3
ドアの向こうにはまた通路が続いている。
後ろから番人が追いかけてこないようにしばらく勇輝はドアを押さえつけていたが、大丈夫のようだった。いつの間にか鍵も掛かっている。
勇輝はその場に座り込んだ。
こんなゲームだとは思っていなかった。こんなに危険なゲームだとは。まだ肩で息をついていた。
もうその場から動きたくなかった。体は震えている。白い通路の突き当たりにはまたドアが続いている。
「一体何を考えているんだ。人の命をなんだと思ってる」
危うく殺されかけた。そんなゲームがこれからも続く。ゴールはあるのだろうか。
「許してくれ、開放してくれ」
誰だか分からない相手に向かって叫ぶ。返事は返ってこない。
あらためて自分の体を確かめる。傷はないようだ。さっきの番人は明らかに殺す気で首を締めてきた。殺虫スプレーがあったから良かったものの、このゲームでは誰も助けてくれない事は確かのようだ。
死にたくない。
今までラッシュとして生きてきて、酷い目には何度となくあった。嫌がらせにも何度もあってきた。しかし、そのどれをとっても、このような危険な行為はあり得なかった。
ゲームに生き残るとキングに格上げになると言っていた。
自分の中で微妙にせめぎあう二つの感情があった。それと同時に死にたくないと強い思いもあった。
なんとしてもこのゲームを生き残ってキングになりたい。だが、こんなゲームは間違っている。許される訳がない。しかし、現状を打破するには進むしかない。
重い腰を上げる。少し休んだが、あの時の恐怖は体に染み付いている。勇輝は通路を進んで行く。突き当たりにドアがある。鍵は空いていた。
通路は三つに分かれていた。正面の通路は100メートルほど続いてドアがある。
左右の通路も見てみよう。
右の通路を覗いてみる。すると、さっきまでの番人達と違い、自分と同じ服装で誰かいる。
声を掛けていいのか迷う。とりあえず近づいていく。
すると、こちらに気づいたようで、手を振って近づいてくる。女性のようだ。
「同じプレイヤーの方ですか?良かったぁ。自分一人だけかと思って。助かったぁ」
年齢は二十代くらいだろうか。ショートカットで小柄な女性だった。ツナギの右足のところが少し裂けてる。
「あなたも強制的に?私なんて殺されかけたんですよ」
「私もです。さっき危うく死ぬところでした。」
同じ境遇の人だと分かり、安堵する。
「このゲームめちゃくちゃですよね。まるで殺人実験みたい。あ、私、高石志織っていいます。それにしても人間に会えて良かったぁ」
志織は今にも泣き出しそうだ。
「僕は山下勇輝。僕も人間に久しぶりに会えて嬉しいよ」
そういった自分も涙目だった。
「こちらゲームホスト3133号。プレイヤーが合流したため、黒の番人を二体開放します。プレイヤー同士で協力しあって番人から鍵を奪って下さい」
二人とも一瞬で感動から目が覚める。どこかの扉の開く音が聞こえた。二人とも頷きあい、壁に寄り添う。こちらの通路は突き当たりは壁になっている。来た道を戻り真ん中の通路を確認する。
誰もいない。
次に左手に続く通路を覗いてみる。
番人が二人いる。一人は大きな木槌を持ちうなだれている。もう一人は長い槍のような、柄の尖端に刃物の付いた凶器をもって辺りを伺っている。二体とも、まだこちらには気づいていないようだ。
「どうしよう、鍵はあいつらが持ってるのかぁ」
「ハンマーもそうだけど、槍なんて怪我じゃ済まされないよね」
二人とも震えていた。
だけどこちらも二人だ。今までとは違い一人ではない。それに、なんとしても生き残ると心に決めている。
「僕がおとりになるから、鍵、奪ってくれる?」
志織は目を瞑って震えている。
「こっちも二人だ。不利ではない。絶対二人で生き残ろう」
勇輝は続ける。志織はうつむいた。
「やります。でもちょっと待ってください。心の準備ができてから。一分下さい」
「分かった」
自分だって心の準備ができていた訳ではなかった。静かに深呼吸する。
「行きましょう」
小さな声で志織は言った。さっきまでの迷いが感じられなかった。彼女も一人でここまで生き延びているのだ。
「じゃあ、行くよ」
勇輝の問いに志織は頷いた。
勇輝は左の通路に向かう。槍を持っている番人がこちらに気づいた。
「いぁいやいやいきやあ」
こちらに向かって歩いてくる。
両膝がガクガク震えている。
何とかうまくやり過ごして、後ろから志織に鍵を奪ってもらう。そういう手筈だ。
番人が槍を構えた。
「ぎゅあ」
番人が突き出したやりは、思っていたより素早く、勇輝の右肩に突き刺さった。
「うぐぁ」
恐怖で変な叫びをあげる。
志織もこっちに来る。
「ひゃああ」
ショッキングな光景を目の当たりにして、その場に座り込んだ。
最悪だ。もう一人の番人もこちらに向かって歩いてくる。
このままではいけない。
「志織ちゃん、鍵早く。今のうちに早く行って」
腹の底から声を絞りだし、志織を奮い立たせる。
志織も目を覚まし、意を決して番人に近づく。番人の腰にくくりつけられていた鍵をもぎ取る。
「先に行け。ここはなんとかするから鍵使って先行ってて」
志織に向かって叫ぶ。
志織は泣きながら通路の角を曲がった。 その後を木槌を持った番人が追いかける。
このままでは逃げた志織も危ない。
そう思っていたら、変な力が湧いてきた。ゲームに強制的に参加させられた事への怒り、命懸けで何とかここまで来てこの状況に対する怒り、
「くそぉ、こんなとこで負けられるかぁぁ」
勇輝は肩に刺さっている槍の柄をきつく握りしめ、力任せに引き抜いた。槍を持っていた番人はよろめいて倒れた。
右肩を押さえ志織の後を追う。
「志織」
真ん中の通路立っていたのは、木槌を持った番人だけだった。志織は少し奥の方で倒れている。
「志織ちゃん」
「きりゃきりゃきい」
志織の近くに立っていた番人がこちらに向かってくる。
「嘘だろ」
状況を把握するのに時間がかかった。また、それが現実だと理解するのにも。
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