第2話 助手

焼きたてクッキーの良い香りが鼻に入る。

それと同時に私の助手が入ってきた。


「おっ、今日はクッキーみたいだね。」


「そうですよ...って、話を逸らさないで下さい!てか部屋暗っ!!あー!!またカーテン閉めてる!朝ちゃんと開けたのに!」


「いや〜...だって...眩しいし、何よりなんか太陽見てると、ほら、無性に暑くなる気がしてね...それに暗い方が集中できるんだよ。」


「いやいや、そんなカーテン一つで暑さなんて変わらないと思うのですが、それに手に小説持ちながら喋っても説得力ゼロですよ。大方暑さでやる気がなくなったから、サボろうとしてたんですよね?」


髪色と同じ鮮やかな茶色の目が僕を問い詰める。正論を叩きつけられたら何も言えない。


「全く、ベン様って、ただでさえ根暗で引き篭もりで、おまけに仕事放棄して趣味三昧。こんなんじゃ結婚なんて夢のまた夢ですね。」


「やめてエル...。僕は身体もそうだけど、心も脆いからさ...。」


そう言って僕の助手エルメンヒルト、名前が長いからエルと呼んでいるその少女は肩まで伸びる茶髪を靡かせ、そそくさとカーテンを開けに行く。


「ところで、前々から思っていたんだけど、君って本当にお嬢様?」


「なっ、失礼ですよ!私は列記とした名門ヴァイスゼッカー家の跡取り娘ですよ!」


「あー、そうだったね。暑さで忘れてたよ。エルって"良い意味"でお嬢様感がないからさ、特に人の心の中にズケズケと入っていくところとk.....って....うわぁ..」


「他に何か言いたいことでも??」


顔では笑顔を浮かべているが、両手から溢れんばかりの氷魔術の魔力を見るにとても笑っているようには見えない。


「そ、そういえば、部屋がまだ暗かったね。それに、美味しそうなクッキーも冷めちゃうんじゃないかな?は、早くお茶とにしないかい?」


「むっ、また逸らしましたね。けどそれもそうですね。とりあえずカーテン開けますね。」


そう言うと彼女の手から出ていた冷気はスッと収まった。

(ふー、ヒヤッとした。とは言え...流石名家の御令嬢といったところか...)


本来、魔術というのは生まれながらにして発現するということはない。


それ故に強大な力を持つ魔術師は帝国の中枢を担う重要な存在。

だから皆名を上げる為に必死に努力する。


が、魔術学校を卒業し、はれて皇帝お墨付きの魔術師になれるのはほんの一握り。

多くは高い壁を越える途中で挫折してしまう。


それ程までに魔術の習得には並大抵の経験と努力が伴う。

無論僕も例外ではなかった。

あの時ばかりは必死に喰らい付いた。


たが、それとは逆に生まれながらに魔術を発現する稀有な人々も存在する。


エルもその一人だ。


彼女のヴァイスゼッカー家の家系は全ての人に氷魔術の発現傾向がある。


故に彼らの多くは帝国内部で何かしらの役職についていることが多い。


だが、そのよう実績を盾に驕ることが一切ないので、辺境伯に及びはしないが、それに次ぐ尊敬を集めているのも事実だ。


また慣習として、ヴァイスゼッカー家の子女は帝都シュテルンブルクの魔術学校に進学するのだが、入学前の2年間、16歳になるとこうやって宮廷魔術師の助手として色々と経験を積むことになっている。

とは言っても身の回りの雑用が主な仕事なんだが。


「じゃあ、開けますね。」


エルがカーテンを開けるとそれまで遮られていた光が部屋に入り込み、パッと部屋が明るく照らされる。


「これで、よしっと!ではお茶の準備しますね!」


振り返る彼女はどこか嬉しそうで、太陽に照らされる茶色の髪は殊更に美しく見えた。


偶に毒づき、母親のように節介焼きだが、家柄や能力に以上に、彼女の"良い意味"でお嬢様らしくない性格は大きな魅力の一つだ。


僕は彼女の笑顔を見つつ、そっと自分の椅子に腰掛けた。





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