第4部 野良猫、しにがみ
――朗報。久方ぶりの快進撃。遍く戦場を駆ける新型兵器
極東帝国軍開発本部が、今月五日に新型兵器の開発を発表した。SA-00型
という、陸海空三分野に対応した兵器である。既に実戦に投入されているも
のの、その詳細は未だ非公開。確実に戦果を挙げており、此度の戦争は瞬く
間に我が国の圧勝で終幕すると予想されている。しかしながら、この製造技
術は発展途上。『性能は勿論、歩留まりの低迷など問題は山積み』と、責任
者の
その神々しい姿から早くも「高天原」の愛称で話題のSA-00型は、平常時
は人型をしている。国家の救世主という肩書きの割に華奢で頼りなげに見え
るだろうが、侮ることなかれ。問題が山積みとされている現段階でも、その
スペックは非常に高い。最大の特徴は、自らで考え行動することだろう。細
部まで計算し、あらゆる事態に対応できるその機能はまるで人間のよう……
……という文章を途中まで読んで、やめた。それが書かれている新聞の切り抜きをぐしゃぐしゃに丸めて、乱雑にポケットの中に突っ込む。久しぶりに祖国を訪れた途端に不快な思いになった男は、憚ることなく溜め息を吐いた。
二年ぶりに訪れた極東帝国は、目に見えて分かるくらいに大きく変化していた。良い方向へ、ではなく悪い方向へだ。《瑞星事変》以来、一時は暁光差して解き放たれた感じがあったのに、今はそれ以前に感じていた窮屈さや閉塞感が充満している印象を受ける。
これは、この空気は、間違いなく戦時中のそれだ。ここに来るまでに好奇と敵意の目に晒されて、彼の心には今、一抹の恐怖心がある。これは嘗て嫌というほど味わってきた感覚で、彼は少年の頃に戻ったような思いだった。自分の中での時系列がぐちゃぐちゃになって、今が一体いつなのかがわからなくなりそうだ。
……また、過去の過ちを繰り返すつもりなのか、この国は。彼はポケットに突っ込んだままの右手を、苛立ちと歯がゆさで強く握った。未だ手中にあった紙切れが、ぐしゃりと音を立てて潰れる。
「いくぞ、
なにがどうなってこんなことになってしまったのだろう。わからないことも知らなければいけないことも山積みだ。その山を崩すにはまず、あの男に会わなければ。返事をするように吠えた犬の首輪をひいて、男は――岐山イヅルは、目の前の施設へと突撃した。
※
機密とは一体なんだったか。極東全土にばら撒かれた紙面を目の前にして、峯風大記は盛大に溜息を吐いた。今朝発行されたらしい新聞の一面には、『朗報、久方ぶりの快進撃。遍く戦場を駆ける新型兵器』なんて大それた謳い文句がでかでかと飾られている。
今のところ優勢だからと余裕をかまして公開したのか、この技術を自慢したい一心で公開したのか。考えられる要因の有力候補はこの二つだが、どちらにせよたちが悪い。どんな状況でも油断などしてはいけない。それは前回の大戦で学んだのではなかったか。
この新型兵器に関する記事は一面いっぱいに書かれていたけれど、大記は出だしの一文でさえ読む気になれなかった。読まなくたって分かる話だし、それをどう脚色し誇張しているかなんて知りたくもない。
そもそも、イヅルを利用していること自体が気に入らなかった。ご丁寧に顔写真まで載せて、責任を擦り付ける気満々じゃないか。それに、彼がこんなことを言うわけがない。だって彼は、この開発が本格的に始まる数年前からこの極東国内にいない。
どうして皆、彼ひとりに責任を負わせようとするのだろう。前の敗戦のときだってそうだった。結局は失敗に終わって事なきを得たのだけれど、その目論見どおりになっていたなら彼はとうに処刑されていただろう。
極東は彼を殺そうとしている――と回想したところで急にいやな映像が脳裏に映り、大記は背筋が凍る思いになった。その映像は飼犬の銀共々虐殺されたイヅルの姿で、ぐちゃぐちゃになって真っ赤に染まって、折り重なるように地に斃れていた。その顔だけはいやに綺麗で、よく出来た人形のようにも見える。なにも映さなくなったガラス細工のような青い目は、なにもない空間を見つめている。大記は、このガラス細工に見覚えがあった。
『これは、はじめから決まっていたことだ』
『俺は色がおかしいから仕方がない』
『俺が失くなっても、何の問題もない』
義兄の目が届かないところで暴力を振るわれる彼を案ずる度、このガラス細工とよく似た目で言っていた。無表情でなにも感じていないように見えるけれど、その雰囲気は暗く、人生に絶望している様が見て取れた。
更には「他人に話している」というより「自分自身に言い聞かせている」ような感覚があり、無理矢理思い込むことで平常心を保っているように見えた。言えないだけで、本当は救けを求めているのではないだろうか。そう思っていたにも関わらず俺は……彼を救けられなかった……
『お前も、俺を救けてはくれないのか』
斃れたイヅルの目が突然こちらを向き、大記は全身を粟立たせた。耳元で聞こえた声に勢い良く振り返ったが、そこには驚き顔の島風煉しかいない。あれは幻覚だったのだろうか。正面を向き直した大記は、もう一度溜息を吐いて目の前の新聞を乱雑に畳んだ。
幻覚であれなんであれ、彼のいうことに間違いはない。所詮俺ごときでは、あいつを救ってやることなんてできない。実際できなかったし、これからもだろう。なんせ俺はもう、彼と同じ「人間」ではないのだ。
動揺と罪悪感と失望に震える手で、大記は新しい煙草に火をつけた。大記の背後に立っていた煉は、なにも言わずにその様子を見ている。峯風大記は、激しく動揺していた。
彼が何に対して動揺しているのかは分からなかったが、その気持ちはなんとなく解る。兵器になって実戦投入されるようになってからというもの、感情の制御が難しくなった。原因はきっとあれだ、メンテナンス時に投与される薬剤。それを使って、施術時に切り開けなかった脳を改造してやろうということなのだろう。
暴走しがちな感情は個々によってまちまちらしい。大記は「不安」だとか「罪悪感」あたりが増長されているようだが、俺は「歓喜」か「快感」だ。戦って敵を蹴散らしていくのが楽しくて嬉しくてぞくぞくするのだ。
戦闘中だけならまだいい。日常のほんの些細なことにも激しく攻撃的な気持ちになってしまって、その度に内蔵された兵装が暴走しそうになる。この体質はかなり面倒くさい。これを力づくで抑えこむのは、かなりの重労働なのだ。
この薬剤も、俺たちを兵器として酷使するために必要なものなのか。今日こそ八つ当たりついでに大記に聞いてやろうかと思っていたが、やめた。この様子では彼も知らなさそうだし、知っていたとしても、忘れるように操作されているのかもしれない。そもそも詳しいのは機械製造の分野に限ったことらしく、化学分野はよくわからないと前に言っていた。項垂れたままの大記の後頭部を一瞥した煉は、目が痛くなるほど白い部屋を見渡した。
みつき、清代、鈴世と奈津子の女性陣は新聞を囲んでおり、廉也はいつも通り海ばかりを眺めていた。アヤと紫燕は新聞の記事を気にしている様子はなく平常通りだ。涼平はなんだか落ち着かないようで、時折新聞をつついてそわそわしている。
「……岐山さん、今どこにいるんだろうな……」
そういえば今どうしているんだろう、と何気なく思って呟いただけだったが、その煉の呟きに逸早く反応したのは涼平だった。彼は今まで浮かない表情で俯きがちだったくせに、このきっかけを待っていたと言わんばかりに目を輝かせて顔を持ち上げた。そうそう、どこにいるんだろうな本当に。すっかりいつもの調子に戻った涼平を中心に一部で盛り上がったが、張本人の煉は「不味った」と思った。
そう思った理由は二つあって、ひとつは個人的な気持ちの問題だ。本人のいないところであれこれ言うのは好きじゃないし、勝手な憶測で喋るなんて論外だ。自分の知らない誰かの話なら平気なのだが、今回は違う。尊敬する人を勝手に語るなんて、存在を穢してしまうような気がしてどうも気が引ける。
その気持ちは彼に関しては特別だ。それは今までに聞いてきた話が、どれも彼を貶める内容だったからかもしれない。売国奴、精神異常者、不浄の異端。それを聞く度、「岐山さんはそんな人じゃない」と思ったものだ。一年半程度という決して長くはない付き合いだし、あまり自身について語らない人だったから熟知しているわけではないけれど、とにかくそう思った。
もう一つは、大記の体が大きく揺れたことだ。どうやら今の彼に「岐山イヅル」は禁句らしい。てっきり兵器製造に携わった罪悪感で動揺していると思ったが、違ったか。大記とイヅルは前の大戦からの付き合いで、今や切っても切れない関係にあるということは知っている。
彼らの間に一体なにがあったのだろう。なにか隠していることでもあるのか。新聞記事と彼らの関係性を踏まえて考えてみたが分からず、煉は息を詰まらせる大記の後頭部を見下ろして深く息を吐いた。とにかく今は、涼平が大記に問い詰めないようにしなければ。岐山さんの話題になった以上、涼平が大記に振らないはずがない。何としても話を逸らす必要がありそうだ。まあ、この状況を生み出したのは他でもない俺自身なのだけれど。
「おい涼平、そんな無駄話する気力があるなら演習するぞ」
「え、言い出したのは煉だろ!」
「俺は無駄話なんかしない」
「演習すんの? じゃあ私も行こうかな。いい?」
「あっ、じゃあ私も!」
涼平の首根っこを掴んで引きずり出そうとする煉に、清代とみつきも続こうとする。その様子を横目で見た大記は、少々強引で乱雑な彼の好意に感謝した。幾ら共同作戦中の仲間であっても、イヅルの情報だけは僅かも漏らすわけにはいかなかった。突如として姿を眩ませてからというもの、極東軍の兵器開発室は血眼で彼を捜索している。国交関係の悪化により踏み込めない場所が増えたために難航しているが、開発室の執念は凄まじいもので、独自に研究しながらも捜索を決してやめなかった。
その意志はもはや正気の域を脱しており、狂気じみた雰囲気を醸し出していたことを今でも覚えている。血走った目で『岐山イヅルはどこにいる』と掴みかかってきた研究員も、拷問紛いの訊問で無理やり大記から情報を引き出そうとした幹部クラスの軍人たちも、みな何かに取り憑かれたような禍々しさがあった。
こうなることを見越した、義妹の
もし彼が見つかってしまったなら……待ち受けているのは馬車馬の如く酷使される日々か、或いはそれ以上の冷遇か。自分の所為で彼が苦しむはめになるのか。そう考えただけでも鳩尾あたりが痛む……。
大記が思案し終えたのと、煉たちが扉の近くまで進んだのと、その扉が勢い良く開かれたのはほぼ同時だった。ばたん、と大きな音がしたそちらを一斉に注視するは当然のことで、そこに在るはずのない人物に、全員が絶句していた。青い瞳に色素の薄い茶色の髪、均整のとれた美しい容姿の青年は、傍らには白い犬を連れている。
十人分の視線を受け止めながらも堂々と立つ彼は、間違いなく岐山イヅルだった。奈津子と鈴世は、机上に置き去りにされた紙面と正面の彼を交互に見、顔を見合わせて首を傾げた。記事の内容を信じるなら彼は今、東京の研究室で最低な歩留まりを少しでも向上させる研究に打ち込んでいるはずだった。
「イヅル……!」
大記は思わず立ち上がり、遠く離れた地に亡命したはずの親友を見た。無事だったことへの安堵や再会の喜びよりも、この上なく危険な場所に単身乗り込んできたことへの腹立たしさが先に立つ。――どうしてこんなところへ来てしまったのだ。お前という奴は、こちらの気も知らないで……。
時折だが、イヅルは危険を顧みずに突発的な行動を取ることがある。それが彼なりに熟考した結果なのか、或いは自身の命を軽視しているからなのかは知らないが、寿命が縮む思いをさせられていることに変わりはない。
「大記、俺はお前に会いに来た。聞きたいことも知りたいことも、山程ある」
いろんな思いが綯い交ぜになって、掛ける言葉すら紡ぎ出せないでいる大記をよそに、堂々と目の前に立つイヅルの目は真っ直ぐだった。お前は、俺と同じ反対派ではなかったのか そう言いたげな視線が痛くて目を逸らしてしまいたかった。けれどそれだけはしてはいけないし、したくない。大記もイヅルの目を真っ直ぐに見た。
「……解った、来てくれ。それから島風、朝潮、陽炎、吹雪も」
お前たちにも知ってもらうべきことがある。そう言いながら、大記はイヅルのもとへと歩いて行く。イヅルはこのとき初めて部屋の中を見た。
この白くだだっ広い部屋で、十人の青年たちは思い思いに過ごしていたようだ。大記は緊張や気不味さといった感情が表立っているが、それ以外の大半が呆然としたような……なにがなんだか解っていないような顔をしている。なにも分からないままここに拘束されている可能性も浮上して、ますます事情を聞き出さなければならないという思いになった。
事態を感知してか、凛とした表情になった者も数名いる。それが大記が呼んだ四人なのだろう。そのなかに義妹のアヤと、かつて同じ基地に勤務していた煉がいたが……再会の喜びを分かち合っている場合ではない。
大記同様に緊張し、達観したかのような表情をした正面の煉を見る。その頬には番号が刻まれていて、まるで機械の製品番号のようなそれは《SA》から始まっていた。――極東帝国軍開発本部が、今月五日に新型兵器の開発を発表した。SA-00型という、陸海空三分野に対応した兵器である――。ポケットに突っ込まれた新聞の切り抜きにそう書いてあったことを思い出したイヅルは、大声で叫び出したい衝動に駆られていた。
※
白い部屋を離れて連れ出したのは、ひと通りの資料が揃った会議室だった。イヅルは待機室に来るまでに、大記のいそうな部屋を手当たり次第に訪ねたらしい。思わぬ来訪者に、対国外戦対策本部が一時騒然としたのは言うまでもない。
このことを総合本部へ連絡していないかを通信長の
残された五人は些か不服そうではあったが、一名を除いて従ってくれた。その一名とは秋月紫燕で、「共同作戦を命じられている。朝潮と離れる気はない」と言って聞かなかった。かと言って一緒に話を聞く気もないらしく、慶咲同様、入り口で番犬に徹している。その隣にはあっという間に紫燕に懐いた白練が、彼に倣って背筋を伸ばして座っている。
白練はイヅルの相棒二代目で、銀がどこぞの雌犬に産ませた子だ。白練色をしているから「白練」と、またも安直に名付けられたその子は、銀の遺伝子を色濃く受け継いでいるらしい。毛並みの色はやや異なるが眼の色は同じ赤。雰囲気はやや、銀よりも大人しめといった感じだ。
「……まず、この二年の間になにがあったのかが知りたい。どうして、こんなにも様変わりしている?」
国を離れた二年の間に、まるで十二年前のあのときのような状態になってしまった原因を、イヅルは問うた。やや和やかな入り口とは異なり、会議室奥部には緊迫した雰囲気が漂う。混乱と疲労と絶望とで目の下に隈をつくったイヅルを正面に見た大記は、一度静かに目を閉じてから、しっかりとした眼光で彼を見る。
「……様変わりしたのは最近だ。半年前に、本格的に開戦したのは知っているな?そこから変わり始めた。懐かしいだろう? この空気は」
半ば自棄気味に嗤う大記を正面に捉えたイヅルは、やはり目を逸らさずに真っ直ぐ彼の目を見た。失望、というよりは焦燥と怯えが見て取れる彼の瞳は揺れていた。冷静沈着な大記にはあまり見られないはずのそれに、酷く違和感を覚える。落ち着かせるように彼の肩に手を載せる煉を見ると、「この詳しくは後で話す」と目で語っていた。
それに黙って頷いたイヅルは、その近くにいる他の面子を横目で見る。アヤと廉也は無表情だったが、ひときわ幼い鈴世の目は、悲しそうに伏せられていた。まだ学生と見受けられる子に、こんな話を聞かせるのは酷ではないか。イヅルはそう思ったが、すぐにその思いを打ち消した。自分よりも接点のある大記が選定したのだし、なにより待機室で見た表情は只者ではなかった。見た目で判断するのは良くないことだ。イヅルは気を持ち直して、大記の言葉を待った。
「再建国直後から可笑しかったが、特に可笑しくなったのはお前が亡命した直後だ。反対派の最大手だったお前の不在を狙って、特殊兵器の製造が決まってな。開発室の動きが活発になったのが大きな原因だと思う。お前が最後まで否定してた、【ある計画】の原案があるだろう? 俺たちが描いた図面を、好き勝手いじった……。あれを帝都中央大学の
聞きながら、イヅルは苦々しい表情で机上に組んだ手を力強く握りしめた。結局俺が原因なのか。それを思うと、死にたくなるくらいの息苦しさが彼を襲う。
あの設計図は、この峯風大記と共に三年の月日をかけて作った『夢』だった。もちろん戦争なんかのためではなくて、人体の補強が目的だった。悲惨な戦禍に苛まれ、戦場から視力や四肢を失って帰還した大人を見て思いついた、生命補助装置の一つのはずだった。
大記の姉のリヲナは医学の勉強をしていたので、人体に関する知識は彼女から得た。そのときは実現させるつもりはなく、こういうのがあれば良いのにという理想を描き連ねたものだった。それが戦争のために利用されたとなれば本末転倒で、あんなもの描かなければよかったという思いになる。その反面、初めての共同制作を否定してなるものかという思いもあった。
どっちつかずで苦しい思いをしているが、こんな苦痛、大したことない。被験者たちのほうが、もっと大きな苦痛を感じているに違いない。『性能は勿論、歩留まりの低迷など問題は山積み』。あの記事には、こうも書かれていた。
「極東帝国専用特別攻撃機、通称はSA-00型。もう分かっているだろうが……あの部屋にいた俺たち十人が、その新型兵器だ」
「――――っ!」
言うとおり、確かに予想はしていた。だがその予想を肯定された衝撃は余りに大きく、息をするのが辛かった。気が触れたかのように雄弁に語っていた、宮下の計画構想を思い出す。非人道的な、とても人が人にするようなことではない施術内容を思い出して、イヅルは思わず顔を背けた。歩留まりは良好ではないようだから、きっとこの十人よりも遥かに多い人数が犠牲になっているはずだった。
「被験者の選定基準……なんてものはないんだろうな」
見る限り、彼らにこれといって共通点はなかった。兵役に就いている者が多かった気がするが、それは軍から優先的に選出されるからだろうか。恐らくは年齢や職業から採用範囲を設定して、そこから無作為に召集しているのだろう。その中に、技術者の大記がいたのは驚きだったけれど。
「まあ……そうだな、一部を除いては」
大記は立ち上がり、書架からファイルを取り出しながら言う。
「島風と朝潮、陽炎、吹雪。ここにいるこいつらは、はじめから決まっていた。他にも決まってた奴は五人いたけど、そいつらは皆、駄目になってしまった」
差し出された見開きのページには、九人の青年たちの顔写真とデータが記載されていた。
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その内の、彼ら以外の情報には大きくバツがつけられていた。それが、大記の言う「駄目になったやつら」なのだろう。中には見知った者もいて、ああ、死んでしまったのか……と呆然と事実を受け取った。しっかりと理解し、悼む気持ちが生まれるのはもう少し先の事だろうな。イヅルは人事のように、そう思った。
「これ以外は皆、無作為に選出されたと?」
「そうだな。こんな言い方するのは嫌だが、こいつら以外はみんな予備の補欠みたいなもんなんだ。この九人が成功するとも限らないから、予備も一緒に施術して保険かけて、少しでも生産量を増やしとこうって魂胆だと、」
「……そいつらには、黒紙っていう赤紙によく似た召集令状を十五から三十の奴に手当たり次第送ってるみたいだ。成功率はコンマ一にも満たず、犠牲者はすでに十万近くに及んでる。歩留まりがどうだ、性能がどうだって、改良だか改悪だかを繰り返してる段階」
因みにあんたの設計案が残ってる個体は、俺と涼平だけだ。言葉に詰まった大記に変わって言ったのは煉で、大記と同じくらいに情報を持っていた。歩留まりの低迷だなんて言っているが、それでは表現がぬるい、最低最悪だ。そんなの、ほぼ成功しないのと変わらないじゃないか。そんなもののために十万近くも犠牲にするなんて……何を考えているんだ、開発室のやつらは。
そう思案するのと同時に、煉の立ち位置が気になった。自分と同じく、計画の原案者として散々会議に出席させられた大記が知っているのは分かる。しかしそうではない彼が、どうしてここまで知っているのだろう。歩留まりとか進捗状況とか、こんなの開発室に出入りしていなければ知り得ない情報だ。――お前は、この研究に携わっていたのか。煉の立場に疑問を抱いたイヅルは彼に問う。彼からの返事はなく、ただ凛とした、真っ直ぐな視線が返ってくるのみだった。
「イヅル、」
頬のナンバーで察してやれ……。大記の目はそう言っていたが、いくら考えてもわからない。混乱して思考能力が落ちているからか、理解するのを拒んでいるからか。思考を放棄しかけているイヅルに気付いた大記は、更に言葉を続ける。
「島風は、この計画の最初の被験者だ。皇帝の勅諭で指名された特別な……実験台だ」
以来皇帝の側近扱いで、皇帝、開発室関係者同等の情報を与えられている。続いたその言葉を、イヅルはぼんやりと聞いていた。皇帝側近だなんてなかなかやるな。能力の有無に関係なく、出生地が国外だというだけで出世街道から外されてしまった彼がようやく正当に評価されたか。
話の流れを無視してそう考えてしまった自分は、やはり頭がおかしくなってしまったのだろう。ぼんやりしたままの目をした自分とは対照的に、煉の表情は引き締まっており、その目はすべての感情を殺しているように見えた。
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