第11話 不信、不振

深い森を脱し、木々もまばらで浅いケライトの森まで来ると、男が地面に小さな陣を描きその中心に炎を灯すのを横目に、キャミルは盗賊の棺からテントを出して少し離れた辺りに広げた。


炎を挟んでそれぞれ倒木や石に腰掛け、簡易な食事を摂りながらも、終始紳士的でキャミルの身を気遣う男だったが、さすがのキャミルも、パーティーが解散したり騙されたり宿を追い出されたりと、色々と人間不信の続いた直後のため、初めて会った見知らぬ男に安易に気を許してしまわぬよう、できるだけ口数も少なく目も合わせず、あなたも早めにお休みになられて下さいね、と、そそくさとテントに入った。


酒の手持ちが無かったため寝付きはいまいちだったが、静かな森の優しい自然のささやきを聞いているうちに、やがて安らかな深い眠りへと落ちていった。


なんだか久し振りに無理矢理寝ずに寝られたな、と夢うつつに思いながら目を覚ますと、爽やかな朝の日差しと、何かの焼ける美味しそうな匂いが流れ込んでくる。


誘われるようにテントから這い出すと、昨夜と同じ場所で同じ体勢のまま火の番をしている男の姿があった。


「あ……」


まさか一晩中起きて……?


驚いているキャミルに、


「おはようございます、お嬢さん。

ちょうど夜半に手に入った肉が焼けたところですよ」


串焼きの肉に調味料を振りかけながら、男が微笑んだ。


そうして思いの外に豪勢となった朝食を終えると、


「さて、お食事を終えたばかりで少々せわしないですが、街へ参りましょうか」


男は炎を消し荷物をまとめ、街の方角を指さした。


「あ、はい、あの……ごちそうさまでした……」


いや、なんか、もっとこう、他にも色々言いたいのに、これじゃただ助けてもらってごはんもらっただけの人みたいじゃない……。


実際そうではあるのだが、思いながらも今さら何を話していいかわからぬまま、キャミルは男の横に並んで歩き出した。


相変わらず口数も少なくうつむきながら小一時間ほど歩いて街の入口まで辿り着くと、


「ここまで来ればもう大丈夫です。

本当にもう、一人で森になど入ってはいけませんよ。

いかに強く経験豊かであろうとも、油断をかばい背を守る仲間がいなければ、たやすく危機に陥るものです。

……それでは私はこれにて」


「は、はい……本当にありがとうございまし……た、って……行っちゃった」


キャミルが頭を下げている間に、男は今来た道を戻って去って行った。


「何よ……自分だって一人で……。

っていうか……」


本当にただの優しく強いだけのいいひとだったみたいね……。

だったらもっとお近付きになっても良かったのに、素っ気なくしてもったいなかった……、じゃなかった、申し訳なかったな……。


男の背を眺めながらぼんやりと思うが、


「いやいや、違う違う、男なんかに振り回されてる場合じゃ無いんだ、あたしは勇者として今からやるべきことが……」


首を振りながら街へと入ると、一直線にギルドを目指した。


しかし採取した材料を一通り換金し、勇者の募集記事を見て回るも、


「若き才能、できれば十代前半の新進気鋭を求む!!」


「ゴスロリの似合う女勇者が世界を救うのはほぼ間違いない。」


「完全週休二日制、有給・保険あり、残業無し、保護者同伴応相談」


などと、どれもいまいち噛み合わない。


面倒なので窓口に行って検索させるが、


「ちょっとねぇ……。

他の職業でしたらいくらでもあるのですが、ほら、勇者って技術うんぬんよりも突発的な爆発力というか、なんていうんですか?

ほとばしる青春のリビドー?

若いからこそ発揮したり周りも期待できる理屈や経験じゃない部分が大きいでしょう」


と眼鏡を指先でずり上げながら、小柄で薄毛の中年職員がキャミルを上から下までわざとらしく眺め回した。


「……じゃあ十八歳ってことでお願い」


苛立ちを抑えながらも昔から皆がよく使う手を依頼してみるが、キャミルの顔をちらりと見て、はは、まさか……、と鼻で笑った職員が、


「そうですねぇ……なんなら、引退した冒険者のための再就職の斡旋なども行っているのですが……。

キャミル様はその経歴やスキルを活かして、こちらなどいかがでしょう?

無理をして長らく女勇者など続けても、あまりいい思いをした方はおられませんよ」


数枚の書類を手渡してきた。


さらに苛立ちながらも受け取った書類は、勤務地が異なるだけですべて同じ内容のコピーであり、条件や仕事内容などがこまごまと小さな文字で説明されていたが、要するに場末のスナックママの募集記事であった。


え、と……眼鏡叩き割って……いや……残り少ない髪の毛を一本残らずむしり取ってから……。


苛立ちや怒りを通り越してその眼鏡の小男をどう処理するかを呆然と思い描いていると、


「へへ……ねぇちゃん……困ってるみてぇだなぁ?

俺たちならいくらでも組んでやるぜ?」


いつの間にか、アルコール臭とオヤジ臭をふんだんに撒き散らし、どう考えても冒険などには不向きな高脂肪低蛋白質の肉体をぶよぶよと揺らした、路上自由生活者風の中年男数人がキャミルの周りを取り囲んでいた。


そのうちの二人が両側からキャミルの肩を抱きながら、


「これでも俺らは昔はけっこう名のあるパーティーにいたんだぜ?

人間、年齢や外見じゃねぇよなぁ?お互い」


「へへ……むしろあんたぐらいの歳の方が脂が乗ってて色々具合がいいってもんぜ。

ぐへへ……いいケツしてんな……ちょうどいい垂れ……」


その時立ち上った爆炎は、山野を越えた遥か彼方の街からでも確認できたという。


「もう夕方か……不毛な一日だったな。

なんか……ちょっと疲れたし、このお金でいったん実家にでも帰ろうかな……。

もう何年帰って無かったっけ。

田舎だから直接行けるゲートも無いし、とりたてて目立った朗報も無いしで、なかなか帰るタイミングが無かったんだよね……」


瓦礫と化したギルドを後にすると、街の対岸にある「ゲート」と通称される長距離瞬間移動魔法道へ向かった。


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