第5章 天高く里花肥ゆる秋

第24話 村おこし実行委員会

「――もうね、キャッチコピーも考えてあるの。『奥からひたひた忍び寄る。奥日多江銘菓、ゾンビ最中』これでどう?」


 先日のお土産を頬張りながら、今週末も村おこし実行委員会の会議。最初の議題は奥日多江のお土産品。

 のっけからノリノリで臨んだあたしの案に、耕作と由加里の二人は首を傾げる。


「ゾンビはねえだよ。顔面崩落最中とかどうよ」

「どっちも縁起悪そうな名前だなー。そもそも、この見た目をお土産品にして良いものかどうか……」

「いいでねえか。味も悪くないし、おもしれえべした」


 由加里はどうも乗り気じゃないらしい。かといって代わりになるものも提案できないから、強くは否定できない感じだ。

 一方の耕作はネーミングは気に入らないみたいだけど、この最中をお土産品にする気は満々に見える。


「だってこれ、耕一さんとこの最中だもんね。売れたら儲けものだよねー」

「ハハハ、バレただか。でもこの人形最中はそれなりに伝統あるらしいだで、土産物としても悪くねえと思うだよ。後はネーミングだよ」


 なるほどそういう理由か。

 けれども理由はどうあれ、これで票は二対一で採用は確定的。

 となれば商品名だけれど、これはあたしが一日かけてやっと見つけたネタだけに、なんとしても名付け親の座も手に入れたい。あたしは猛烈にアピールを続ける。


「ゾンビ最中がダメなら、『ぞんぞん最中』でどう? ちょっと可愛くない?」

「いや、そこは『奥日多江の熱情』とか、なんか前向きな言葉をだな」

「やだ! 『ぞんぞん最中』。譲らない!」


 熱くなると譲れなくなるのはあたしの性分。しかも『ぞんぞん最中』の響きが妙に気に入ってしまったあたしは、まるで駄々っ子の様相。

 しかしそんな膠着状態も、由加里の提案で終止符が打たれる。


「そんなに張り合うなら、いっそのこと二人でそれぞれ売り出したらいいじゃない」


 由加里の言葉で、あたしの闘争心がメラメラと激しさを増す。

 どうやらそれは耕作も一緒のようで、不敵な笑みまで浮かべている。


「よし、じゃあ、あたしは元祖ってつけちゃうもんね。元祖『ぞんぞん最中』よ」

「だったら俺は、本家『奥日多江の熱情』だ」

「まったく……。新製品だっていうのに、最初から起源を争ってどうすんの。とりあえずこの件は宿題だね」


 お預けになってしまったお土産品。一刻も早く商品化したいところだけれど、今日のところは仕方ない。

 気を取り直してあたしは次の議題の提案に移る。


「もう一つあたし考えたんだけどさぁ、村でお祭りやろうよ。ずーっと、やってないんでしょ? お祭り」

「ああ、確かになぁ。俺が小さい頃はまだ色々やってただけど、今は全然やってねえだな。年寄りばっかりだしな」

「日多江ではいくつかあるよ、お祭り。それじゃダメなの?」


 確かにふもとの日多江ならそれなりに人口も多いし、祭りの一つや二つはやっているだろう。

 でもやっぱり日多江は日多江、奥日多江は奥日多江。あたしは改めて、奥日多江での祭りの開催を提案する。


「やっぱり奥日多江としてのお祭りでないとだめだよ。この集落でやる、この集落のためのお祭り。そこに集落の一体感が生まれるんだよ」

「この間やった、村を上げての歓迎会も楽しかっただな。みんなも喜んでたし、ああいうのはかなり盛り上がるだよ」

「確かにね。じゃあ里花さん、どんなお祭りがいい? 盆踊り? 花火大会?」


 食いついてきた二人。話が加速していく。

 さっそく事前に考えておいた案を、ここぞとばかりにあたしは発表する。


「えーとね、昔は収穫祭っていうのをやってたらしいから、それでどうかな?」

「ああ、確かに小せえころにやってただな、収穫祭。でも里花ちゃんよく知ってただな、そんな祭りがあったこと」

「え? あ、ああ、おばあちゃんにね、ちょっと聞いたんだよ。うん」

「じゃあ、段取りなんかは村の年寄りに聞けばなんとかなるだな」


 氏神様に聞いたなんて、とてもじゃないけど言い出せない。

 けれど耕作も収穫祭のことは知っていたようなので、深く追及されずに済んだ。やれやれと、あたしは胸を撫で下ろす。


「で? どこでやるの? その収穫祭って」


 由加里の突っ込みに言葉を詰まらせるあたし。

 収穫祭の詳しい話は氏神様には聞いてない。出来る限り内緒にして、氏神様を驚かそうと考えていたからだ。だから今日の打ち合わせにも連れてこなかった。

 そんな冷や汗を流すあたしを救ってくれたのは、耕作の言葉だった。


「収穫祭っていったら日多江様だ、日多江神社だな。採れた野菜をみんなで持ち寄って、調理して振舞うのが収穫祭だぁよ」

「それなら私も小さい頃に参加したかも、ミドリお婆ちゃんと一緒にね。キュウリのお味噌汁が、意外と美味しかった思い出があるなー」


 由加里も懐かしそうに思い出を語り始める。

 そんな二人の言葉に、あたしの記憶も呼び起こされたらしい。あたしも確かに祖母に手を引かれて、そんなお祭りに参加した覚えがある。

 そんなおぼろげな記憶を辿っていたあたしだったけれど、由加里の提案の声で現実に引き戻された。


「そういえば、縁日には人形最中の露店もあったじゃない? ちょうどいいから、さっきのお土産品の販売競争してみたら? 多く売った方を採用ってことでさ」


 鎮まっていた二人の闘争心に、再び火が灯る。

 耕作を睨みつけると向こうもその気は充分らしくて、熱い火花が二人の視線の中央で弾けた。


「フッフッフ……。やってやろうじゃないの。勝つのはあたしの、本家『ぞんぞん最中』に決まってるわ」

「あれ? 里花さんは、元祖じゃなかったっけ?」

「この際どっちでもいいわ、負けないよぉ」

「ふん。俺の『奥日多江の熱情』で返り討ちにしてやるだよ」


 ここに今、土産物販売競争の火蓋が切られた。

 そんなあたしたちの意気込みをかき消すように、由加里は相変わらず淡々と会議を進行させる。


「場所は日多江神社……と。使用許可取れるか確認しておくね」

「段取りは、うちのじじいに聞いておくだよ」

「あ、あたしもおばあちゃんに詳しく聞いておくね」


 みんなの賛同を得られてあたしは心が浮き立つ。この分なら、きっといいお祭りになるに違いない。

 神社で秋の収穫祭。集落の人たちが笑顔になってくれたらいいなと、あたしは心の底から願う。そしてもちろん氏神様にも喜んでもらえたら最高だ。

 気分が昂ってしまったあたしは、勢い任せにさらなる提案を持ち掛けた。


「――ねえ、次回は打ち合わせじゃなくて、みんなでどこかに遊びに行こうよ!」

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