第10話 新米農家のとある一日(前編)
協力なんてしてくれそうもない、村役場。
村おこしは地方の人なら誰でも望んでいることで、協力的なはずだと思い込んでいたあたしの目論見は、あっさりと木端微塵。
そして落胆のうちに寝床に潜り込んでも、やっぱり朝はやってくる。
二日続けて手伝いをサボるわけにもいかないあたしは、朝食を済ませて野良着に着替えると、祖母と一緒に畑に向かった。
(なんか、思ってたイメージと違うのよね……)
畑といえば、農作物だけが綺麗に一直線に植えられていて、余計な草なんて一本も生えていないイメージを持っていたあたし。
けれどもここは草だらけ。あちこちに虫食いもあって、手入れが行き届いているなんてとてもじゃないけど言えない。しかも実っている作物も形は不揃いだし、大きさだって貧弱そうに見える。
――土地が悪いのか、それとも育て方が悪いのか……。
高齢の祖母が、たった一人で作業してたんだから無理もない。となるとこの畑を立て直すのは、あたしに与えられた使命に違いない。
あたしは途方もない作業量を頭に思い浮かべて、その絶望感に背筋を震わせた。
「ねえ……おばあちゃん。あたし、草むしりするね。それぐらいなら、たぶんあたしにだってできるから」
まずは第一段階。あたしは覚悟を決めてその第一歩を踏み出した。とはいってもここは祖母の畑、勝手にやるわけにもいかないから一応お伺いを立てておく。
すると返ってきた祖母の言葉は、あたしの予想を大きく裏切った。
「ああ、草はそのまんまでいいべした。ひょろっと膝ぐらいまで伸びたやつだけ、引っこ抜いてくんろ」
きっと祖母は、力仕事に不慣れなあたしに気を使っているんだろう。でもそれじゃ、何のためにあたしがここに残ったのかわからない。
雑草に栄養を取られているせいで、みすぼらしい出来なのは明らか。そう考えたあたしは、再度覚悟を決めて祖母に宣言する。
「おばあちゃん、遠慮しないで何でも言って。今まで手入れが行き届かなかった分、あたしがしっかり頑張って、もっと立派な野菜を作ってみせるから!」
そんなあたしの決意表明を、祖母は軽く笑い飛ばした。
そして祖母は、目の前に実っていたトマトをその場でもぎると、表面を服で擦って汚れを拭き取る。そして満面の笑みで、それをあたしに差し出しながら言った。
「里花ちゃんは、やっぱり都会っ子なんだべな。そんなに出来栄えが心配なら、食ってみたら良かんべした」
実を言うと、トマトは苦手なあたし。スープやソースに加工すれば好きだけど、ドレッシングやマヨネーズをたっぷりかけないと、生では食べられない。
(でもこんな顔で渡されたら、食べないわけにいかないよね……)
目を閉じて、腹をくくってひと思いにかぶりつく。
――あれ? すごく味が濃いけど、野菜臭くない……。
生のトマトなんて、薄味で青臭いイメージしか持っていなかったあたし。でもこれは、そんな味オンチのあたしでも一口でわかる、文句なしの美味しさ。
野菜の出来具合を、見た目で判断したあたしは間違ってた。きっと草むしりだってできなかったわけじゃない、しなかったんだ。
年老いたとはいっても相手は農業のプロ。差し出がましい口を利いた自分が恥ずかしい。
「おばあちゃん! おいしいよ、これ。こんなトマト、あたし初めて食べたよ。すごいんだね、おばあちゃんの育てた野菜って」
「アタシゃここで教わった通りに、ずっと作り続けてるだけだ。それにな、育てたのはアタシじゃねえだよ。この土が育てたんだべした」
満足そうな笑顔の祖母。そしてその口から出た謙遜の言葉が、さらに感動を誘う。
他の野菜もこんな調子なら、あたしの野菜嫌いも克服できそうな予感。そして食事の度に気になっていたことを、ふと思い出した。
(おばあちゃんが作る料理って、お母さんと味付けはそっくりなのに、どこか一味違って美味しかったんだよね)
その理由が今ハッキリとわかった、素材の違いなんだと。
なんだかすごいと思えてきた田舎のパワー。移り住んできたばっかりだけど、ここでの暮らしがなんとなく誇らしく思えてきた。
(ここで暮らしていけるか不安だったけど、この調子ならきっと大丈夫!)
充実感と共に、トマトをもう一口噛み締める。
初めて味わう、美味しい生のトマト。幸福感に浸っているあたしに、祖母から声が掛かった。
「里花ちゃん、腕にヒルがついてっぺした」
ふと見ると、腕にはうにょうにょとした生き物が。慌てて腕を振り回したところで、振り落とせはしない。
その気持ち悪さに、一瞬にして前言を撤回する悲鳴を上げた。
「いやぁ、嫌い、嫌い、田舎なんて大っ嫌い!」
午前中の作業はもっぱら収穫。収穫物を入れるカゴを背負って、祖母の前を歩く。
収穫していい熟れ具合なんて、あたしには判断できない。だから野菜をもぎるのは祖母の役目。
あたしはその都度立ち止まってかがみ、カゴに入れてもらうだけの簡単なお仕事。
他にすることなんて、膝丈ほどに伸びた雑草を見つけたら引っこ抜くだけ。
それだけのことなのに、広い畑を一回りする頃にはカゴは山盛り、足はパンパン。
あたしはまるで、体格に不釣合いなランドセルを背負った小学一年生のよう。足元をふらつかせながら、いつしか祖母の後を必死について歩くだけになっていた。
(こりゃ、日頃の運動不足のせいだわ……)
そして午前の作業の締めくくりは、収穫した野菜の納品。
本当は集積所に持ち込むらしいけど、年寄りばかりになってしまったこの集落では、時間を決めて集めてもらっているらしい。
あぜ道でお昼のお弁当を頬張りながら、集荷のトラックを祖母と待つ。
そこへやって来たのは、見覚えのある白い軽トラックだった。
(四日続けてとか……。偶然だよね、狭い集落なんだし)
「いつもすまねえだな。今日もよろしく頼むだよ」
「ばあちゃんこそ、いっつも精が出るだな。んじゃ、これ昨日の売り上げな。また明日も来るだで」
どうやら作物を集めて回るのは、若い耕作の役割になっているらしい。
だったら今日の再会も、偶然じゃなくて当然の成り行き。さんざん親切にしてもらっているのに、疑いの目を向けるのはさすがに失礼すぎる。
「里花ちゃん……じゃなかった、津羽来さんは畑仕事にゃ慣れただか?」
毎回のように呼び直されるのも、却って気になる。
ちょっと馴れ馴れしくも感じるけれど、そこまで頑なに拒絶することもないかと、あたしは名前呼びを認めることにした。
「まだ二日目なんで……。あと、呼びにくいならいいですよ、里花でも」
「そうか、すまねえだな。ここじゃ苗字で呼ぶこと、あんまりないもんだから。困ったことがあったら、いつでも相談してくれな。里花ちゃん」
収穫したカゴを積み込み、空のカゴを代わりに荷台から降ろすと、耕作の軽トラックは走り去った。
あたしと祖母はそれを見送り、中断していた昼食を再開。大きめのおにぎりにかぶりついた。
(――あたしってデスクワークより、身体を動かす仕事の方が向いてるかも……)
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