第27話 秋の収穫祭

「――今日は収穫祭で賑わう、奥日多江という集落に来ています」


 収穫祭にはテレビ局や新聞社までもが取材にやって来た。

 もちろんテレビといってもローカル局だし、新聞に載るとしても地方版だろう。それでもインターネットで発信するよりも、影響力は格段に大きいはず。


「このお祭りでは、奥日多江で採れた野菜で作られた料理が、なんと無料で振舞われているんですよ」

「今年こられなかった方は、ぜひ来年お越しくださいね。美味しいお野菜を作って、みなさんをお待ちしてまーす」


 ちゃっかりとレポーターのインタビューを受けつつ、愛想を振りまいて宣伝を欠かさない由加里。この企画書をテレビ局に持ち込んだのも由加里らしい。

 さすが拡散女王の異名は伊達じゃない。自称だけど……。

 そんな事前の告知の甲斐もあって、参加者は県外にも及んでいるみたいだ。


「さあ、らっしゃい! 焼きそば食っていきな」

「綿あめはどうだい? お嬢ちゃん」


 参道にはいくつかの縁日も並んで、これぞ秋祭りという雰囲気。

 普段は虚無感漂う神社の境内も、今日ばかりは手狭に感じられるほど。昨日の準備なんて目じゃない人混みに、あたし自身も久しぶりに人に酔いそうだ。


 けれど感慨に浸っている場合じゃない。

 今は販売競争の真っ只中。あたしは声を張り上げて、可愛い我が子のような自信作を売り込む。


「奥日多江のお土産品、元祖『ぞんぞん最中』買って行ってちょうだいね!」

「うおぉ、ゾンビもなかだってよ」

「きゃはは、きもーい」

「でもけっこううめえな、これ」


 見た目の面白さに子供が集まってくる。

 あたしの狙い通り。これで正式採用はいただいたと握りこぶしを作ったのも束の間、親が子供たちを連れ去っていく。


「そんなの食べちゃダメ」

「なに、その色。身体に良くないに決まってるでしょ」


(色は紅芋だし、着色料なんて使ってないのに……)


 せっかく掴みはバッチリと思ったのに、あれっきり客足は途絶えてしまった。

 たまに通りかかる客が試食品を眺めるものの、プッと吹き出しては去って行く。笑いだけは取れているみたいだけど、それじゃあ意味がない。


(味だって自信があるのに……)


 ため息をつきつつ隣をふと見ると、暇そうにあくびをするヒロと目が合う。

 するとあたしは何も言っていないのに、ヒロは慌てて謝り始めた。


「すいません、すいません。きっと僕が、こんなところに立ってるから売れないんです。許してください」

「誰もそんなこと言ってないし、思ってもいないって。そもそもお手伝いをお願いしたのはあたしの方なんだから。それより、向かいは繁盛してるみたいだね」


 さっきから見ていると人は途切れないし、着々と買われている耕作の最中。時折目が合うと見せる、耕作の誇らしげな表情が憎らしい。

 遠目で商品は良く見えないけれど、評判がいいのは間違いない。


「ちょっと偵察に行ってくる。店番お願いね」


 店をヒロに任せて、敵情視察。

 偵察に行く時点で負けを認めたようなものだけど、参道を挟んだ向かいの賑わいぶりはやっぱり気になって仕方がない。


「おひとつどうだか。今は秋だけども、本家『奥日多江の春の息吹』。お土産に最適だぁよ」

「ひとつもらおうか」

「私は二つちょうだい」


 近くまで寄ると、さらに活況が浮き彫りに。耕作の店は、彼の兄との二人では人手不足なほどに賑わっていた。

 次々と売れていく耕作の最中に、あたしはついつい羨望の眼差しを向けてしまう。耕作はそんなあたしに気が付くと、得意げな表情で商品を一つ差し出した。


「どうだ? 一つ食ってみるだか?」


 手にした耕作の最中は、人の顔型ではなくて格子状に細かく穴が開いていた。そしてその穴から芝生のようにはみ出す餡は綺麗な薄緑色、どうやらウグイス餡らしい。

 名前も『奥日多江の春の息吹』というぐらいだから、きっとこれは奥日多江の大地に芽吹く草を模しているのだろう。


(すごい……。綺麗だし、とっても美味しそう。これがお店に並んでたら、あたしでも買っちゃうな。こんなすごいものを作るなんて、耕作さんを甘く見てたわ)


 けれども、ふと横を見ると耕作の兄と目が合う。その途端に気まずそうに目を伏せたところを見ると、これは彼のアイデアに違いない。

 それでもこれを作ったのが耕作だろうと耕作の兄だろうと、素晴らしいことには変わりがない。どうやら販売競争の雌雄は決してしまったみたいだ。

 『ぞんぞん最中』の名前は残せないけど、張り合ったおかげでこんな素敵なお土産品が完成したんだと思えば悔いはない。いや、やっぱりちょっと悔しいかな……。


「耕作さん、勝ちは譲るよ。それで、ご褒美と言っちゃなんだけど……」

「お、なんだ? ほっぺにチューでもしてくれるだか?」

「『ぞんぞん最中』も、一緒にこっちで売ってくれないかな? あれが全部売れ残ったら、さすがに食べきれないよ。その代わりお店を手伝うから、ね? お願い」


 あたしの懇願に、ため息をつきながらも渋々承諾してくれた耕作。どうみてもご褒美になっていない。

 ちゃっかりとテーブルの三分の一ほどを占拠した甲斐あって、ぼちぼちと売れ始めた『ぞんぞん最中』。耕作の最中に比べれば、売れ数は十分の一、いや二十分の一ぐらいだけど、全滅するよりはよっぽどましだ。

 そして耕作の店は、あたしとヒロが加わって四人になったことで、さっき以上に客数が捌けるように。お互いにメリットもあったということでめでたしめでたし。



 思った以上に盛大な催しとなった収穫祭。

 振舞われている奥日多江の農作物を使った料理も大好評。なにしろ調理しているのは北園シェフ、味は折り紙付きだ。

 奥日多江の公式お土産品がほぼ確定的となった『奥日多江の春の息吹』を販売しながら、あたしは充実感で満たされていく。なにしろあの寂れ切っていた日多江神社がこんなに賑わい、そして人々の笑顔で埋め尽くされているのだから。


「収穫祭、やっぱりやって良かったね。これだったら、来年の春には桜まつりも復活させてもいいかもね」

「奥日多江自慢の一本桜は、相当な老木だからなぁ。桜まつりをやるなら手入れしてやらねえとだな。あのままじゃ倒れちまいそうだよ」

「来年のお盆には盆踊りもやりたいね。そして奥日多江がもっともっと賑わったら、花火大会なんかもやりたいなぁ」


 今回の収穫祭に手ごたえを感じたあたしは、ついつい妄想を膨らませる。

 一緒になって話を弾ませる耕作も、あたしの考えに乗り気らしい。販売競争の勝利に気を良くしているだけかもしれないけれど、耕作の声は明るくて嬉しそうだ。


「この短期間で、この集落は随分と雰囲気が変わっただな。これも里花ちゃんが奥日多江に来てくれたお陰だ。それに俺も――」


 耕作との会話が盛り上がっていたところだけれど、あたしは収穫祭のプログラムを思い出してその言葉を遮る。

 せっかくの収穫祭。少しはあたし自身も楽しまないともったいない。


「あ、もうこんな時間。お客さんも落ち着いたみたいだし、ちょっとお祭り見てきてもいいかな?」

「お、おお。それなら、俺も一緒に行くだかな」

「耕作さんはお店あるでしょ。一気に二人抜けちゃまずいんじゃない? 一回りしてきたら戻るから、そしたら休憩変わるよ」

「そ、それもそうだな。せっかくの祭りだし、ゆっくり楽しんでくるといいだよ」


 耕作から暇をもらうと、あたしは小走りに本殿へと向う。

 すると思った通り、氏神様は賽銭箱の奥のいつもの階段に座ってお祭りの賑わいを眺めていた。頬杖を突きながら、満足そうな表情を浮かべて。

 あたしは隣に腰掛け、小声でこっそりと感想を尋ねる。


「……どうですか? 楽しんでもらえてますか?」


 すると氏神様は目を潤ませ、静かに語り始めた。


『人は次第次第に衰えて、やがて寿命が尽きると消えていくよね。この集落も同じように住む人が一人減り、二人減り……やがて誰も住まなくなって無人に。そして僕も役目を終えて、消えていくものだとばかり思ってた』


 優しい目で収穫祭を楽しむ人々を見つめる氏神様。

 潤んでいたその目から一筋の涙が頬を伝った。

 そしていつも冷静な氏神様には珍しく感情を昂らせた声で、あたしを見つめながら感謝の言葉を述べ始める。


『でもこうして、再び集落に活気を取り戻してくれてありがとう。人々が楽しく笑い合う日常を、また僕に見せてくれてありがとう。君には感謝の言葉しかないよ』


 感慨深げな氏神様。

 そんな氏神様に、あたしは得意げな表情を浮かべながら意気揚々と言い放つ。


「まだまだ。お祭りはこれからが本番だよ」


 ――パァン!


 背後の本殿の引き戸が、小気味いい音を立てて開け放たれる。

 その音に思わずあたしは首をすくめたものの、このままでは邪魔になってしまうので慌てて退避。本殿正面を空けるように少し外側へと場所を移動した。

 氏神様も驚いた様子で、慌ててあたしの隣へと寄り添う。


「ご来場のお客様、本殿にご注目ください。月陰神社のご協力による神楽の披露です。ごゆっくりご堪能ください」


 司会進行の由加里のアナウンスに続いて始まる、厳かな雰囲気の演奏。さらに笛と太鼓の音に合わせて巫女が舞い始める。

 鈴の音を鳴らしながら舞うその姿は、見ているだけで穢れが祓われるようだ。

 祭りの参加者も本殿を囲んで、その神楽にうっとりと魅入られていく。


 神楽に目を輝かせる氏神様。きっと過去の思い出が去来しているのだろう。大きくはないものの、喜怒哀楽とその表情を様々に移り変わらせる。

 やがて音楽に合わせて、氏神様は巫女の隣で一緒に舞い始めた。迷惑な乱入者だけれど、見えているのはあたしだけだから問題なし。


(こんなに浮かれるほど、氏神様が喜んでくれるなんて。ふもとの神社で頭を下げまくった甲斐があったみたいだね)


「……氏神様、満足しすぎて成仏しないでくださいね?」

『僕は幽霊じゃないんだから……。それに仏様はお寺の管轄だよ』

「そっか、へへへ……」



 後日ネットで神楽を配信したところ、ものすごい再生回数を記録した。

 何か怪しい影が映っていたと、心霊現象として話題になったらしい。


 ――神楽を舞う巫女の隣でうごめく謎の光。その正体は内緒にしておこう……。

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