第5話 余韻
本をカバンにしまい、手持ち無沙汰になった俺はなんとなくスマホのニュースアプリを開いた。時間つぶしの時の癖だ。
「しばくぞコラ!平成っ子じゃい!!!」言葉に耳が反応する。彼女だ。「ワイはジャイアンか!」一体どんな会話をしているのだろう。気になる。視線は文字を上滑りし、内容は全く頭に入って来ない。我ながら相当彼女のことが気になってしまっている。エビバーガーは美味しかった。彼女は今日もエビバーガーを食べているのだろうか。話がかなり盛り上がっているのか、彼女の声は少し大きさを増し、「シバキ倒すぞー!」そんな心地の悪い言葉ですら、心地よく聴こえる。彼女は今日も幸せなんだな。ニュースアプリを閉じ、彼女の声をもっと聴きたいと思っているうち、ウトウトとしてきた。少し疲れてるな、と思う間もなくまどろみ、やがて眠りに落ちた。
ふと目を覚ますとすでに22時半になっていた。そろそろ帰らなければ。頭がぼんやりしたまま、トレイを持ってゴミを捨てに行く。トレイの上のゴミを分別して捨てていると、背中に物がぶつかる感触があった。それがトレイであることは分かった。反射的に振り返ると、そこには彼女がいた。「すいません。」視線が合う。綺麗な瞳。整った顔。そして心地のよい女性的な声。真っ直ぐに見た彼女は俺のなかで描いていた以上に美しい女性だった。突然のことに平静を装うのに必死だった。俺は飲み残しのコーラを捨てながら、彼女との接点を見つけたいと思った。「どうぞ、捨ててください。僕はまだコーラを捨てていますので。」「私も爽健美茶を捨てたいんです。待ってます。」「お待たせしてしまうので、先に紙ゴミから捨ててくださったら。」「いいんです。飲み残した爽健美茶から捨てる。これが私のルーティンなんです。」おれはとめどなく飲み残しのコーラを注ぎ続けていた。「それってコーラのMサイズですか?すごい量ですね。」俺もそう思った。「そろそろなくなりそうです。」そうしてコーラを捨て終わると、紙ゴミをダストボックスに捨てた。「エビバーガー、好きなんですか。」思わず口から出た言葉に、しまったと思う。いきなりこんな言葉をかけて変なやつだと思われるに違いない。しかし彼女はあの愛くるしい笑顔で答えてくれた。「美味しくないですか?」「僕もエビバーガー大好きなんです。」もうビッグマックはどうでもよかった。そのとき、ゴミを捨て終わった彼女の友人が「はよいこ。」と催促をした。一階に降りていく彼女の姿は見なかった。彼女が階段を下りながら「ワイ、なんか歌いたいわー!カラオケいこうや!」と言ったのも耳に入らなかった。ただ、彼女と交わした会話、彼女の呼吸の余韻に浸っていた。後ろの中年男性に注意されるまで、俺はダストボックスの前にただ立っていた。
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