第17話 採れたて野菜が食べ放題

「【採れたて野菜が食べ放題】、こんな感じでどうかな?」


 ノートパソコンに映し出される奥日多江のウェブサイトのレイアウト。試作した由加里があたしと耕作に意見を求める。

 いよいよ正式に発足した、村おこし実行委員会の活動開始。

 とはいえ「若けえもんに任せるだよ。自由にやったらいいべした」と、集落会議で許しを得ただけの代物。メンバーだってあたしと由加里、そして耕作の三人だ。

 由加里の休みに合わせて今後は週末に三人で集まることに。今日はその初回、場所も由加里の祖母の家、つまり大屋敷。きっとこの先もここが集合場所になるだろう。


「お野菜が好きな人なら、おおっ!? って思うんじゃないかな。とってもいいと思うな、あたしは」


 パソコンに疎いあたしは最初から由加里にお任せ状態。こうしてウェブサイトを作れるなんて、由加里に対しては尊敬の念しかない。

 一方の耕作はパソコンなんて扱ったことがなさそうな割に、ああだこうだと注文がうるさい。


「でもよ、自分で作った分しか食べらんねえだから、食べ放題とは言えないんじゃねえだか? それに色合いも、ちょっと地味な気がするだな」

「意外と細かいことにうるさいよね、耕作くんって」

「いや、俺はどうかな? って聞かれたから、意見を述べたまでだぁよ」


 若干、不機嫌気味な由加里。このままじゃ言い争いに発展しそうな予感。

 あたしは話題を逸らすために、気になっていた課題を耕作に問いかけた。


「それより耕作さん。おじいさんの耕助さんに、この案は見せてくれたの?」

「ああ。じじいなら、勝手にしろって言ってただよ」

「ちゃんと集落全員に納得してもらいたいからなぁ。これでもダメかぁ……」

「ああ、違う違う。あの偏屈じじいがダメって言わなかったなら、そいつは良いってことだ」


 あれから練り直した農業体験ツアー。名称も【農業インターンシップ】に変えた。

 行楽ムードは排除。ターゲットも本気で農業を始める人に絞り込んだ。

 どうやらその甲斐あって、耕作の祖父の許可も得られたらしい。


「でも、これって結構ガチだよね。これで本当に応募あると思う? 由加里さん」

「そこは任せなさい。キャッチコピーやらなんやらあることないこと並べ立てて、私がなんとかしてみせようじゃないか!」

「ないことは書いちゃダメだよ。由加里さん……」


 一世帯につき空き家一軒と、使われていない農地を無償貸与。

 一年間の期限付きで農業体験。作った農作物は売ってもよし、自分で消費してもよし。そして一年後、希望ならば土地と家の買い取りも選択可能。

 まずは五世帯の募集。反応を見て、来年の募集数も変動。

 この条件で果たして応募があるかは未知数だけど、ダメならまた練り直すまで。


 宿泊施設探しのための空き家調査が、まさか違う形で役に立つとは思わなかった。そして宿泊施設といえば大きく進展したことがある。

 ちょうどそこへミドリおばあちゃんがお茶を持って登場。その進展の最大の功労者が彼女だ。


「みんな精が出るだねぇ。ここんとこ由加里ちゃんがしょっちゅう遊びに来てくれるだで、オラも嬉しいだよ」

「ミドリおばあちゃん、本当にいいの? ここを民宿に使わせてもらっても」

「どうせオラ一人じゃ使いきれねえ広さだで、遠慮なく使ったらいいべした。そんかわし足腰弱ってるだで、おもてなしはできねえだよ」


 大屋敷の一部を貸すだけで、ミドリおばあちゃんは何もしないのが条件。

 一部といっても、その数は十部屋。申し分のない部屋数だ。

 むしろ問題は人手。布団の上げ下ろし、掃除に洗濯、調理に配膳。もちろん人を雇うお金なんてどこにもない。


「耕作さんは暇だから、ここで働いてもらうとして……」

「ちょっ、ちょっ、失礼なこと言うなって。俺だって毎日畑仕事があるだよ」

「これでも一応、あたしも公務員だからねー。副業は禁止なんだよねー」


 二人からは、やんわりとお断りされてしまった。

 もちろんあたしだって、そこまでの余裕はない。


「あたしもおばあちゃんの手伝いあるしなぁ。それにお客さんを満足させられる料理なんて、あたしじゃ出せないしね」


 街中の飲食店で家庭の味を謳っていても、本当の家庭料理は出てこない。やっぱり味付けはそれなりに上品だし、盛り付けだって丁寧で色合いもいい。

 そういう技術は家でいくら料理をしたところで自然に身につくものじゃないから、やっぱりプロの手を借りないわけにはいかなそうだ。

 思わずあたしは無茶な独り言をつぶやいてしまう……。


「普段は無給で、お客さんが来たときだけ働いてくれるプロの料理人いないかな?」

「その条件は、いくらなんでもブラックすぎだべよ」

「だよね……」




 数日後、由加里から連絡がきた。村のウェブサイトを見て、民宿のスタッフに応募があったという。

 そして週末まさかと思いながらも、面接をするためにあたしは大屋敷を訪ねた。


「ねえ、嘘でしょ? 普段無給でお客さんが来たときだけ働いてくれて、しかも料理のプロなんていう出来過ぎた話」

「私だってビックリしたよ、ダメもとで掲載したら応募があるなんて。それも日多江じゃ知らない人のない、有名レストランのシェフなんだよ?」


 客間に向かう廊下で、由加里から簡単な紹介を受ける。

 絶対にあたしを騙そうとしているんだと思ったけれど、実際に当人の話を聞いてみると納得のいく話だった。


「どうも、北園(きたぞの)と申します。私らは店を息子夫婦に任せて、引退することにしたんですよ。長い間やっていて、蓄えも充分できたんでね」

「私たちは前々から、ペンションっていうのをやってみたいと思ってましてね。主人の料理の腕も活かせるし、ちょうどいいんじゃないかって」


 そう話し始めた北園夫妻は、共に還暦を少し過ぎたぐらい。由加里が有名レストランと言っていたから、充分に蓄えができたっていうのも本当の話だろう。

 それでも話がうますぎて、逆に不安になる。後でそんなはずじゃなかったと言われたくないので、あたしは不利な条件も包み隠さず話しておくことにした。


「ペンションがお望みとのことでしたけど、宿泊施設に使うのはこの家なんですよ。大丈夫ですか? コテコテの日本家屋ですけど……」

「ええ、ご心配なく。承知の上です」

「利益が出るほどのお客さんが来てくれる保証だって、全然ないんですよ?」

「それも趣味のつもりでやるんで、採算は気にしなくても大丈夫ですよ。むしろ、ただで住む所を提供してもらえるなんてありがたいぐらいです」


 これだけ言っても揺るがない北園夫妻。本物だ。

 それでもまだ、後になってトラブルになりそうな条件はなかったかと、あたしは考えをめぐらす。そんなあたしの上着の裾を、隣に座っていた由加里が引っ張った。


「……ちょっと。せっかくやってくれるっていうのに、どういうつもり? ……」

「……だって、後になって話が違うって断られたら、それこそショックだし……」


 由加里とあたしの内緒話は、声が大きすぎて全然内緒になってなかったらしい。

 向かいに座る北園夫妻が、高らかに笑い出す。


「ハッハッハ、心配性なんですね。でもこれは恩返しでもあるんですよ。奥日多江に対してのね」

「恩返し? どういうことですか?」


 ご主人の言葉に興味を持ったあたしは、すぐさま質問を返す。

 これだけ割に合わない条件なのに引き受けてくれるのは、どうやらそれ相応の理由があるみたいだ。


「実は私の店の料理はね、この奥日多江の野菜がないと成り立たないんですよ。ここの野菜の作り方は独特です。野菜本来の美味しさが詰まってる。店はありがたいことに繁盛していますが、その全ては奥日多江の野菜のお陰ってことです」

「確かに野菜が苦手なあたしでも、生でかじって美味しいって思いましたもん」

「でしょう? だから私の調理の腕で稼いだっていうよりも、素材の味で稼がせてもらったようなもんです。そういう意味での恩返しなんですよ」


 ご主人の話を聞いて納得のいったあたし。

 そういうことならと、こちらから改めて深々と頭を下げる。


「北園さん、どうかこの民宿をよろしくおねがいします。人手が足りないときはあたしも手伝いますから、いつでも声をかけてください」

「こちらこそ、これからよろしくお願いしますね」

「話もまとまったところで、さっそく詳細を詰めていきましょうかー」


 そう言って、さっそく事前に作っておいたらしい契約書を取り出す由加里。この手回しの良さは、さすがとしか言いようがない。

 後は由加里に任せてあたしは縁側に出ると、神社の方角にそっと手を合わせる。


(これ以上ない人材が確保できたよ。氏神様は縁結びが得意って聞いてたけど、本当だったんだね。きっとこのお引き合わせも、氏神様のお陰だね)


 すると遠く神社の方から、氏神様の声が聞こえた気がした。


『――僕は何もしていないさ。全ては君の努力が引き寄せた縁だよ』

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