第18話 11人の挑戦者たち

 今日は集落を挙げての歓迎会。ここ奥日多江に外から人が引っ越してきたからといっても、普通に考えれば大げさすぎ。

 けれどもここ数年、減る一方だった集落の人口が増えたことは、小さな出来事だけど大きな一歩だ。


 なにしろ引っ越してきたのは北園夫妻だけじゃない。

 村のウェブサイトで募集した【農業インターンシップ】。募集から一か月が経過して、応募は現在四件。残念ながら一件はキャンセルになってしまったけれど、無事契約に至った人たちも続々と奥日多江に引っ越してくることになっている。


「由加里さん、司会進行お疲れさま。それにしてもすごいね、由加里さんの作ったサイトが良かったんだね、きっと」

「ふふん。ちょっとネタを呟いたらバズったんで、宣伝してみたらこの通りよ。これから私のことは、拡散女王って呼んでちょうだい」

「ごめん、何言ってるのかよくわかんない……」


 得意気な表情の由加里は放っておいて、バイキング形式の料理を取って回る。

 作ってくれたのはもちろん北園夫妻。今日はわざわざ息子夫婦も応援に駆けつけてくれたらしい。歓迎会の料理を、歓迎される側に作らせるのってどうなんだろう?

 けれども味は申し分なし。さすが日多江の有名レストランのシェフ。その手料理が食べ放題なんて贅沢すぎる。


「……ねえ、氏子が増えて、何か変わった? 力が沸いてきたりするもの?」

『いやぁ、どうなんだろう。さすがに十人じゃなんとも』

「十人じゃないよ、十一人!」

『だけどすごいよ、人口が一気に四割増しなんてさ。それに何よりもこうして集落中の人が全員集まって、楽しそうに笑顔でお酒を酌み交わしてる光景なんてどれぐらいぶりだろう』


 心の底から嬉しそうな氏神様。その目は潤んでいるようにすら見える。

 それを見たあたしも嬉しくなって、ついついもらい泣きしそうに。

 けれども、そんな感動的な雰囲気を耕作がぶち壊す。彼は男性と連れ立ってやって来ると、あたしの肩を叩きながら絡み始めた。


「ちょっと、探しただよォ。こんなとこで何してんだよォ」

「ひょっとして酔ってる? 耕作さん」

「酔ってなんかいねえだよォ。おめえの方こそ一人で喚いて、酔っ払ってるんじゃあねえだかァ? おめえって、たまにおかしくなるだなァ」


(さっきの氏神様との会話、聞かれてた……)


 ろれつも怪しげで、耕作は明らかに酔っている。

 そんな耕作はさっきのあたしの行動を深く追求するでもなく、一緒にやって来た男性を目の前へと押し出した。


「こいつがァ、里花ちゃんに挨拶してえっていうんでェ、連れて来ただよォ」


 耕作はそれだけ言い残すと、ふらつく足で早々に退場。本当にそれだけのために、あたしのところへ来たらしい。

 連れられてきた男性は、さっき由加里に壇上で紹介されていた、今回の農業インターンシップ参加者の一人。三十歳ぐらいの彼は、おどおどしながらあたしに頭を下げて自己紹介を始めた。


「こ、今回、参加させていただくことになりました五月雨(さみだれ) 広之進(ひろのしん)と言います……。僕なんか、何の役にも立たないかもしれませんが……。えーと、あの、よろしくお願いします」

「いえ、こちらこそ。奥日多江を活気のある場所にするために、五月雨さんもご協力お願いしますね」

「あ、すみません。苗字で呼ばれると滅入ってしまいそうになるんで、できれば名前でお願いしてもいいですか?」


 風流でいい名前だと思うけどな……。

 だけど当人が滅入るって言うんだから仕方ない。あたしは本人の希望を尊重して、初対面だけれども彼を名前で呼ぶことにした。


「じゃあ、広之進さん――」

「あ、長くて呼びにくいでしょ? ヒロでいいです。みんなそう呼んでたんで」

「は、はぁ、それじゃヒロさん、よろしくお願いしますね」


 なんだか面倒くさい人だ。それでも、こんな頼りないあたしの企画に参加してくれたんだから、この人にも感謝しかない。

 その気持ちを込めてヒロの手を取って強く握りしめる。

 照れくさそうに頭をかくヒロ。これから共に村を盛り立てる仲間として、彼のことを知っておこうと応募の動機を尋ねてみた。


「ヒロさんはどうして、この農業インターンシップに参加しようと?」

「ぼ、僕ですか? 僕は全てを捨てたんです……。そして、生まれ変わるためにここにやってきました」

「全てを捨てて……ですか」


 これ以上深入りするのは危険だと、あたしの本能が告げている。

 けれども質問を始めたのはあたしの方。今さら邪険にもできないので、身構えつつも続きに耳を傾けた。


「実は去年、勤めていた会社をクビになりまして……。仕方なく退職金を元手に株で稼ごうとしたんですけど、今度は軒並み暴落で無一文に。呆れた彼女は甲斐性なしって言葉を残して去っていきました」


(それって捨てたんじゃなくて、捨てられたんじゃないの……)


 これはなんていう罰ゲームだろう。掛ける言葉なんて見つからない。

 あたしは目一杯の笑顔を作りながら、無難な言葉を返すことしかできなかった。


「きっとこれからですよ。心機一転、頑張ってくださいね!」



 そう言ってヒロから逃れたあたしの足元に、今度は可愛い女の子がしがみつく。

 この集落で幼い子供を見たのは、これが始めてかもしれない。

 あたしを盾に身を隠す素振りを見せる幼女。ほどなくして父親と思われる人物が、幼女を追いかけて登場した。


「こら、こんなとこに隠れやがって。どうも申し訳ねえだね、お騒がせしまして」

「大丈夫ですよ、元気で可愛いお子さんですね。お父さんですか?」


 父親はどこかで見たような面影。

 その疑問は彼が自己紹介をすると、すぐに解決した。


「里花さんっすね? 弟から話は聞いてます。いっつもお世話になってるみてえで。兄の耕一って言います。舘花(たちばな) 耕一(こういち)」


 そこへ同い年ぐらいの女性が合流、耕一の奥さんらしい。

 ぺこりと頭を下げる奥さん。娘もあたしの陰から母親の背後へと居場所を変えた。


「妻です。これからお世話になります。よろしくお願いしますね」

「ああ。聞いてますよ、民宿が忙しいときには奥さんが手伝ってくれるって。ほんと、この度は都合のいい話ですみません」

「里花さんの方こそ、気難しい義祖父のお相手させられて大変でしょう? でも、『耕作にはもったいねえ嫁だ』って褒めてましたよ」


 とうとう嫁扱いされてた……。

 あれだけ否定し続けているのに妙な噂が絶えないのは、間違いなく耕作の祖父が誤解を招く発言を続けているんだろう。

 ここで面倒がって適当な返事をしたら既成事実にされかねない。

 あたしはため息をつきつつ、単純明快に否定の言葉を告げた。


「あたしは耕作さんの嫁じゃないですし、お付き合いすらしてませんから」

「ああ、だべねー。おかしいとは思ったんだー。ご迷惑おかけして申し訳ねえ。じじいにはよく言って聞かせるだで、今後ともよろしゅう頼んます」


 あたしの言葉にすかさず謝罪する耕一。そして次の集落民に挨拶をするために、慌ただしく娘の手を引いて去って行った。

 祖父の言葉よりもあたしの言葉を信じる点はさすが孫、わかってらっしゃる。

 今後はそんな耕一の一家も同じ集落民。これで少しは耕作の祖父がおとなしくなってくれると助かるんだけど……。


『それにしても十一人も増えると、この集落も随分と賑やかになりそうだね』

「さっき会った他にも、三人家族が一世帯。それから農業の研究をしている男性が、二人で共同生活する予定って言ってたね」


 これであたしを含めて、この集落の人口は四十二人。

 住民票まで移したのは北園夫妻と耕一の家族だけだけど、今回の農業インターンシップ参加者が一年後に何人残ってくれるかも楽しみ。

 そして来年、再来年とこの調子で賑わっていって欲しいもの。あたしは持っていたグラスを高く掲げて、氏神様に向けて祝杯を挙げる。


「――奥日多江の繁栄を願って、乾杯!」

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