第23話 足りないもの

 せっかく観光客に来てもらっても、奥日多江にはお土産と呼べるものがない。

 お土産には集落が潤う経済効果もあるけれど、それ以上に思い出や、受け取った人への宣伝効果と恩恵は様々。名物になればそれだけで知名度もアップする。

 お土産品は宝の山。そんなことはわかっていながらも、祖母の手伝いや陳情処理に追われてあっという間に一ヵ月が過ぎた。そして未だに用意できていない。

 さすがにこのままじゃまずいだろうと、今日は祖母の手伝いをお休みさせてもらって、お土産品の参考にするためにふもとの集落で市場調査をすることにした。


 ふもとの日多江集落行きのバスは朝七時。

 早めに家を出て、のんびりと景色を眺めながらバス停へと向かう。

 すると遠くに見慣れない人影が見えた。


(あんな人、奥日多江にいたっけ?)


 長いとは言えない奥日多江の生活でも、とっくに全員の顔は覚えている。集落にいるのはたった四十二人。生徒の多い学校なら一クラス分ほどしかいないのだから。

 そしてふと、昨夜も宿泊の予約が入っていたことを思い出す。雰囲気からしても、あれはきっと観光で来たお客さんだろう。


 最初はどうなることかと思った民宿だけど、ぼちぼちと予約も増え始めている。

 農業インターンシップに参加してくれている人たちだって、だいぶ集落に馴染んできた。農作業をする姿も道端で話し込む姿も、もはや立派な地元民。

 村おこしを思い立った頃に比べれば、集落に活気が出てきたのは明らか。

 けれども何か足りない。何が? と聞かれても答えに困る【何か】……。


 その【何か】をぼんやりと考えながら、バス停でバスを待つ。すると到着したのは、もはやお決まりの白い軽トラック。久しぶりにストーカー疑惑が再燃する。


「里花ちゃん、どこ行くだ? まーた村役場だか?」

「いえ、今日は日多江でお土産品になりそうなものを調査しようと思って」

「へえ、感心だな。だったら、兄貴の店を紹介してやるだよ。人形最中(にんぎょうもなか)の店で働いてるだから」


 そう言って、メモ帳に住所と電話番号を書き記す耕作。

 耕作の兄の勤め先が和菓子屋さんだったのなら、もっと早く相談すれば良かったとあたしは後悔した。


「気を付けて行ってくるだよ」


 耕作はメモをあたしに手渡すと、そのまま手を振って軽トラックは去って行く。

 まるでこのためだけに来たかのような耕作の行動に、あたしは首を傾げるばかりだ……。



 ふもとの日多江集落にやってきたものの、土産物屋と呼べる店は見当たらない。

 和菓子屋は何軒かあったけれど、店に並んでいたのは普通の品揃え。そもそも観光地でもない日多江には、名物と呼べる商品なんてないらしい。

 どこかで見たような饅頭、どこかで見たようなクッキー、そこに適当に地名をもじってつけただけのありがちな商品たち。

 最後に訪ねた耕作の兄の勤め先も、そんな商品を扱う和菓子屋だった。


「耕作から電話あっただよ。里花ちゃん、土産物の調査してるんだって?」

「この辺で何軒かお店を回ってみたんですけど、これっていうのは無かったですね」

「だべねー。うちのもどこに行っても見かけるような菓子だしなぁ」


 ガラスケースを眺めてみると、主力商品は人の顔をかたどった最中(もなか)。

 目と口の部分には穴が開いていて、そこから覗くのは中身の餡。皮のベージュ色と餡の小豆色のコントラストで、ちょっと風変わりな最中に仕上がっている。

 けれども【日多江の詩】というネーミングセンスはありきたり。奥日多江土産としてのインパクトには、今ひとつ欠ける代物だった。


 今日一日歩き回ったのに結局収穫なし。店の奥にある団欒スペースに腰掛けると、思わずため息が漏れる。

 そこへお盆にお茶を乗せてやって来たのは耕作の兄。お茶をテーブルに置くと、彼はそのまま向かいの席に座った。


「せっかく来てくれたんだし、これでも食いなせえ」


 お茶と一緒に差し出されたのは、どうみても失敗作のさっきの最中。穴の開いた目と口から、無残にも中の餡子が飛び出している。

 あたしはそれを見て思わず噴き出した。


「ひどい出来ですねぇ。これ、耕一さんが作ったんですか?」

「失礼なこと言うだな。この辺りじゃ、こうしねえと買ってくれねえんだ」

「どういうことです?」

「たっぷり餡子が入ってねえと、ケチ臭せえって見向きもしねえのよ。さすがに店先にこいつじゃ格好つかねえだで、そこには並べてねえけどな」


 耕作の兄の言葉を聞いて、あたしはひらめいた。これだ! と。

 目と口から餡子が飛び出して、一目で笑っちゃったインパクト。それに元々あるお菓子だから、新たに型とかレシピを考える必要もない。


「名づけてゾンビ最中! これ使わせてもらっていいかな? 耕一さん」


 餡子がたっぷりと飛び出した最中をお土産に、あたしは鼻歌交じりに家路を急ぐ。

 なにしろこの夕方の便を乗り損なったら次のバスは翌朝なのだから……。 



 奥日多江に戻ったあたしは、家に帰る前に神社に立ち寄る。

 もちろん買ってきたお土産の一つを、氏神様に奉納するためだ。


「今日は日多江に行って、こんなものを買ってきたよ、氏神様」

『へえ、人形最中だね。僕は食べられないから、どうぞ里花ちゃんがおあがり。気持ちは充分いただいたよ、ありがとう』


 氏神様のお言葉に甘えて、耕作の兄の店で二つ平らげてきたばっかりだというのに、再び餡子たっぷりの最中を頬張るあたし。

 それに引き換え、お供えを手に取ることすらできない氏神様。これじゃ見せびらかしているのと一体何が違うんだろうと、複雑な心境になる。


「これをゾンビ最中って名付けて、奥日多江の名物にしようと思うのよ」

『……う、うーん、そうかぁ。ま、まあ、慌てて一人で決めずに、じっくりみんなで話し合って決めるといいと思うよ。うん、その方がいい』

「そうだね。あたしのセンスをアピールする絶好のチャンスだね」


 氏神様にアドバイスをもらいつつ、次の最中につい手が伸びる。

 けれどもこれ以上食べてしまうと、お土産として買ってきたのにみんなに行き渡らなくなってしまう。あたしは慌てて自重した。

 餡子がたっぷり入っているのに、甘さがかなり抑えられているのでしつこくない。知らず知らずのうちに手が伸びてしまう悪魔的な魅力。危ない、危ない。

 もっと買ってくれば良かったと後悔しつつ、お腹の辺りをさすってあたしはさらに後悔した。


『昔はこの辺りでも作ってて、ここの縁日では作りたてを売ってたりしたもんだよ』


 懐かしそうに、そして楽しかった思い出に浸るように昔話を語り始めた氏神様。

 その言葉にあたしはふと、【何か】のヒントを見つけた気がした。


「縁日って言えば……。ねえ、氏神様。この地域にはお祭りとかないの?」

『昔は春には桜まつり、夏には盆踊り、秋には収穫祭っていうのをやってたね』


(これだ、あたしが感じてた物足りなさ。やっぱり村にはお祭りがないとね)


 【何か】の答えは見つかった。

 集落中が集まる恒例行事。そして近隣の地域からも人を呼べる、活気の出る企画。それを同時に満たせるお祭りをやらない手はない。


 桜はもう季節が終わってしまった。

 盆踊りは矢倉を組んだりと準備が大変そうだし、お金もかかりそう。

 残ったのは収穫祭。これを次回の村おこし会議で提案しようとあたしは決めた。


「氏神様、あたしそろそろ帰りますね。それじゃ、また」

『もう暗いから、気を付けてお帰りよ』


 足早に氏神様の前から立ち去る。せっかく思いついた収穫祭の企画を、氏神様に悟られる前にこの場を離れたかったからだ。


(――活気があった頃の収穫祭を復活させたら、氏神様は喜んでくれるかな?)

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