第115話 別れ

 品川駅から京九線で羽田空港国内線ターミナルへ。

 搭乗チェックインと手荷物預かりを済ませたら、あとは保安検査場を潜るだけだ。


 いよいよ、しばしのお別れである。


「お土産、よろしくね!」


 検査場の前。

 日和がにぱっと笑って、弾んだ声色で言う。


「わかった、とびきりのを買ってくる」

「おおっ、じゃあ、ヤギ一頭期待してる!」

「僕はモンゴル民族か何か?」


 保安検査場は搭乗時間の20分前には潜らないといけない。

 時間を確認すると、そろそろだった。


「それじゃ、行ってくる」

「うん、いってらっしゃい」

 

 と言われつつも、足が地に捉えられたかのように動かない。

 足だけじゃなく、身体全体が硬直してしまっていた。


 ……ああ、そうか。

 僕は日和と、離れたくないんだな。


 自分の気持ちを自覚するも、下唇を噛みしめ拳を握る。


 ここで、留まるわけにはいかない。

 

 理性を鋼にして、踵を返す。


「治くん!」


 ばっと振り向く。

 日和がショルダーバックから、赤いリボンでラッピングされたピンク色の袋を取り出していた。


「これ……ちょっと失敗しちゃったから、渡そうか迷ったけど……」


 差し出された小ぶりな袋を、受け取る。

 すべすべした袋越しに、一口サイズの何かがゴロゴロ入ってる感触した。


「今日……バレンタインだから」

「あっ……」


 思い出す。

 そういえば今日は、そういう催しの日だった。


「完全に忘れてた」

「知ってた。こういうイベントごとにはてんで無頓着だもんね、治くん」

「なんか、ごめん」

「んーん、気にしない! むしろ忘れてた方がサプライズ感あってよかったかも?」


 相変わらずのプラス思考。

 本当に、流石だと思う。

 もっとこのマインドを学びたいものだ。


「ありがとう……機内で食べるよ」


 言うと、日和は表情にぱあっと満開の笑顔を咲かせた。

 ずっと、その笑顔を見ていたいと思った。


 しかしいよいよ、時間が危うくなってきた。


「そろそろ行かなきゃ」

「あっ、ごめんね、引き留めて」

「気にしない。また、連絡する」

「うん、またね、治くん」


 どこか物寂しげな笑顔を浮かべ、ばいばいと手を振る日和に後ろ髪を引かれる想いを抱きつつも、今度こそ背を向ける。


 検査場に入る前に一度、後ろを振り向いた。


 日和はまだ、小さく手を振っていた。


 とてもとても、寂しい気持ちになった。



 ◇◇◇



『──皆様、当機は間も無く離陸いたします』


 機内アナウンスのち、耳を劈くような轟音と浮遊感。


 どうか堕ちないでくれよと、心の底から祈っていた。

 今までこんな事、祈ったこと無かったのに。


 上昇する飛行機の中。

 関東平野に広がる摩天楼を窓から眺めながら、日和から貰ったチョコ食べた。


 なぜだかとても、ほろ苦く感じた。



 ◇◇◇



 羽田空港の展望デッキから、一機の飛行機が飛び立つ瞬間を見送る。

 治くんが乗った飛行機だ。


 墜落しないでねと、心の底から祈っていた。


 流石にそんな天文学的な悲劇など起こることもなく、飛行機は無事に上昇していき、雲の間に消えて行った。


 ほっと、胸をなでおろす。

 フェンスから手を離すと、くらりと、気が遠のくような目眩がした。


 ……ごめん、嘘ついちゃった。


 心の中で、謝罪する。


 溜めていた欠伸を空気に乗せて目を擦ると、瞼の下あたりにピリリとした痛みが走った。


 寝不足の原因は、ヨーチューブではない。

 

 明日から治くんと会えないと思うと寂しくて寂しくて。

 治くんにもらった二体のぬいぐるみに顔を埋めて、一晩中泣いていた。


 チョコも、うまく作れなかった。


 調理中、治くんのことが頭をよぎって、砂糖の分量を間違えてしまった。

 治くんはちょっとビターな味が好みなのに、結構甘ったるいチョコに仕上がってしまった。


 バレンタインに渡すというレア感を優先して、渡しちゃったけど。

 

「だめだ」


 しっかりしないと。


 両頬をパチンと叩いて、気を引き締める。


 ほんの2日会えないくらいでしょんぼりしてどうする。


 次は長いこと会えなくなるんだから、このくらい辛抱しないと。


 先週の、お台場の夜のことが頭に浮かぶ。

 

 あの時、完全な勢いで、私は治くんに告白をした。

 関係性を深めることを避けていたくせに、感情に流されるまま想いをぶち撒けてしまった。


 そんな私に治くんは……明確な答えを口にしなかった。


 気持ちが拒否されたわけではい。


 治くんは私を抱きしめて、言ってくれた。


 全部わかったって。


 想ってくれて、ありがとうって。


 帰って来たら、ちゃんと返事をするって。


 私が、このタイミングで治くんと恋人になることを避けている。

 ということを、治くんが察してくれたように感じた。

 

 なぜだかわからないけど、その確信があった。


 とても、嬉しかった。


 心が通じ合っている、っていうのかな?


 お互いの考えていることが、なんとなくわかるようになっていた。


 それはこの一週間で、たくさん感じた。


 治くんとの繋がりが、以前にも増して強くなっているのだ。

 

 だから、うん。

 

 きっと、大丈夫だ。


 一歩、足を踏み出す。


 ポジティブに考えよう。

 治くんが卒業して、帰って来た時。


 全力の笑顔で、治くんの「答え」を聞き届ける。


 その瞬間の感動は、会えない期間が長いほど、きっと大きなものになる。


 こう考えると、ちょっぴり楽しみじゃない?


 そうだ。


 明日、治くんが帰ってくるまでに、ちゃんとしたチョコを作ろう。

 治くんの好みに合わせた、少しほろ苦い、チョコレートを。


 美味しいって言ってくれるかな、治くん。


 先ほどよりも少しだけ軽い足取りで、私は学校へ向かった。








 ──でもやっぱり寂しい、という本心に、蓋をして。



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長らく更新できておらずすみません。


『小説家になろう』様にてほんの息抜きで投稿した新作が恐ろしい伸びを見せてしまい、そちらの更新にかかりきっておりました。


そちらの作品が昨日完結いたしましたので、カクヨム様でも公開させていただくことに致しました。


以下、作品ページになりますので、ぜひご一読いただければと思います。

https://kakuyomu.jp/works/1177354054895368772


本作も今日から更新再開いたします。


長らくお待たせいたしまして大変申し訳ございませんでした。

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