第2話 わくわくな依頼
「禁棄墨……?」
「そう、これで契約すると契約を破れない、破棄できない、だから破棄を禁ずる墨で禁棄墨だぜ」
「破ると、死んじゃう、よ?爆発、四散、キタネェ花火、になる……」
それは恐ろしい事だ、と藍太朗は楽観的だった。意外とオカルトの方面が専門というのも冗談じゃないと判断してのことだ。
心の何処かでは案外本当なのでは、と思ってしまっている部分もあったが、ずっと悲観的になっていた藍太朗には久々のポジティブな感情が何よりも甘く感じられて、すぐさま飛びついてしまっていた。
どちらにせよこのままだとどうせ死ぬのだ、今更死ぬ契約など怖くもなんともない、と自分に嘯いてまっさらな紙に氏名を書き記した。
「それじゃあ、契約成立。どーんと任せなお客様!」
「船は、何れ、沈む運命……」
「不吉だな大丈夫なのか……」
「大丈夫、多分、ね?」
意図的に意味深な事を言っているだろう、と呆れる藍太朗。実際その通りで、輪は微笑みと分類できる表情をしていたが、それでもその表情からは悪戯っ子の気が隠し切れていない。
「じゃあ、早速現場に」
「それは流石に……、ほら、あれだヤクザのシマってやつだあの場所は」
「なら、場所だけ、教えて?」
あんなに死体だらけの場所に行くと言うだけでも気が滅入るのに、その場所は自分の命を狙う者たちの巣窟だ。藍太朗にそんな場所へ戻る勇気などありはしない。死体はもう片付けられたのかもしれないが、確かにそこにあったのだし、流石にあんな事件の後だ、監視もあるだろう。
だが、藍太朗の眼前の二人はヤクザなど気にする様子もなく、自信に満ち満ちている。ただの恐れ知らずの馬鹿か、何か絶対的な自信の素でもあるのか、藍太朗には判断がつかなかったが、子供二人はそこに向かうと言う。
「現場は見ないと難しいだろ、解決したくねえの?」
「いや、解決したい!行こう、すぐ行こう!」
勢いで行くと決めてしまった。勢いがないと躊躇って身動きが出来なくなってしまうところだった。動かないよりも後で後悔しようと行動した方がよっぽど有意義なはずだ。
大丈夫、見つからなければ問題ないはずなのだから。
「〜♪」
とはいえ、能天気に鼻歌を歌いながら目の前を歩かれると不安が募る。当然だ。
だから藍太朗は震える脚と心を叱咤激励して少年少女のすぐ後ろを歩いた。
「おじさん、近い、きもい……、間違えた、お客さん」
「それは流石に手遅れだよ!言い直すのはそこじゃない、そこもだけど」
思わずツッコまずにはいられない、何故だかツッコまずにはいられないのだ。何か恐ろしい魔力に飲まれてしまったかのように一時の快楽を求めて体が勝手にツッコんでしまったのだ。
「橋詰藍太朗さん、事の始まりってあれ、あの場所だろ?」
維桜が指を指す方向には確かに事件現場が存在していた。しかし、それは通りから見て分かるような所ではない。ただの工事現場の衝立にしか見えない先を指さしてそこだろ、と言ったのだ。しかも現場は工事現場の中ではない、隣なのだ。維桜もちゃんと少しそれた位置を指差している。
「澱み、すごい……」
「ああ、想像以上じゃん?」
「わくわく、だね……?」
「ああ、わくわくな依頼だよ」
「いや、人の人生かかってる場面でわくわくするのは不謹慎なのでは……」
「細かい、よ?……禿げる?」
「禿げんわッ!いや、最近禿そうだったな!ストレスで!」
抜け毛に白髪、極めつけは不眠症、ストレスの兆候はあった。
おかげで目の下の隈もくっきりなのだ。
「と、とにかく、急ごう」
「びびって、る?」
「びびってるだろ、震えてるし」
今丁度別の事にビビリ始めていたところだった藍太朗に言い返す事はできない。この状況自体がかなり危ないのだ。仮に全てうまく行って命が助かってもこのままだと社会的に死にかねない。道端で子供二人を連れた明らかに親ではないスーツの男だ、怪しいにも程があるだろう。社会的にまで死にかけるのはごめんな藍太朗だった。お巡りさんのお世話になる案件間違いなしなのだ。
心なしか自分たちのことをコソコソと話している声が聞こえてくる気さえしてくる。このままだとストレスに耐えられない、禿げる。
「とにかく、とにかく急ごう」
「はーいよ」
「うん、おっけー」
藍太朗は耐えた。耐えきった。ツッコみたかったが、何とか耐えてみせた。先程まで後ろをついて行っていた俺が何故今は引き連れるようになっているのか、とツッコみたくて仕方がなかったのに、だ。
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