第25話 水もしたたるいい女

 今週末は委員会をお休みして河原でバーベキュー。

 遊びに行こうと提案したものの、娯楽施設のない奥日多江ではこうなるのも必然。

 みんなで遊園地やカラオケをイメージしていたけれど、大自然の中でバーベキューも悪くない。


 あたしは迎えに来た耕作の白い軽トラックに乗り込んで、いざ出発。

 荷台に積み込んであるバーベキューセットが、傷んだ村道の凹凸でガタガタとやかましい。

 氏神様も一緒に連れて行ってあげたかったけれど、今日行くのは集落よりもさらに上流の河原。範囲外じゃ仕方がない。

 耕作は二人乗りの軽トラックを、鼻歌交じりで機嫌よく運転する。そしてあたしは助手席で頬杖を突いて、日常となったいつもの田園風景を眺める。

 しばらく車を走らせていると、耕作は突然思いついたように甲高い声を上げた。


「あ……。もう一人、連れて行ってもいいだかな?」

「え、うん。別に構わないけど? でもこの車に、これ以上乗れるの?」

「それなら、奥の手があるから心配はいらねえだよ。そもそも、取り締まる人もいねえだけどもな」


 そう言うと耕作はさっそくハンドルを切って、やや荒れた農道を下って行く。

 荷台の金属音をさらにやかましくさせながら走ると、そこには一人で農作業を続ける男の姿があった。

 耕作は車を止めると、あたしの目の前に身体をぬっと突き出す。そしてそのまま助手席の窓越しに、耕作はその男に声を掛けた。


「おう、ヒロさん。これからみんなでバーベキューさ行くんだけど、一緒に行かねえだか?」

「え、いいんですか? いや、でも……僕なんかが一緒に行ったら、きっと雨が降ったりするんですよ、きっと……」


 相変わらずヒロは思考がネガティブ。とは言っても性根が暗い感じではなくて、常に落ち込んでいるイメージ。前髪が長くていつもうつむいているから、余計にそう見えるのかもしれない。

 でも会話を交わすたびに聞かされるエピソードも不幸な話ばかり。やっぱり彼は、星の巡り合わせが良くないのかもしれない。


「大丈夫、大丈夫、今日は降水確率ゼロパーセントですから。それに畑仕事ばっかりじゃ息が詰まるでしょ? たまには息抜きしましょ」

「そうですか……。そこまで言ってもらえるなら、ぜひともお願いします」

「けど、ヒロさんの席はねえだから、荷台で荷物番お願いするだよ」


(うーん……。いきなり席がないとか、すでに不幸が始まってるような……)


 ヒロの作業に区切りがつくのを待って、再び出発進行。

 ヒロが荷台でバーベキューセットを押さえてくれているお陰で、やかましい金属音はだいぶ静かになった。だけどなんかごめんね、ヒロさん……。


「そういえば、まさか食材は忘れてないよね? あたしの係はお野菜だったから色々持ってきたけど」

「おう、俺のはそこのダッシュボードに入ってるだよ」


 言われるままにダッシュボードを開けると、そこにはタッパーが。

 たったこれだけ? と疑問に思いつつ、その蓋を開けるとそこにはウニョウニョとうごめく赤い虫たち。

 きっと奥日多江に来たばかりのあたしだったら、悲鳴を上げながらぶちまけていたに違いない。そんなあたしもだいぶ成長したようで、落ち着いて蓋を閉めなおすと耕作に不満をぶつけた。


「ちょっと、これミミズじゃない! こんなもの食べさせるつもり!?」

「んなわけねえだよ。そいつはエサだ、釣りのエサ」

「は? まさか、現地調達する気? 釣れなかったらどうするの」

「俺の釣りの腕前が信用できねえだか?」


 せっかく楽しみにしていたバーベキューが、ただの焼き野菜パーティじゃ悲しすぎる。あたしは耕作の無計画さに苛立ちを隠せない。

 結局道中は会話も弾むことなく、地元では定番となっている河原へと到着した。



「由加里さーん、聞いてよぉ――」


 一足早く実家から直接来ていた由加里を見つけると、あたしは思い切り抱きつく。

 そして由加里の同情心を駆り立てるように、車中での耕作との経緯を説明した。

 すると由加里は優しく「よしよし」とあたしの頭を撫でる。まるであたしは、姉に慰められている妹みたいだ。


「里花さん、大丈夫! そんなこともあろうかと、私がお肉いっぱい持ってきたからね。耕作くんには魚が釣れたら、物々交換で分けてあげようじゃないか」

「さっすが由加里さん。頼りになるぅ」

「ふん、美味しい川魚が釣れても分けてやらねえだからな。この肉食系女子たちめ」


 強がりにしか聞こえない耕作の言葉。

 耕作はヒロの腕を掴むと、トラックから降ろした釣り道具を持って、川上へとずんずん上って行った。


 ――そして小一時間後。


 耕作とヒロの二人は、立てたフラグをきっちりと回収するかのように、ガックリと肩を落として戻ってきた。


「すまねえだ! 俺たちにも肉を食わしてくだせえ。ほら、ヒロさんも頭さ下げて」

「ちょっと、なんで僕までこっちのグループになってるんですかぁ。大体僕のエサになんて、魚が食いつくはずがないんですよ」


 土下座までする勢いの耕作と、渋々頭を下げるヒロ。

 想像通りの展開すぎて、逆に笑いがこみ上げてきた。


「そんなことだろうと思ったよ。由加里さんと話してた通りだったね」

「仕方ないな、君たち二人には食材を恵んであげようじゃないか。その代わり……わかってるね? 身体で払ってもらうってやつだ」


 容赦のない由加里。

 さっそく料理を作らせたり、飲み物を取ってこさせたりと男二人をこき使う。

 けれども、ヒロに焼きそばを作らせたのは失敗だった。かけすぎたソースと、焦げ付かせた麺で材料が台無しになってしまった。


「すいません、すいません。これは僕が責任をもって、全部食べますから……」

「バーベキューだってあるんだし、そこまで責任感じなくていいからね、ヒロさん。だけどこんなことなら、北園夫妻も呼べば良かったね」

「でも北園さんとこの民宿は繁盛しちまって忙しそうだべな。お陰で兄貴夫婦も、副収入がありがてえって喜んでたけどな」


 オープンしたての頃は週に一、二組もいれば良い方だった客数も、今では週末の度に大忙しの民宿。北園シェフの料理の評判が、口コミで広まっているらしい。

 ちょっとした団体客も来るようになって、そんなときはあたしも応援に行っているほどだ。


(ほんと最近、集落に活気が出てきたって実感できるようになったな……)



 奥日多江のすぐ西を流れる日多江川。

 そういえば小さい頃、今は亡き祖父の釣りに付き添ってここへ来たことがある。

 あの時はあたしが川に落ちて、びしょ濡れで帰ったっけ……。祖母と母にこっぴどく叱られて、祖父がすまなそうに小さくなっていたのを覚えてる。


 当時と変わらず、流れの早い澄んだ川面を眺めながらバーベキューを頬張る。

 野菜も肉も大自然の中で食べると格別。そしてみんなとの楽しい時間は、あっという間に過ぎていく。


「さっきは雨男なんて言ってたけど、全然大丈夫じゃない。いいお天気だよ!」


 今日は普段見せない笑顔で、楽しそうなヒロ。そんな彼にさらに自信を持ってもらおうと、あたしは頭上を指差しながら激励の言葉を掛ける。

 すると、狙ったかのように現れ始める暗雲。みんなで雲の動向を注視していると、あっという間に灰色の雲で空が覆いつくされていく。

 そして、十分と経たないうちに雨が降り始めた。


「ねぇ、山の天気は変わりやすいっていうけど、これはあんまりじゃないのぉ!」


 慌てて片づけを始めるも、一気に強まる雨足。

 見事なまでの夕立に、みんな揃ってびしょ濡れだ。


「ごめんなさい、ごめんなさい。やっぱり僕が参加したせいです。来なけりゃ良かったんです。みんなを濡れネズミにしちゃって、すいません」


 励ました途端の雨で、せっかくのヒロの笑顔もまた曇る。

 このままじゃ、またネガティブ思考のヒロに逆戻り。あたしは目一杯の笑顔を作って、ヒロの下り坂のテンションを引き上げようと必死になる。


「大丈夫! 川に来る以上、水に濡れる覚悟はできてるから。それにね、ちゃーんと中に水着を着てきたから心配しないで」


 水着を着込んできたのは正解だった。

 雨で張り付いたTシャツやスカートも気持ち悪かったので、あたしは思い切って水着姿になることにした。


「おぉ……里花ちゃん、やるだな」

「おぉ……里花さん、たまんねぇっす。ごちそうさま」


 耕作だけでなく、由加里までもが下品な声を上げる。

 その声にあたしはハッと我に返り、急に込み上げてきた羞恥心に水着を両手で覆って隠した。


「ハァ、ハァ、里花さん。隠すともっとエロくなっちゃってもう……いただきます」

「由加里さん、そんなこと言ったらもっと恥ずかしくなるからやめて! ちょっと、耕作さんもあんまり見ないでよ」


 みるみる顔が赤くなっていくのが、自分でもわかる。

 とはいっても、今さらびしょ濡れの服を上から着る気にもなれず、あたしは膝を抱えて小さく丸まるしかなかった。


「ありゃあ、なんだかんだ言って、水着になるきっかけが欲しかっただよ。だからヒロさんがこの雨を呼び込んだってなら、里花ちゃんの役に立ったってことだ」

「なに、わけわかんないこと言ってんの!」

「俺らもいいもの拝ませてもらって、みんな万々歳だべ。ヒロさん、グッジョブだ」


 耕作は爽やかな笑顔で、ヒロに向かってサムズアップ。

 まるで青春ドラマのワンシーンを切り取ったかのよう。


「僕の雨男ぶりが、人の役に立つこともあるんですね。嬉しいな……」


 満足気な表情のヒロ。自信を持ってくれたのは嬉しいけれど、あたしはどうにも納得がいかない。


「――勝手に良い話にしないで。あたしは万々歳じゃないんだから!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る