第5話 あたしが救ってみせる

「おばあちゃん、日多江様に行ってくるね」


 一夜明けるとあたしを残した両親は、未練がましい様子で自宅へと帰っていった。

 あたしはさっそく氏神様を救う手立てを探すために、日多江神社へと向かう。そんな気の逸るあたしを、祖母も笑顔で送り出す。


「氏神様にお参りだなんて、いい心がけだべした。日多江様は縁結びが得意らしいだで、よっくお願いすっと良かんべ」

「おばあちゃん、そういうんじゃないから! とにかく、行ってきます」


(その縁結びの得意な人が、あたしの初めての失恋相手なんだけどな……)


 思い返してもどうにもならないのに、あたしの方がよっぽど未練がましかった。

 あれは身分が違いすぎたんだ。いや、存在が違いすぎたと言うべきかな?


 日も高くなって、ポカポカと春の温もりに包まれた神社へ向かう道。澄んだ空気を胸いっぱいに吸い込むと、それだけで寿命が伸びる気がする。

 それにしても日中だというのに、過疎のせいか誰ともすれ違わない。

 聞こえてくるのも鳥のさえずりや、木々のざわめきばかりで、人類は滅亡してしまったんじゃないかと不安になるほど。

 遠くに人影を発見しただけで、ほっと胸を撫で下ろしたぐらいだ。



「氏神さまー。いますかー?」


 神社に到着したあたしは、さっそく氏神様を呼んでみた。

 しかし何度呼びかけても、一向に返事はない。

 ため息を一つついて、仕方なく財布を取り出してみる。

 十三円……。

 その手持ちの全財産を右手で握り締めると、勢い良く賽銭箱へと放り込んだ。


「出てきてくださいよー、氏神さまー」


 綱を手繰り寄せて、力任せに前後に揺する。

 頭上の鈴が、けたたましい音を立てて鳴り響く。

 二礼二拍手一礼。ゆっくりと目を閉じる。


(氏神様、またお姿をお現しください)


 心の中で願を掛けて静かに目を開くと、そこには賽銭箱に腰掛けた彼がいた。


『また会いに来てくれたのかい? 嬉しいね』

「ちょっと、やっぱりお賽銭入れないと出てきてくれないんじゃないですか!」


 明らかに昨日の言葉と矛盾している、氏神様の登場のタイミング。

 十三円が惜しいわけじゃないけれど、どうみてもお賽銭につられたとしか思えないその行動に、あたしの口調はついつい強くなってしまう。

 けれども氏神様は、軽く笑いながらそれを否定した。


『違う違う、誤解だよ。そんな、金の亡者みたいに言わないでよ』

「だって現に四回とも、お賽銭を入れたら――」


 そこまで言いかけて、あたしはふと気づく。

 慌てて頭上に目を向け、金色に鈍く光る大きな鈴に注目する。


『そうそう、それだよ。今日は朝から、村の様子を見て回ってて留守にしてたんだけど、鈴が鳴ったから慌てて帰ってきたってわけさ。だから、お賽銭は関係ないよ』

「…………」


 今日は金額的なダメージはないけれど、無一文になったのがちょっと悲しい。

 だけど、今は十三円にこだわっている場合じゃない。ここにやって来たのは、氏神様に大事な話をするためだったことをあたしは思い出す。


「今日は聞きたいことがあって来たんです。おばあちゃんが言うには、この地に住む人がいなくなったら氏神様は『お隠れ?』になっちゃうって。本当なんですか?」

『そうだね、氏子たちの信心によって存在してるのが氏神だから、誰からも必要とされなくなってしまえば消え去る運命だね』


(おばあちゃんの言ったことは本当だったんだ……)


 あたしは胸の奥がキューっと締め付けられた。

 彼は人ではないけれど、存在が消滅すると言われたらやはり悲しい。ましてやそれが長い間気に掛けていた存在であれば、その感情もひとしおだ。


「何か……、何かないんですか? 氏子がいなくなっても、消えずに済む方法は」

『こればかりはねぇ。必要とされては現れ、不要になれば隠れる。自然の摂理は、いくら神でも曲げることはできないよ』

「そんな……」


 ――自然の摂理。


 言葉から放たれる、覆しようのない圧倒的な力。神でさえ逆らえないと言われてしまっては、ちっぽけな人間でしかないあたしがそれに抗えるはずがない。

 あまりの絶望感に涙も出ないけれど、それでも何とかできないかと必死に頭を働かせる……。そしてあたしは決心した。


「それなら、この奥日多江を建て直してみせる! ここが賑わえば人口だってきっと増えるし、集落だってなくならない。それなら氏神様だって消えずに済むでしょ?」


 きっと喜んでくれる。そう思っての発言だったけれど、氏神様の表情は期待したほどには明るくない。むしろ神妙に見えるぐらいだ。

 そしてその口から出た言葉で、その理由がわかった。


『僕のために何かをする必要はないんだよ。僕はあくまでも、この地に住む人々が幸せに暮らせるように見守り続けるのが役目なんだから』

「でも――」

『本来、僕の姿は誰にも見えないはずなんだ。君だって、僕に会わなければそんな考えは持たなかっただろ? だから僕のことは気にせず、君自身の人生を歩むべきだ』


 挟もうとしたあたしの言葉は遮られて、それ以上に畳み掛けてくる説得力のある言葉の数々。しかも、相手は神様。まるで操られるかのように、ついつい首を縦に振ってしまいそうになる。

 けれどもあたしの決意は、そんなに軽いものではなかったはず。あたしは必死に抗って、自分の気持ちを言葉に表した。


「本来は見えないのかもしれないけど、見えちゃったんだもん! 今さら、なかったことになんてできません。きっとあたしに氏神様の姿が見えるのだって、それが運命だからに違いないです」

『しかし――』

「氏神様は、この地に住む人の幸せのためにいるっておっしゃいました。あたしはこれから、この地で生きていきます。そしてあたしの幸せは、氏神様がこの地に在り続けること。だったら、そのあたしの幸せを見守ってください、お願いします!」


 氏神様の穏やかさとは対照的に、あたしは思いの丈を感情的にぶちまける。我ながら屁理屈だと思う。だけど、これ以上ないほどに正直な気持ちのつもりだ。

 湧き出してきた涙をこぼさないように、あたしは大きく目を見開いてまばたきを我慢した。そして懇願するように、氏神様をじっと見つめ続ける。


 あたしの勢い任せの言葉に、頭をかきながら困った表情の氏神様。

 さらに追い討ちをかけるように説得したいけれど、これ以上の言葉はあたしにはもう思いつかない。

 きっと再び、説得力のある御言葉で説き伏せられてしまうのだろう……。

 覚悟するあたしの前で、氏神様の表情が引き締まる。それを見て、あたしは目を閉じて身構えた。その拍子に貯めていた涙が頬を伝う。


『わかった。そこまで言うなら止めはしないよ。だけど約束してくれ、絶対に無理はしないって。自分の心に嘘をついて、意地は張らないってね』

「え? じゃあ……」

『君がやりたいようにやってみるといい。僕も氏神として、見守るとしよう』


 あたしのしつこさに呆れ果てて、仕方なく氏神様が折れたようにしか見えない。

 それでも『見守る』という肯定的な言葉をもらえて、嬉しさがこみ上げる。そしてそれは、やる気という形であたしの感情をほとばしらせた。


「――氏神様、見てて! きっとあたしが村おこしを成功させて、この村をよみがえらせてみせるから」

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