第3話 魔女の目覚め
まるで二人を祝福するかのように桜の雪は舞い落ちる。
魔女は
貧相な体の幸薄そうな少年だ。身に纏う衣服は高価そうなのに本人が貧民のようなみずぼらしい容姿のため、衣服と不釣り合いだ。
少年は魔女が怖いのか目が合うと細い体をさらに縮こませた。まるで弱いものいじめをしているような気分になり、魔女は嘆息する。
「ねえ、少年」
怖がらせないようつとめて優しく声をかけると少年は肩を跳ね上げた。これではいよいよ弱い者いじめをする人間ではないか。確かに自分は気が強く、腹立たしいと思ったら噛みつくが見ず知らずの、自分より遥かに幼い少年にまで食ってかかるような大人ではない。
「怯えなくていい。少し聞きたいことがあるだねなんだ」
「は、はい!」
「ここはどこ?」
「えっと、桜城の庭です」
「桜城?」
城という言葉に魔女は瞬きを一つ落とすと周囲を見回した。自分が
「すまない。少し、疲れて眠っていたようなんだ」
「い、いえ」
「この庭に侵入するつもりはなかった。すぐ出て行くから親御さんには黙っていてくれるかい?」
「え、侵入?」
少年はくるりと目を大きくさせた。
「私の悪い癖でね。寝ぼけて別の場所で眠ってしまうんだ」
魔女は困ったように頬を掻く。
「迷惑をかけたね。ところでツルバミの滝はどこにあるのかな?」
「ツルバミの滝ですか?」
「ツルバミの滝を知らないのか?」
信じられない、とでも言いたげに魔女は眉根を寄せた。口元を隠すように手を添えると自分が置かれた状況を考える。
「ならば、リンドウ平原はどこだ?」
「えっと、知りません」
「リンドウ平原を知らないだって? ……ならば、ここはどこなんだい?」
「ここは桜皇国の桜城です」
聞いたことのない国名だ。魔女の記憶が正しければ、この周辺にこのような国はない。
——それに、こんな豊かな国があっただろうか。
魔女は周囲を見渡した。満開の桜を始めとして、季節を問わず多種多様の花々が咲いている。こんな幻想的な光景は今まで見たこともなければ、聞いたこともない。
とういうより、不可能だ。その花の自生時期をずらすなど。膨大な、常識外の魔力がなければ。
悩んでいると目の前の少年がなにやらキラキラと輝く目で見ていることに気が付いた。優しく笑いながら「どうした?」と問いかけると少年は拳をぎゅっと握った。
「あ、あの、始祖様ですか?」
「始祖? 私のことかい?」
少年は頷いた。
「僕ら魔力持ちの始まりの人で、この国を救ってくれたから始祖様とお呼びしてます」
この地に魔力を持つ者はいないはずだ。これはまた寝ぼけて見知らぬ土地に来たという説が濃厚になってきたため、魔女は眉間を押さえた。移動術を使用していた場合、魔女本人でも簡単に帰ることはできないだろう。
「……すまないが君のいっている事はいまいち理解できない。私は始祖様という者ではないよ」
「い、いいえ! 始祖様です!」
少年は両手を握りしめて叫んだ。
「だって、ここで寝ていましたから! ここは、ここで寝ていたのは、始祖様しかありません!」
「だから違うって。私はそんな立派な人間ではない。……そろそろ帰らなければ、アヤメが心配するな」
「アヤメ様ですか?」
「知ってるのかい?」
「は、はい。初代皇妃様です」
「皇妃?」
魔女は首を傾げた。
「アヤメはアヤメだよ。宵の空のような綺麗な髪と瞳の、私の大切な人の名だ」
「この国でそのお名前は初代皇妃様しかいません。この国を作った人だから、その名前は高貴なものだから、同じように付けたら駄目なんです」
「アヤメは皇妃ではないし、君が言う人とは全く別の人だよ。知らないんだったらフジでもいいぞ。嫌だが」
「フジ様は初代皇王様の名前です。アヤメ様と同じでその名前は使えません」
「……待て、とても嫌な予感がする」
「だって、あなたはずっと眠っていたんだもの」
魔女の静止も虚しく、思いつく可能性の中で、一番、目を背けたくなる現実を少年は無垢な目で伝えてくれた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。