第5話 真実と覚悟
夜のしじまが深くなる頃、サクラは大きなため息を吐き、己の手を凝視した。薄い皮膚の下には細々たる血管が流れ、血液と共に体内を循環する魔力が見えた。眠る前と比べるとだいぶ少なくなっていることに気が付き、眉間に皺を寄せる。
(少年の話では、私が眠った後からこの地では魔力を持った者が生まれ始めた)
次にサクラは隣で眠る少年を凝視する。洪水のように力強く流れる魔力が渦巻いているのが見えた。
更に力を込めて千里までを見渡せば、大なり小なり魔力を持った人々が見える。鳥や犬といった動物にまで、魔力が宿っていた。
(植物や鉱石も私が眠る前よりも比較にならない量の魔力が宿っている。それを売ってこの国は豊かとなった)
そこから考えられる最悪を想像して、サクラはまた息を吐く。
無からはなにも生まれない。この国が豊かな魔力で潤っているのは、あの庭園でサクラが眠っていたからだ。身体に絡みつく千年桜の根が、サクラの魔力を吸い上げ、大地へと運び、川へと流れ、天に昇った雨が降れば、また大地へと還元する。その動植物を食べたから本来は魔力を持たないはずの人間にも魔力が宿った。
(このままではこの国は滅んでしまうな)
サクラが目覚めたことでこの国は衰退の一途をたどるだろう。あの花庭でまた眠りにつこうとしても、サクラに残された魔力は微々たるもの。
(起こすきっかけをくれた少年を、国民は受け入れるだろうか……)
そう考えた直後に
人間というものは異物を認めない。少年が原因だと知った国民はきっと彼を糾弾するはずだ。
かつて、己を
サクラは褥から身体を起こすと、ウラハの緑が混じる黒髪を払い、現れた額に指先を当てた。あの庭園に入り込んだ記憶を消し去り、別の記憶を創り上げれば誰もウラハがサクラの眠りを覚ましたとは思わない。
目を閉じて心の中で詠唱を唱える。身体を流れる魔力を指先から、ウラハの脳へと注ぎ込むように操作していた時、
「どうしたの?」
身じろぎしながらウラハは
「私はこの地を去ることにする。そのために君の記憶を消すつもりだ」
嘘は通じない、とサクラは指先を添えたまま正直に答えた。
「……僕の記憶を?」
「ああ、あの庭園に訪れたこと。私を目覚めさせ、自室へと招いたことを消す。そうすれば、誰も君を疑わない」
「サクラはこの国を去るの?」
じわり、と緑瞳が涙で潤む。
「アヤメがいない土地に永住するつもりはないよ」
「どこにいくの?」
「さあ、また自由気ままに旅をするさ」
「……僕も行きたい」
子供にしては貧相な指がサクラの手を握りしめる。
「何を言うかと思えば……。君はこの国の皇子なんだろう? 皇族を攫えば、どうなるかなんて馬鹿でも分かる。私は残りの人生を逃亡にあてがうつもりはないよ」
「追わないよ。みんな、僕がいない方がいいんだもん」
「みんな? ご両親や兄姉がいるんだろう?」
「かか様は僕を産んだ時に亡くなったんだ。それでとと様は僕を嫌っている」
その言葉にサクラは天をあおぐ。身なりと言動から目の前の少年の境遇を察していたが思ったよりも複雑なようだ。
「サビ兄様は気にかけてくださるけど、姉様と兄様は……」
言いにくそうにウラハはもごもごと口を動かす。微かに「僕がいなければいいって」と呟いたのが聞こえた。
「なぜ嫌われる? 君はこの国の皇族だろ?」
「僕ね。制御できないんだ」
制御、という言葉にサクラは何がかを理解した。
「魔力を?」
ウラハは頷く。
「人より何倍も勉強して、努力しても魔力を制御できなくて暴走させてしまって……これ、みて」
ウラハは懐から小さく輝く水晶を取り出した。
「サビ兄様がくださったんだ。魔力を押さえるためのものだって」
それが嬉しかったのか今までで一番、嬉しそうな笑顔を浮かべた。
「でもね、これがないとまた暴走させちゃうから……。この国の人達は僕がいることに恐怖を感じているんだ」
「気付いていないのか」
「何が?」
「君は私と同じ、生来魔力が強すぎるだけだ」
ウラハは大きな目を更に見開いた。
「成長と共にある程度は落ち着くだろう。……なにか進言するなら心の
「……サクラにはあるの?」
「私の拠り所?」
「うん」
「アヤメ。私の唯一の親友で理解者で家族。どんな事があっても彼女がいれば耐えられた」
サクラは己の手を握るウラハの手を解くと、嫌がるその身体を褥に横たえた。
ウラハが怯えた目で見上げてくる。安心させるべく、微笑みながら頭に手を当てた。
「記憶は消さない」
今は、と心の中で付け加えて頭を撫でる。いつか寝付けない時にアヤメがしてくれたように。
「しばらく、ここに滞在することにする」
「え! 本当に?」
「ああ、君に魔力の操作を教えるために」
「ふふっ、やったぁ! 始祖様に教えてもらえる!」
よほど嬉しいのかウラハは手足をバタつかせた。落ち着くように言えば途端に静まり変えるが瞳はきらきらと輝いていた。
「落ち着きな。もう夜だぞ」
興奮冷めやらぬ様子のウラハを見て、サクラは息を吐く。残ると伝えただけでこの反応はむず痒い。
「ねえ、どうしてサクラはこの土地を生き返らせたかったの?」
「好きな人の、役に立ちたかったから。彼女に笑って欲しかった。泣いて、悲しんで欲しくなかった」
「アヤメ様は喜んでいるよ! だって、こんなにも平和な国になったんだもの」
「それなら眠りについたかいがあった。フジと結ばれたのは不愉快だがな」
「フジ様のこと、本当に嫌いなんだね」
「好きになれない。あいつも同じだっただろうに。お互いにわかり合えない人間なんだよ」
「お二人ってどういう人だったの?」
矢継ぎ早に投げかけられる質問に答えながらも、サクラはウラハの頭を撫でることはやめなかった。
(今になって、アヤメが楽しそうにしていた理由がやっと分かった気がする)
もう二度と親友に会えないのはさみしいが、自分を犠牲にすることで豊かになれたのなら本望だ。ウラハの顔や仕草にわずかに残るアヤメの面影を探しながら、サクラは過去に思いを馳せた。
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