第1話 わくわくな依頼
「それじゃ依頼内容を聞こうか」
その部屋には三人の人物がいた。一人はひどくよれたスーツの男、手にはビジネスバッグを持ち、仕事終わりなのだろう。その男の対面には二人、片方は中学生くらいの少年であり、半袖短パンだ。その左隣には同じくらいの歳の少女がいる。こちらは白いワンピースの上から灰色の羽織を羽織っている。
三人は、正確には一人と二人はカウンターによって隔てられた空間に立っていた。それが二人の定位置なのだろう。
「……という訳なんだ」
「なるほどねえ……、そりゃあ災難だ」
「うん……、災難」
男は意外にも喋りの才能があったのか時々感想をはさみながらも臨場感たっぷりにことの経緯を語った。とはいえ男もわからないことばかりで、話は要領を得ない。当然二人の感想は簡素なものだった。
「片方の陣営だけならまだしも、両陣営から狙われるなんて、誰かに恨まれでもしてんだろ」
「誰かに恨まれる覚えなんてないぞ」
「だろうなあ……」
「恨まれる、ほど、頭良さそうじゃ、ない、よ?」
「酷いな君たち」
顔を見合わせて何かおかしいか?と首を傾げる二人に男はため息も出ない。ただただ絶望が深まるばかりだ。
「ただまあ、恨まれるような記憶がないってんならば、それは人の仕業じゃないかもな」
「怖〜い、お化けの、仕業、かもね?」
わざわざ不気味になるように顔を歪ませた輪だったが、どうしてもそれは可愛らしい、という印象を拭えない。美少女が何をやったところで美少女を消すことはできないらしい。
「だったらいいな、お化けより人間の方がよっぽど怖い」
「お?そうか、それはまあ良かったな」
「人間、は、常識知らず、だから……」
「お、おお?」
人間は常識知らず、男にとってはあまりに奇妙な人間観だった。特定の一人に対して常識知らずと評価するのではなく、人間という人類という種族そのものを常識知らずと評価したのだ。常識を作り出したのは他ならない人間だろうに、何を言っているのか。男にはそれが奇妙に思えてならなかった。まるで人間意外の他の常識を知っているかのように。
「でもまあ、その依頼俺たちが受けるよ」
「万事解決、任せて、ね?」
「は?いや、幽霊とかオカルトならいくらなんでも屋って言おうが、どうしようもないだろ」
「キシシシ、いやそれがそうでもないぜ」
「むしろ、そっち、のが専門、だよ?」
そんな馬鹿なことがあるのか?今俺は騙されているのか、と男は思った。騙しているとしたらあまりにずさん過ぎないだろうか、馬鹿にされているのではないだろうか、と憤りを感じすらした。
「じゃあ、契約内容を詰めていこうか」
「
十万、それが妥当な値段なのかどうか検討もつかないが、どちらにせよおろしてこなければ手元にはない。
「う○い棒十本!」
「ビバ……、お菓子!」
些かこの二人はイかれているようだ、と男はやはり未来を悲観するしかなかった。
この二人に任せて解決できるとは到底思えない、思えないが今は藁にもすがりたい状況なのだ。差し出された手を振り払う勇気など男にはなかった。
「決まったならこの紙にサインを」
「分かった」
不思議な質感の紙、よく見る紙に比べて表面がザラザラして書きにくそうな紙だ。
ボールペンで上手く書けるだろうか、とそんなことを考えていた男の前に維桜は細筆と墨壺を置いた。
「これは何か特別なあれか?」
「ん?別に、特に意味はない」
「これから、特別に、する、よ?」
そう言うと輪は墨壺を自身の前に移動させた。
墨壺をうっとりと見つめる輪の姿はその年齢を忘れさせる程に艶かしく、墨壺を持つ手にさえも色香を感じる程だった。
「何を……」
「まあ、儀式かな」
輪は小ぶりながらぷっくりと膨らんだ唇を開き、キラキラと白光を煌めかせながら唾液を墨壺へと垂らした。
そのあまりに扇情的な姿に藍太朗はつばを飲み込むのを止められない。
「んふぅ……、出来た、よ維桜」
「ありがとう、輪」
声を発することも出来ずに、男は固まっていた。一体何ができたと言うのか、今の行為にどんな意味があったのか、聞きたいことは山の様にあるのだが、そこは踏み込んではならない聖域のように思えて言葉が詰まる。
いっそ更に衝撃的な事でも起これば一周回って冷静になれるのかもしれない。
「じゃあ、次はこれだ」
「へ?」
墨壺を自身の前に移した維桜が、その手に握ったものを見てただでさえ混乱の極みにあった藍太朗の思考はそれは見事にパンクした。
それはどう見ても子供が持つにふさわしくない代物だった。
「刀……、銃刀法は……」
「腕を貸して」
混乱したままの男はなんの疑いもなく腕を差し出した。その腕に当てられた刃物の冷たさを感じて、今更ながらに恐怖と疑念が湧いてくる。
今時分は何をしているのか、何をさせられようとしているのか、それがさっぱり分からないのだ。
「っ?!」
そんなことを考えている間に慣れた手付きで腕が浅く切り裂かれる。
それでも痛みを感じることなどほとんどないと言っていい現代日本人の藍太朗には声を上げるほどではないにせよ相当の痛みを伴っていた。
「ああ勿体無い、全部その墨壺に注いでよ」
そんな事を維桜に言われるが、墨壺を見て思い出されるのは先程の正気と思えない行動だ。藍太朗は自分の顔が赤くなっていないと言う確証が持てなかった。
そのおかげか痛みを忘れて上手く血を墨壺へと注ぐことができた。
「これで完成」
「
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