第12話 再会の湯

ゲートを抜けると、予想していた以上の冷気が肌を突いた。


上着を羽織りながらゲートの祠を出て、顔をしかめながら、ザッカリアとは全く異なる針葉樹林の立ち並ぶ北国の街を眺める。


「懐かしい……以上にくそ寒いわね……。

こんなに寒いもんだったかしら……。

ここから半日近く歩きか……やっぱりやめようかな……」


心が折れかけながらも、今からでは到着が深夜になるため適当な宿で一泊してから、翌朝早くにさらに北を目指して街を出た。


雪が降っていないのがまだ救いだと思ったが、それでも山沿いの道は冷たい北風が吹き下ろし気力体力を奪っていく。


「はぁ……きっついなぁ……。

ちょっと遠回りになるけど、あそこ行くか」


故郷への道から脇へと外れ山道をしばらく上り下りすると、その先に現れた谷間から真っ白な蒸気が立ち上っているのが確認できた。


「やった、貸し切りだ!」


崖に沿った急な階段を駆け下り蒸気の発生源である広い湯殿へと辿り着くと、キャミルはその傍らに建つ山小屋で衣服を脱ぎ捨て一気に飛び込んだ。


しばらく派手に泳ぎ回った後、やっと落ち着いてその広い露天温泉の中央に立つ大岩に背を預け一息つく。


が、湯煙で白むその視界の先に、湯の中を中腰になって肩までつかり、そっと出て行こうとする人影に気付き、


「だ、誰!?」


声を上げながら慌てて岩の反対側に隠れ身構えた。


「あ、あの、いえ、決して怪しい者では……!

湯浴みをしていたところにあなた様が突然現れ、その、あまりに楽しげにしていらしましたゆえ、邪魔をしては無粋かと息を潜めておりましたものですが……!

すぐに立ち去りますゆえ……!

ずっと目を閉じて何も見てはおりませんから……!」


言葉通りに急ぎ湯の外へ向かう声の主だったが、キャミルはその声に聞き覚えがあった。


「ちょ……ちょっと待って!

あなたもしかして昨日の……?」


「え……?

昨日……の……?

いや、しかし……昨日の女性ならば確かザッカリアに送り届けたはずでは……」


「いや、ちょっと野暮用で……、っていうかあなたの方こそどうしてこんな所に?」


「い……いえ……その……旅に行き詰まっていたところに、陽星月占術で『探しものは遥か北にあり』と出たものですから……。

い、いや、そんなことより、すみません!

すぐ上がります!!」


謝りながらも歩を速めた男に、


「あぁ!?

ちょ、ちょっとちょっと!

待って!!

あたしはほら、こっちに隠れてるから、大丈夫だからさ、その……せっかくだから……ちょっと話さない?

これも何かの縁ってやつだと思うのよ、こんな偶然、さ」


つい呼び止めると、


「は、はぁ……いや、しかし……」


「ほら、この岩挟んでれば大丈夫よ」


「……では……すみません……失礼します……」


男は目を閉じたまま手探りで岩まで辿り着き、岩に背を向けて肩まで湯につかり、居心地悪そうに佇んだが、


「私は……放浪の勇者、アロゥ・ナヴァルニル・ギュストリアスと申します」


と名乗った。


「あ……あたしは……、あたしも、キャミル・アル・フィリアって、訳ありで今ちょっと一人旅してる勇者で……。

っていうかやっぱりあなたも勇者だったのね。

非ギルド的っていうか、独特な複合魔法を使ってたから、そうじゃないかと思ってたんだけど……」


「はい……ずっとギルドには所属せず無所属インディーズでやってきたものですから……。

しかし私など、本当は勇者と名乗るのもおこがましいものです……」


「そんなことないわよ!

むしろすごいセンスじゃない!

ギルドで養成所通っても中途半端な……あたしみたいのもいっぱいいるってのに」


食い気味でアロゥを褒めたものの、後半またつい声のトーンが落ちたことに気付いたのか、


「しかしあなたもかなりのミッションをクリアしてきている強者でしょう?

剣に『竜の血雫ちしずく』をお見受けしました。

あれは『中途半端な』勇者では入手困難な希少アイテムです」


とアロゥがフォローの言葉を優しく投げ掛けてきたため、


「あ、はは……わかる?

よく気付いたわね。

そうなのよぉ、これ手に入れるの大変だったのよ」


首に下げたネックレスを握り締め、浮かれた声を出して立ち上がりかけ、慌ててまた湯に体を沈めた。


「ま、色々あってその時のメンバーは急にあっさり解散しちゃったけどね……」


「それは……先見の明の無い方々もいたものですね……。

あなたはきっと遅咲きの大輪……。

それを解散など……。

きっといずれ後悔なさることでしょうに」


占いの言葉と一緒……!

やっぱりわかる人にはわかるんだわ!


「そうなのよ!

実は陽星月占術でもそういう……!」


すっかり気を良くしたキャミルは、昨日話せなかった話を、しかしながら浮かれ過ぎないように気を付けながらアロゥに語り出そうとした、が、


「それにしても、あまり長湯は体に毒ですよ」


その前に優しく制され出鼻をくじかれ、複雑な消化不良感を得て、顔も半分湯に沈めて黙り込む。


その沈黙の間にアロゥが、ならば私がお先に失礼した方が良さそうですね、と岸へ進もうとしながらふと思い出したように、


「そう言えばキャミル様はどうしてこのような場所へ?

何か特別なミッションでも?」


「あぁ……いえ……ただの……里帰りというか……。

こっからさらに北のハルイラへ……」


「なるほど、さらに北……ですか……。

ハルイラ……。

私の探し物もそこにあるかもしれませんね……。

ならば……もしあなたさえよろしければ、なのですが……同行させて頂いても構いませんでしょうか?」


「!?」


アロゥの申し出に、同行、二人旅、既に混浴、男と女、実家、余計な誤解やおせっかい、等々、関連項目が瞬時に頭を駆け巡り、さらにぶくぶくと湯の中へ沈み込むキャミルだったが、完全に沈み切る前に、


「……ふぁぃ……」


長湯のせいか真っ赤になりながらもなんとか許諾の意思を伝えた。


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