第13話 里帰り

ハルイラは寒冷地ではあるが雪は少なく冬でも農業が盛んな村で、広大な畑では人々が各々作業をしていた。


その中の一人の少年が、農道を近付いてくる二つの人影に気付き手を止めた。


「あ……れ……?……キャミル姉ちゃんだ!!」


「何?キャミルだと!?」


「本当だ!キャミルだ!あの馬鹿娘、今さらのこのこと……」


「待て、隣に男がいるぞ!ってことはまさか……」


「そうか!!いよいよか!!ならば良しだ!!

ははは、キャミル!!よく帰ってきたな!!」


「宴じゃ!!早ぅ宴の準備をせぇ!!」


「おかえり!キャミル姉ちゃん!!」


少年の叫び声を発端に、まだ皆の元へと辿り着いてもいないうちから各々勝手な憶測で大騒ぎを始める懐かしい顔触れに、やっぱりこうなったか……、とため息を付きながらも、


「ただいま」


キャミルは皆に向かって微笑んだ。


その後、農作業はすべて中断され、村を上げての大宴会の準備が進められる中、とにかくキャミルは我が家へと入り自分の近況や、謎の同伴男性のことを家族に説明する。


「なぁんだ、お姉ちゃんの旦那さんじゃなかったのぉ?

つまんない」


一昨日十六になったばかりの妹が二人を見比べながら口を尖らせ、


「よく考えたら当たり前だわね、こんな男前、キャミルのとこに来るわけないのよ」


不機嫌そうに母が続けるが、


「そう誤解して頂けるのは光栄なことですが、私にはとても……もったいないお方でしょう。

キャミル様ご本人のお気持ちもあることですから……。

それにそのような仰っしゃり方をなされては、遠きを旅して遥々ご帰郷なされたキャミル様がお気を濁します。

何よりせっかくお二人とも大変お美しくあられるのですから、お言葉遣いにはお気を付けなければ、そのご品位を曇らせましょう?」


アロゥが娘と母に向かって微笑みながら忠言すると、その澄んだ瞳に見詰められた二人の女子は、


「や、そ、そ、そうよね、そうですね!すすすすみません!」


「いや、あの、やぁねぇ、き、緊張しちゃってつい口が滑っただけですのよぉ、ほんと、普段はこんなんじゃないんですから、おほ、おほほほほ!」


「やばっ!ちょっと……あたしお化粧してなかった!」


「あら、あたしもだわぁ、すみませんね、お見苦しいところをお見せして」


などと弁解しながら頬を染め顔を見合わせ、何やら急に色気付いてばたばたと自室へ走り去った。


ったく……相変わらずというか……。


キャミルがしかめっ面で頭を掻きながらため息をついていると、その背後からはひそひそと、


「いやいや、まだそうなる可能性は充分あるぞ。

とにかくヤッちまえばいいんだからな」


「あぁ、そうじゃ。

あの男、芯はなかなか強そうじゃが、数で押せば我々に分がありそうじゃもし。何よりこれを逃したらもう後が無いぞぇ」


「でもキャミル姉ちゃんってまだ処女じゃないの!?

大丈夫なのそういうの!?」


「問題無いわぃ。

とんかく酒でも飲ませて同じ部屋ば放り込んじゃら、犬でも子を孕むぞし」


「それにな、あるんだぜ、秘伝の催淫薬ってのがな……。

アレをメシにでも混ぜておきゃ、お前、そりゃもう一晩中ギンッギンでおちおち寝られもしねぇってもんよ」


「マジかよ父ちゃん!!すげぇな!!

それ俺にもくれよ!!女が飲んでも効くんだろ!?

今度向かいのアコに飲ませてバチコかましてくらぁ!!」


だんだん大声になっていく男どもの、ド下品かつ底の浅い計略が耳に届き、


「ぶっ殺すわよ、この変態男ども!!」


振り向きざまに膝元に寝かせていた剣を抜いて彼らの前に突き立てると、男たちもまた大慌てで、しかしながら話は止めること無く、馬鹿笑いと共に部屋から走り出て行った。


急速に静まり返った部屋に二人取り残され、ひどく恥ずかしさと居心地の悪さを覚えながら、


「なんか……ごめんなさいね……。

ひどい田舎で教養も何も無い農村だから……ほんと、お恥ずかしいです……」


うつむき詫びの言葉を述べるが、


「いえ……確かに新しい世界観と言いますか……驚きはしましたが……、存外楽しい気分なんですよ。

私には……こういった親族はおりませんから」


アロゥはキャミルを振り返り、優しく微笑んだ。


「え……あ……あの、ごめんなさい、何も知らずに……」


「お気になさらずに。私にとってはそれが普通ですから、特に悲しいことなどとは感じておりませんので。

それよりも今夜は宴を催して頂けるのでしょう?

私も何かお手伝いに参りましょう。

その中でこの村のことを知ることもできましょうし、探しものについての手がかりも得られるかも知れません。

キャミル様はせっかくのご帰郷ですから、思うままおくつろぎ頂いておられて良いのですよ。

何よりも、彼らの目的や打算はどうあれ、あなたのための宴であることに変わりはありませんのですから」


キャミルの返事も待たずにアロゥは再び微笑みながら立ち上がり、部屋を出て行った。


その後、まだ陽も沈まぬうちから二人を囲んだ宴は始まり、村人たちのいなたい余興の数々や、キャミルのいいひととかじゃ無いんだったら構わないわよねぇ、などとアロゥに群がる女たち、本気で仕込もうとしてきた催淫薬に気付いたキャミルが、箸の一振りでそれを土間へと散らし、ダンゴムシが一斉に発情し出すなど、諸々のイベントも盛りだくさんに、しかしそれも夜が白み始めるに従って人もまばらに、酔い潰れてその場で眠りこける者も増え始め、ふらつきながらもキャミルはなんとかアロゥを客室へと案内し、自分も元自室だった物置の隙間に収まり、崩れ落ちるように眠りに就いた。


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