覚えがあった。皇族の末席に当たる子供の名前だ。あまり表舞台に立たないので、その尊顔を見たことはないが緑色を着用し、侍女を連れて歩いているのでおそらくそうなのだろう。お忍びだろうか。


「行きたい場所はどちらでしたっけ」


 サクラの問いかけにウラハは考える素振りを見せると小さく「ヒスイ公園」と答えた。地図を一瞥したサクラは、すぐさまその公園の場所が分かったようで「あちらです」と今まで来た方向を指さした。


「反対方向のようですね」

「ごめんね……。地図すらまともに見れなくて……」

「大丈夫ですよ」


 肩を縮こませ、落ち込むウラハを元気づけるようにサクラは笑いかける。おおらかなのか気にしているそぶりは微塵もない。 興味深そうに周囲をきょろきょろと眺めているのと、先程の二人の会話からサクラはこの国にきたばかりだと店主は推測した。


「時間があるようなので少しここら辺を散歩しませんか? あのお店を見に行きたいのですが」


 サクラは店主がいる店を指さした。

 店主は一瞬、ぎくりと身を固める。盗みがバレたのだろうか。 もしそうなら不敬罪だ。これが今の皇王様や第二皇子なら即牢屋につながれている。


「いいよ!」


 ウラハは満面の笑みを浮かべると懐から巾着を取り出した。


「お金ならたくさん持ってきたし、好きなの買ってあげる」

「自分のお給金からだすのでいいです」

「え、でも、お礼したいし奢らせてよ……!」


 ウラハが懇願こんがんするが、サクラは「大丈夫です」と断りを入れる。主従関係というより、歳の離れた姉弟のような気安さだ。


「じゃあ、お昼は僕が奢るから!」


 どうしてもウラハは奢りたいらしい。「絶対に!」と言われたサクラが困ったように肩を持ち上げる。


「ではお願いします」

「なんでも好きなの奢ってあげるね!」

「ええ、楽しみです」


 サクラに付いて、魔道具店に訪れたウラハは大きな目をさらに大きくさせた。店先や奥に並ぶ魔道具を見つめ、その基となる鉱石を不思議そうに眺める。


「ここ、魔道具?」

「左様でございます。完成品から、一から手作りしたい方には材料も取り扱っております」


 店主は失礼のないよう頭を下げた。これはチャンスだと思った。ウラハ達の態度から店主の行動を咎めるつもりはないことは分かっている。将来を期待されていない末席とはいえ、皇族は皇族。ここでコネを作っておけば、もっと自分の店は大きくなる。


「サクラは魔道具が欲しかったの?」


 いいえ、とサクラは首を振り、青色に輝く鉱石を指さした。


「ここに並べられている魔石はどれも高純度なので、いくつか購入しようかと考えたのです」

「これはお目が高い。この店に並ぶものはどれも一流品でございます。どれか興味を引くものはございましたか?」

「これとこれ、それからあそこにある紫のを。買います」


 サクラは気になる鉱石を一つ一つ指さした。中に泡が入った黄色の丸い鉱石、剣山のように尖ってる紫色の鉱石、大きな葉のように広がる緑色の鉱石だ。

 店主は丁寧な手付きで鉱石を木箱に仕舞いながら、その鉱石の使用用途や加工方法を説明する。淡々と機械的に説明されるのでウラハが眠気に襲われている傍ら、サクラは興味深そうに店主の言葉に頷き返していた。


「侍女様は魔道具を作るのがお好きなんですね。ここまで目利きできる方は職人でもなかなかいませんよ」

「趣味でよく作っていただけです。なのでなんとなく良いものと悪いものの判断がつく程度で、目利きと呼ばれるほどのものではありませんよ」

「おや、侍女様は貴族の出かと思っていました。話し方がお綺麗でしたので」

「きっと名前を聞いてもわからないぐらい、ど田舎ですよ。なにも無いところです」

「では、この鉱石はご存知ですか? この大きさで魔力を高める効果があり、たいへん希少なものです」


 店主は木箱に封をしながら、さり気なく他の商品を紹介しようとした。サクラが欲しがったのは、この店でも最上級にあたる品物ばかりで、値段もそれなりにする。それをぽんっと出せるのだから、他のも勧めても問題はないはずだ。


「いえ、欲しいのはこれだけです。また今度、ゆっくり見に来ますね」


 店主の目論見は淡く崩れた。堅実そうな見た目と同様、財布の紐は硬いらしい。

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