第6話 そばかすの侍女


「どうだい? これなら君の言う始祖様には見えないだろう?」


 悪戯な笑顔を浮かべた女性は裳裾スカートの端をつまむとその場でくるりと回った。月光の髪は夕闇に染まり、地味な面にはそばかすが散っている。

 瞳の色と声はそのままなのでウラハは眼の前にいる地味な女性がサクラだと分かった。


「どうしてそんなかっこうなの?」


 寝ぼけ眼を擦りながら、踵の高い厚底靴のせいでいつもより上背のあるサクラを見上げる。昨夜遅くまで起きていたので眠たくて仕方がない。


「君の侍女として側にいるためさ。君が言う言葉通りなら国の人間──特に皇族は私の顔をよく理解している」


 皇族の職務の一つに始祖へ従事することがあげられる。その身を清め、伸びた髪や爪の手入れ、催事の際には指定された衣装に着替えさせることは皇族の女子が担当することになっていた。男子は庭園の整備を任されており、皇族以外の人間は絶対に始祖と庭園の花々に触れてはいけないと決まっている。


「私の容姿はこの国の人々と比べたら派手だからね。昨夜、千里眼で見渡した時に見かけた女性達の容姿を参考にさせて貰った。君から見て違和感はないだろう?」

「うん、この国の人に見えるよ。あ、でも新しい侍女ができたこと、とと様になんて伝えよう……」

「しなくていいぞ。記憶を少しばかり、いじったから。私は田舎から来て、つい先日、君付きとなったってね」

「すごい。なんでもできるんだ」

「なんでも、ではないけどね。私にだって出来ることと出来ないことがある」

「想像できないや」


 ウラハは臥台しんだいから降りると衣桁いこうにかけてある着物に着替えながら、欠伸あくびを噛み締める。


(サクラは元気いっぱいだなぁ)


 自分と同じ寝不足のはずなのに元気いっぱいのサクラの姿を、ウラハは寝ぼけ眼で見つめていた。




 ◇◆◇




(サクラはすごいなぁ)


 と思ったのは今日で何回目か。今も気難しい姉と楽しく談笑するサクラを見て、ウラハは疎外感から逃げるように教科書と睨み合いを続ける。頭にはまったく入ってこないが、並ぶ小難しい文章に目を走らせながらもアサギとサクラのことをちらちらと見つめ、会話に耳を傾けた。


「ねえ、ウラハなんかの侍女にはもったいないわ! お父様に言っておくから私の侍女にならない?」


 昨夜、ウラハが父王の元へ行かなかった事を凄まじい剣幕で怒っていたアサギは、サクラの持つ知識に興味を持ったらしく、ずっとこの調子だ。


(アサギ姉様があんなにはしゃいでいるの初めてみた)


 そろそろ、サクラを連れて昼餉ひるげに行きたいが、声をかけて談笑を遮れば姉に睨まれるのは明らかで、ウラハは鳴る腹を押さえて空腹から目を背けた。


「アサギ様にそう言って貰えるのは恐縮の限りですが、私はウラハ皇子の教育係も任されていますので」

「あんな子に教えるだけ無駄よ! なに言っても身につかない、馬鹿なんだもの!」


 アサギはサクラの腕にしがみつきながら再度、己の侍女になるように命じた。

 このままではサクラが姉に取られてしまう。ウラハは無意識に駆けつけると反対側の腕にしがみついた。


「……なに?」


 有無を言わせない重低音の声にウラハの体は震えはじめる。すぐ近くで傍観ぼうかんしていたマツバも関係ないはずなのに震えはじめた。アサギへの恐怖心がこうさせるらしい。


「さ、サクラにこの国を案内するって約束したんです」

「なら私がするわ。あなたは勉強でもしたらどう?」


 アサギの機嫌は急降下。周囲の空気も気のせいか冷たくなっていく。

 どう返答すれば、姉をこれ以上、怒らせずに済むのかウラハが分からず困っているとマツバから足を蹴られた。一寸の救いを求めて兄を見ると鋭い視線で睨みつけられた。(土下座してすぐ謝れ)と訴えられたので(無理です)と視線で返答するとまた足を蹴られた。


「約束したし、勉強も頑張ります」

「頑張っても身についていないじゃない。今以上に頑張りなさい」

「頑張ります! けど、サクラは僕の従者なんです。アサギ姉様に渡すことはできません!」


 アサギが舌打ちする。冷えた空気が徐々に重くなる。

 いつ爆発してもおかしくない雰囲気に水をさせる者はいない、


「お待ちください」


 はずだった。

 悠々とサクラは口を挟む。まるでこの雰囲気に気付いていないように、知人に声をかけるような態度に姉弟の視線が集まった。


「約束を違えることはしたくありません。私はウラハ様の従者ですから、アサギ様の従者にはなれません」


 きっぱりとサクラは言い切った。


「さあ、ウラハ様。いきましょう」


 サクラはそう言いながらアサギの手を解き、ウラハの背を押して教室を出ていく。

 ウラハはほっとした。そして、やはりサクラはすごいと思う。あの姉にここまで立ち向かえるなんて、本当にすごい。

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