第4話 でたらめの伝承
「……ここは」
手を引かれ、連れてこられたのは豪奢な城内にあるとは思えない汚らしい小部屋だった。
「僕の部屋だよ」
少年——ウラハは何ともないといいたげに奥へと進む。足の踏み場もない床をどう進めばいいのか分からず、魔女は立ち往生する。
するとウラハは「見つかっちゃう!」と手を思いっきり引っ張った。されるがまま、魔女は脱ぎ散らかされた衣服や紙、埃の上を歩き、ウラハについていく。
「ここに座って!」
指さされた場所は埃にまみれた椅子で、魔女は顔をしかめた。木の根で眠っていたが流石にこの上には座りたくない。
「掃除は」
ウラハは不思議そうに首を傾げた。
それを見て魔女は頭痛がするのか眉間を押さえる。
「付き人はいないのかい?」
「付き人?」
「従者。下僕。侍女。お世話係」
なんと言い表わせばいいのか分からず、思いつく言葉を連ねた。
ウラハはうつむくと指をもじもじと動かした。
「一人、いるんだけどここには入ってこないんだ」
「そう」
「だから魔女様がいても大丈夫です!」
「様はつけなくていい。それと敬語も」
魔女は椅子の埃を払うとそこに腰をおろして、足を組む。
「ならなんてお呼びすればいいんです、えっと、……いいの?」
ウラハは魔女の名前を知らない。桜皇国の民は皆、「魔女様」か「始祖様」と呼んでいる。
「……サクラ」
「この国の名前だ! それにね、この国を象徴する絵や花は桜なんだよ」
「偶然か否かな」
「ううん、きっとフジ様とアヤメ様がつけてくださったんだよ!」
ぴょんぴょん、と子うさぎのようにウラハは飛び跳ねる。
「なあ、少年」
「僕はウラハだよ」
「ウラハ、君に聞きたいことがある。私が眠りにつき目覚めるまでの間についてだ。この国の発達具合から百年どころじゃないのは分かっている。私はいつから眠っていた? なぜ目覚めた? 可能な限りでいい。教えてくれ」
「えっと……」
ウラハは思案に暮れた。サクラが眠りにつき、目覚めるまでの千年という永き時間。要点を簡潔にまとめるのは難しい。
しばらく考えたのち、あっ! と声を上げるとウラハは本棚へと駆け出した。兄姉から貰った本の中で最もくすんだ色の冊子を取り出した。
「これを読めば分かるはずだよ」
表紙には『桜皇国建国神話〝約束の大地〟』と書かれていた。
◇◆◇
「……馬鹿か」
重々しい言葉と共に本は無数のかまいたちによって紙切れへと姿を変えた。紙切れは床に落ちる直前で青い炎に包まれ、灰になる。
眼の前で繰り広げられた魔法を見て、ウラハは驚きにぽかんと口を開けた。国一と言われる魔力を持った者でも詠唱か
「これは嘘だ。
「しかもアヤメが
「無理だよ」
書いた人間はとうの昔に亡くなっている。死者を蘇らせる
「無理だと? このような出鱈目を書いた償いをさせる。こんな最悪な話が後世に伝わっているなんて信じたくもない」
「出鱈目なの?」
「ああ。私はフジが嫌いだ。殺したくて堪らないぐらい大嫌いだ」
サクラは袖を捲る。髪と同じく、白雪の肌はぷつぷつと粟立っていた。
「見てみろ、この鳥肌を。身体があいつを拒絶しているのは一目瞭然だろう?」
悪寒がするのかサクラは己の身体を抱きしめる。
「じゃあ、アヤメ様は?」
「アヤメは大好きだ。私が魔力を開放したのは、あの子の笑顔がみたいためだったからな」
アヤメは睫毛を伏せた。
それが泣いているように見えたのか、ウラハはおずおずと話しかける。
「えっと、サクラ」
「……なんだ」
「大丈夫?」
「……ああ、うん、大丈夫だよ」
薄紅色の瞳にウラハを映して、サクラは
「眠りすぎた私が悪いだけだ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。