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 呼び掛けても志織は動かなかった。

 倒れている志織の回りには血だまりができていた。

「そんな」

 木槌を持った番人はこちらに近づいてくる。

「くっそぉぉ」

 勢いをつけ、番人にタックルする。

「がぎゃりぃ」

 番人はよろめいて倒れた。

「志織ちゃん、そんな」

 志織に近づいて見てみると頭を木槌で打ちのめされたのだろう、鍵を握ったまま、脳髄が飛び散り四肢は投げ出されている。

 つい今しがた、一緒に逃げ出そうと約束を交わしたばかりだった。彼女はもう脱出を目指して目を輝かせる事はない。

 槍を持った番人があとから追ってきていた。さっき体当たりした番人も起き上がろうとしている。

 もう動かない志織の右手から、鍵を引き剥がす。喉の奥に嘔気を感じる。

 勇輝は泣きながら、右肩の傷を押さえ次のドアを開けたのだった。


「こちらゲームホスト3133号。プレイヤーが見事選択の間に到達したため、ルール説明をします」

 幸い右肩の傷は深くはないようだ。部屋には巨大なモニターが正面の壁に設置されている。

 と、モニターに人影が映った。勇輝の見覚えのある顔だった。

「勇輝、大丈夫か?」

「勇輝、勇輝!」

 父と母だった。

「父さん、母さん、無事か?何ともないか?」

「勇輝、こっちは何とか無事だ。監禁されてる。勇輝はどこにいるんだ?」

「俺はゲームに参加させられてる。なんでも住民階級に関係のあるゲームらしい」

「こちらゲームホスト。プレイヤーはこの先の二つの扉から片方を選びます。片方の扉を選ぶと、住民階級は変わりませんが、家族のもとへ帰れます。もう片方の扉は、プレイヤーの住民階級がキングに格上げになりますが、家族の命はありません。」

「バカな」

「それではご健闘をお祈りしています」

「ちょっとまてよ」

 アナウンスが終わると同時にモニターも切断された。

 今まで命懸けでやってきたゲームはそういうゲームだったのだ。結局はキングの気分のままに弄ばれただけだった。

 ラッシュの階級のまま、家族のもとに帰るか、家族の命と引き換えに、キングに格上げになるのか。

 バカらしい。命懸けでここまで来て。他人まで犠牲にして。

 勇輝は強い無力感と怒りと、どうしようもない恐怖感で震えていた。

 さっきの案内の通り部屋には左右にドアがついていた。その他には何もない。まるで選択を急かされているようだった。


 気持ちは決まっていた。家族と引き換えには、自分の自由は得られない。

 だがどうすればいいのだ。もし、キングへ格上げのドアを開けてしまったら。

 とてもじゃないが、その先に進む気にはなれなかったかった。勇輝はその場に座り込んだ。


 しばらく座り込んだままだった。

「こちらゲームホスト。プレイヤーがゲームの進行に滞っているため、家族のもとへ黒の番人一体を開放します」

 勇輝は我が耳を疑った。

「ちょっと待てって。家族は何も関係がないだろうが」

 立ち上がり右往左往する。

「くそ、人の幸せを弄んでそんなに楽しいか。やってやるよ、右の扉だ」

 ドアを開けた。

 これまでのどの通路とも違い、四方を黒い壁が囲んでいた廊下だった。すぐにまたドアがある。これも勢いよく開ける。

 と、背広を着た男が数人立っていた。

「おめでとう」

 その中の一人が言った。

 その途端左腕にはめられていた腕時計が鳴った。

「ピピピ」

 視界が歪んできた。それと同時に強烈な眠気も。

「家族を。かえ、せ」

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