第9話 また、あんたか……
朝六時四十五分。今日は畑仕事を休ませてもらって、定刻前にバス停に到着。
するとバスよりも先に、白い軽トラックがバス停に停まった。
「今日も役場に行くだろ? 送ってやるから乗っていくだよ」
こんな不自然な場所で、二日続けてバッタリ会うなんて。
まさかストーキングでもされてるんじゃないかと、再び警戒心が頭をもたげる。
「どうして、あたしが村役場に行くって知ってるんですか?」
「だって昨日、自分で言ってたじゃねえだか。日多江様で『明日も役場に行ってみる』って」
(あの時か! 氏神様への言葉が口に出ちゃってたんだ……)
ストーキング疑惑は、完全にあたしの思い過ごし。むしろ、あたしのあんな独り言のために車を出してくれるなんて、親切でしかない。
とはいってもまだ心を開ききれないあたしは、恐る恐る助手席へと乗り込んだ。
「二日も続けて役場に用事なんて、何しに行ってんだ?」
走り出してすぐに、ストレートな質問を浴びせる耕作。
確かに役場なんて、手続きを済ませてしまえば用のない場所。普通は一回行けば、当分行く必要なんてなくなる。
上手いごまかし方が思いつかないあたしは、諦めて正直に答えることにした。
「実は村おこしがしたくて、協力してもらえないか掛け合ってみようと……」
「ほー、村おこし! そいつはいいだな、俺も協力させてくれよ。俺もその村おこしとやらに、参加させてもらっていいだか?」
内心馬鹿にされるんじゃないかと思っていたあたしは、予想外の耕作の言葉に驚いた。肯定的な言葉どころか、賛同、そして協力までしてくれるなんて。
氏神様の存続のためなんていう、あたしの個人的な事情に付き合わせるのは申し訳なく感じたけれど、協力者は一人でも多い方がありがたい。
「耕作さんなら奥日多江のことを良く知ってるでしょうから、協力してくれるのはとっても助かります。よろしくお願いしますね」
「いやいやいや、そんな改まられちゃ緊張するだなぁ。こっちこそ、よろしくお願いするだよ。こ、こんな俺でも助けになれんなら、嬉しいだな」
突然慌て始めた耕作。心なしか車のスピードも上がったような気がして、いささか不安になる。
だけどこの調子だと、村役場には八時前に着いてしまいそう。
開庁時間は確か八時半から。どこかで時間を潰さなくちゃ……。
「耕作さんはずっと、ご家族で奥日多江に住んでるんですか?」
人口五千人ほどの日多江集落。そこに一軒だけある――もちろん奥日多江にはない――コンビニ。その駐車場に車を停めて、朝食の弁当を掻き込む耕作。
口いっぱいにご飯を頬張ったまま、耕作はあたしの問いかけに答える。
「いや、実家は日多江だ。でも家を飛び出して、爺さんとこに厄介になってる」
「なんでまた」
「俺にはやっぱり、奥日多江の方が性に合ってるんだな。それに……」
「それに?」
「ああ、いや、なんでもねえだよ! それよりも生垣のばあさまは、うちのじじいのこと、なんか言ってなかっただか?」
言い掛けて止められると、とても気になる。しかも、ごまかすように話題まで変えられてはなおさら。
とはいえしつこく問いただして、耕作に興味を持っていると思われても癪だ。なので余計な詮索はせずに、あたしは変えられた話題にそのまま乗ることにした。
「うちのおばあちゃんですか? いいえ、特に何も聞いてないですけど。なんかあったんですか?」
「昔っからお互いに口利かねえから、なんかあるはずなんだよ。でも、誰に聞いても教えてくれねえから、もしあんたが知ってるなら教えてもらおうと思ったんだよ」
「へぇ、気になりますね。チャンスがあったら、あたしも聞いてみますよ」
「おう、頼むだよ。それより、そろそろ役場も開く頃合いだな」
せっかくの暇潰しなら、村おこしに役立つ話題でもと思っていたけど、結局その大半は耕作の朝食時間。
村おこしとは無関係な雑談しかできずに、車は駐車場から走り出した。
「また、あんたか。村長は今日、県での会合があるんで来ねえだよ」
昨日の今日だったせいか、あたしを見るなり役場の職員の表情が曇る。職員たちには、そこまで迷惑をかけたつもりはなかったのだけれど……。
それでもあたしは昨日の氏神様の御言葉を思い出し、気を取り直して職員たちに話を持ちかける。
「いいんです、いいんです。村長さんには、ご協力願えそうにないんで……。そこで今日は、みなさんに相談しようと思いまして」
「おれたちに?」
「実は、奥日多江に活気が戻るような企画を、いくつか考えてみたんですけど――」
昨日握り締めてシワシワになってしまった村おこし案のメモを、あたしはポケットから取り出す。
村長がダメなら職員から。これが昨夜考えた、次なる作戦。
けれどそれも話し終わる前に遮られて、職員たちから中傷の集中砲火を受ける。
「無理無理、あの集落はもうおしまいだ。悪いことは言わねえから、荷物まとめて出て行った方がいいだよ」
「あの集落にゃ、そもそも活気なんてねえだからよ」
「高々三十人程度の集落に、そんな予算をかけられるほど、オラが村に金はねえ」
容赦のない、辛辣な言葉の数々。
今日は絶対引き下がらない覚悟で来たつもりだけど、ここまで畳み掛けられるとさすがに心が折れそう。顔が強張っていくのがわかる。
そんな時だった……。
「村おこしなんて、結構な話じゃねえだか! そいつをおめえら寄ってたかって、よくもそんなひでえ言葉が吐けるだな。この子になんか恨みでもあんだか?」
大声を張り上げたのは隣の耕作。握りこぶしを振り上げて、職員に食って掛かる。
これは反射的に止めなくちゃと、沈み切っていた気分をかなぐり捨てて、あたしは背中で耕作を制するように割って入った。
耕作が怒りで身体を打ち震わせているのが、あたしの背中に伝わってくる。
必死に押し止めても耕作の勢いに勝てずに、職員の方へとジリジリ押し出されていくあたし。精一杯の力で耕作を抑えながら、あたしは上ずりそうな声を絞り出す。
「お金のかからないことからでいいんです。奥日多江が賑わえば、日多江村全体のためにもなるかと思っただけで……」
丁寧に、そして穏やかに、言葉を選んだつもりのあたし。
それでも職員たちから返って来たのは、冷ややかな言葉の数々だった。
「いくら大自然に囲まれた奥日多江だからって、殴りかかるなんて野性的すぎだろ」
「日多江のためって、おれたちゃそんなこと頼んでねえだよ」
「奥日多江のためになりてえなら、たまってる陳情でも片付けちゃくれねえだか?」
一言一言に悪意が感じられて、聞かされるたびに悲しい気持ちになっていく。
そんな職員の言葉に、耕作は再びあたしの背後で声を荒げた。
「村民の陳情を処理するのは、村役場の仕事でねえか!」
そしてまたしても声だけでは飽き足らず、職員に掴みかかろうと詰め寄る耕作。
けれどその行動は逆効果。職員は静まるどころか、逆に強い口調で反論を始めた。
「こっちだって手一杯で人手不足なんだ。年寄りにはきついからって、どぶさらいだの、木の剪定だのって言われてもやりきれねえだよ」
激しさを増す耕作と職員の言い争い。あたしの頭の上では掴み合いになっている。
間に挟まれたあたしは、凹みたいぐらいの心境なのにそれどころじゃない。村おこしの相談に来たはずなのに、対立する集落のけんかに巻き込まれるなんて……。
「その陳情っていうの、あたしがやりますから!」
この場を収めるために、思わず叫んでしまったあたし。
けれどもそれは思いの外、効果があったらしい。
頭上で繰り広げられていた掴み合いは手が緩んで、あたしの力でもなんとか耕作と職員を引き剥がすことに成功した。
「おお、やってくれるだか。そいつは助かるだな」
「あ……そうは言っても、あたしの出来る範囲でですよ?」
あたしは慌てて、言い訳がましい条件を付け加える。
けれどもそんなことはお構いなしに、すぐさま棚から分厚いファイルを取り出して差し出す職員。こういうところは仕事が早い。
「奥日多江集落の陳情書だ。完了して報告書を上げてくれたら報酬も出すだで、よろしく頼むだよ」
「そいつはこいつらの仕事だべ。里花ちゃんがやることねえ……って津羽来さんだった、すまねえ」
自分たちにメリットがあれば好意的な職員たち。
一方の耕作はやはり納得がいかないらしく、不満の声を漏らした。
あたしだって納得しているわけじゃない。でも陳情を解決することで、あたしが奥日多江の役に立てるならそれも悪くない。そう考えての行動だった。
「帰りましょう、耕作さん。嫌な気分にさせちゃってごめんなさい」
今日も失意のうちに村役場を後にする。
そんな肩を落とすあたしに、背後から女性の声が呼びかける。
振り返ると、眼鏡をかけた真面目そうな女性職員が、ペコリと頭を下げて見送りに出てきてくれていた。
「あ、あの、私は応援してますから! 気を落とさないで、頑張ってくださいね!」
――その励ましの言葉をもらえただけで、あたしは報われたような気がした……。
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