第4話 証明
彼女との邂逅。しかし、俺と彼女には全く接点がない。気にはなるが、どうしようもない。俺は再びタブレットに視線をおとした。フェルマーの最終定理は1994年に数学者A.ワイルズによって証明されたが、ワイルズは谷村・志村予想を使ってこの定理の証明に成功した。これはもちろん称賛されるべきことではあるが、それから360年昔、谷村・志村予想が存在しなかった頃、フェルマーはいかにして、この命題を証明したのだろう。
おれは未解決の数学予想のなかからゴールドバッハ予想について解いてみようとカバンにいれていた川上未映子の小説の余白にペンを走らせた。弱いゴールドバッハ予想についてはすでに証明がされているらしいので、俺は強いゴールドバッハ予想について数学的知識を駆使して証明に挑んでみた。素数定理からハーディ・リトルウッドの素数三重予想を用いるアプローチが閃いたので、数式を書き込み証明を進める。我ながら、マクドナルドのテーブルで世紀の未解決問題を証明している状況は滑稽だが、頭は冴えている。エビバーガーのご利益だろうか。元来数学的資質に恵まれた俺は、まるで既存の方程式をなぞるようにゴールドバッハ予想が成立することについて証明を書き進めていた。
やはり、ハーディ・リトルウッドの素数三重予想を用いることで証明をする、という方向性は間違ってなかったように思えてくる。この証明は可能だ、とほぼ確信したが、あいにく小説の余白に書いてしまったのでスペースがなくなってしまった。俺はひどく悔やんで、数式のあとに言葉を付け加えた。「この余白は証明を書き切るには狭すぎる」
俺は本を閉じ、再びカバンにしまいこんだ。そうして、顔を上げ、彼女の笑顔を少しの間見つめた。
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