第26話 里花の黒歴史
秋を感じたと思ったら収穫に明け暮れる毎日。
忙しくしていると時が経つのはあっという間で、もう明日は収穫祭。会場の日多江神社の境内では、催し物や縁日の準備でみんな大忙し。この神社にこれだけの人がいるなんて、今まで見たことのなかった光景だ。
氏神様も久々の賑わいにいささか興奮気味。事故がないように見回る姿も、どこか浮足立っているように見える。実際宙をさまよっていて、足は浮いているのだけれども……。
あたしも今日ばかりは農作業を休ませてもらって、『ぞんぞん最中』を売るための露店の準備に精を出す。
なにしろこの収穫祭では販売競争がある。奥日多江の公式土産物として、『ぞんぞん最中』を採用してもらうためにも負けられない。
借りて来た長机にクロスを掛けて飾り付け。運動会で使うようなテントの設営は、助っ人に呼んだ諒太とヒロにお任せ。氏神様にもアドバイスをもらいたいところだけど、今はどこにいるのやら。
今日は耕作には頼めない。何しろ耕作は今まさに目の前で、彼自身の最中を売るための露店を設営中。今回はライバル。メラメラと対抗心が芽生える。
そんな作業もおやつの時間には一段落。みんなでお茶をすすりながら、『ぞんぞん最中』の試供品をつまむ。
するとヒロからポロリと苦言が漏れた。
「本当に……、これをお土産品にするんですか?」
「え? ダメ?」
「僕は好きですよ、これ。グロくて面白いし、ちゃんと美味しいし」
ヒロには不評、諒太には好評。ちなみに祖母には、『気持ち悪りぃべした』と不評だった。紅芋を使って、餡を紫に仕上げたのがやりすぎだったのかもしれない。
あたし自身の票を入れたら評価は五分五分。
とはいえ本番はもう明日。今さら何をしようにも手遅れだ。ここまできたら、自分を信じて腹をくくるしかない。
「それにしても、なんだか学校の文化祭みたいですね。去年の文化祭の前あたりから学校に行かなくなったから、思い出しちゃいましたよ」
ボソリと諒太が呟く。
内容は重い。けれども、その口調に深刻さを感じなかったあたしは、自分の好奇心に忠実に従ってみた。
「そういえば、どうして学校に行かなくなっちゃったの?」
「なんだ、少年。お兄さんに話してみなさい、遠慮はいらないぞ」
ヒロまでもが興味津々な様子で、あたしと諒太の話に入ってきた。しかもお兄さん風まで吹かせて。確かにおじさんと呼ぶにはヒロはまだ若すぎるけれども、お兄さんというのもなんか違う気がする。
そんな熱視線を送るヒロには目もくれず、諒太はあたしの質問にポツリと答えた。
「ある日突然、クラス中の人たちから無視されるようになっちゃって……」
「理由もなく?」
「それはだな、少年――」
「僕に原因があったのか、それともたまたま選ばれただけなのか……。仲の良かった友達に聞いても口を利いてもらえなかったから、未だにわかんないですね」
ヒロの言葉を遮って、寂しそうにつぶやく諒太。あたしも経験があったので、諒太の言葉の意味は容易に理解できた。
いじめなんて永久になくなるはずがない。これはきっと人間の本能レベルの話だ。
自分より下の人間を作って安心感を得られれば、きっとその対象なんて誰でもいいんだろう。諒太はその生贄になったに違いない。
そんな話を聞いているあたしやヒロが、赤の他人なのが功を奏したのだろう。最初はポツリポツリとだったけれど、諒太の言葉は次第に饒舌になっていく。
「一ヵ月も続くとさすがに気が滅入っちゃって、学校をさぼりがちに。家でも八つ当たりするようになったせいで、母もなんかおかしくなっちゃって……」
「そうだよね。無視が続くと辛いよね」
「うん、うん、あれは辛いな少年。お兄さんの場合――」
「ひょっとしてお姉さん、経験あるんですか?」
ヒロが何やら言いかけた気もするけど、諒太はあたしの同意を聞き逃さなかったらしい。そこをすかさず切り返してくるなんてなかなか鋭い。
あたし自身思い出したくもない話だけれど、真剣な表情の諒太を見ると無下にもできない。少しためらったけれど、あたしは自分の黒歴史を話してやることにした。
「あたしの場合は自分のせいだけどね。あたしの友達が生意気だって標的にされて、クラス中で無視が始まったんだけど……。あたしは一緒になって無視するのが耐えられなくて、構わずその友達とお話ししてたのね。そしたら、今度はあたしが標的になっちゃった、えへ」
「そんなことが――」
「で、その友達はどうしたんですか?」
「その友達は他の子と一緒に、あたしを無視する側に回っちゃった」
「それは――」
「それって、ひどくないですか? お姉さんを裏切るなんて」
「でも彼女はきっと、無視される辛さに逆戻りしたくなかったんだよ。それにあたしも最初のうちは、しばらく無視してたんだからおあいこだしね」
他人にここまで話したのは初めてだけど、同情してくれたのはちょっと嬉しい。そのせいか、あたし自身もついつい口が軽くなっていた。
思った以上にあたしの話に興味を持つ諒太。ヒロも興味を持ってくれているみたいだけど、彼はどうにも間が悪い。
「僕から言わせれば――」
「お姉さんだって辛いじゃないですか、そんなの。しかも友達にまで裏切られて」
「うーん……。でもあたしにとっては、仲の良かった友達を無視し続けてる間の方が辛かったから、それに比べたら大したことなかったよ」
当時はとっても辛かった記憶なのに、蘇らせてみれば懐かしささえ感じる。たった五、六年前のことだというのに。
今ならもう少し上手く立ち振舞えただろうにと、自虐的な笑みを浮かべながら語っていると、諒太は自分のことのように辛そうな表情を浮かべた。
「僕だったら、そんな目に遭ったら立ち直れないかもしれないな……」
そう呟いて目を伏せた諒太。心根の優しい子なのだろう。そんな彼に、あたしは好奇心からもう一つの疑問を投げかけてみた。
「そう言えば、諒太くんは引きこもってたんだよね? どうして脱出できたの?」
「実は何を隠そう、僕も一時期――」
「だってうち、携帯の電波が入らないんですよ? ゲームするにも動画見るにも、ネット回線だって重すぎ。夜中にコンビニに行こうにも、外は真っ暗闇だし……。そもそもふもとの村まで、チャリでどんだけかかるんだって話ですよ」
「あー、確かにね。不便だよねぇ」
「ふふん、そんなときはだな、少年――」
「やることがなさすぎて、引きこもってもいらんないですよ、ここは」
娯楽とは無縁の奥日多江。日多江のコンビニに行くにも車で三十分かかる。
覚悟を決めたあたしでさえも苦痛を感じるこの環境は、突然連れてこられた中学生にとっては地獄でしかないだろう。
けれども諒太の愚痴を引き続き聞いていると、意外な言葉につながった。
「でもね、感謝もしてるんです。やることないから農作業始めたけど、ちょっと楽しくなってきたんで。それに学校は、無理に行かなくていいって言ってくれたし」
「そっか、いいお父さんだね」
「お兄――」
「それにここへ来たお陰で、お姉さんとも知り合いになれて貴重な体験談も聞けました。学校と家を往復してるだけじゃ、こんな機会は絶対なかったし……」
あたしも学生時代には、他人から有意義な体験談なんて聞いた記憶がない。もっともアドバイスをもらってたのに、耳に入ってなかっただけかもしれないけど。
諒太は昔のあたしと似ているなとぼんやり感じた。
「貴重に思ってくれたなら、あたしも黒歴史を話した甲斐があったかな」
「ならばお兄さんも、黒歴史を一つ――」
「僕の今までの世界は、学校と家しかなかったんですよね。なのに学校では一人ぼっち、家でも居心地が悪くなって……。僕の世界は終わっちゃったと思ってた。でもここへ来たら、世界はそんなに狭くなかったって実感できました」
晴れ晴れとした表情の諒太。その表情を生み出すのに役立ったのなら、あたしの話も無駄じゃなかった。それにこの様子なら、不登校の解消も時間の問題だろう。
あたしは自分が考えた企画の思わぬ副産物に嬉しさがこみ上げた。
「諒太くんにとって、農業インターンシップの参加が有意義なものになったみたいで本当に良かったよ」
「津羽来さんの――」
「でも母にとっては……そうでもないみたいです。会社も辞めちゃってこの先どうするんだって、余計塞ぎこんじゃって……」
「……!」
浮かれていた気分が一転、心臓を握りつぶされたような錯覚に陥る。それは諒太の言葉を聞いて、責任という重圧が一気に押し寄せたせいだ。
農業インターンシップ。
本気で農業に取り組んでくれる人を募った企画なのだから、参加者は多くの犠牲を払って参加している。当然失敗に終われば取り返しがつかない。
村おこしの成功しか思い描いていなかったあたしは、そんな参加者の人生も背負っていることを今になって痛感した。
(そうだよね、失敗しちゃいましたーじゃ済まないんだよね……。ううん大丈夫、成功させればいいんだから! でも本当に成功するのかな……?)
自己暗示で抑え込もうとしても、弱気な心が顔を出す。
足が震える。武者震いなのか、それとも身震いなのかわからない。
どうやらその動揺が表情にも出ていたようで、二人から心配の声がかかった。
「大――」
「大丈夫ですか? お姉さん。顔色悪いんじゃ……」
「平気、平気、なんでもないよ。それより準備もあともう少しだから、とっとと終わらせちゃいましょ」
不安を強引に押し殺して作業の手を再開させる。こんな気持ちのときは何かをして気を紛らわせるのが一番。
そしてさらにジメジメした気分を払拭するように、自分を煽り立てて弱気な心を葬り去る。
「――明日の販売競争で勝利して、公式お土産品に採用してもらうんだから! ヒロさん、明日もお手伝いお願いね」
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