歌謡曲

「君はどんな歌を歌うの?」

「アニソンとか…流行りの曲です」

「へぇ…」

男はいくつか例を思い浮かべようとしたが、分からないといった調子で相槌を打った。


高3当時の私は受験生だというのに週1、2でカラオケに行くことをもうずっと続けていた。希死念慮は相変わらず消えないものの、カラオケボックスで死ぬのも変だという気持ちからなんとか生き永らえていた。歌は少なくとも当時の私の生活よりはドラマチックに流れていた。


父親は長らく別居していた娘との交流のため、及び娘を死から遠ざけるためにはどれだけお金を払っても構わないようだった。フリータイムで、時には4000円近くのお金が湯水のように流れていった。


当時、水道のように流れていた涙は歌を歌っているときも止まることがなかった。私自身止める方法を知らなかったので、涙を流しながら歌う姿というのはそれだけでなんとなく、らしくなった。そのうち、昭和の歌謡曲を入れるようになった。昭和の名曲たちの歌詞は情熱的で、情景が鮮やかに眼前に浮かぶということに気がついた。当時私の好きだった男の人の生きた年代だった。私はこの頃に生まれていたらきっと生徒と先生の関係にならずに済んだはずだった。


もっとロマンス感じさせて、スコールみたいなキスをして。私にはその想いを向けることができないのだった。空虚な心にドラマチックな情景のフィルムが貼りついて、私の涙は徐々に止まっていった。時のせいで、時のおかげで、どうにもならないことと、どうにかなっていったことがあった。

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