第110話 無感情な男の子に


 あの日以来、お互いを名前で呼びあうようになった。


 私は望月君のことを、「治くん」


 治くんは私のことを、「日和」


 うふ。


 うふふふふ。


 思わずにやけてしまう。


 友達を下の名前で呼ぶなんて普通の事なのに、どうしてか治くんだけにやけてしまう。


 嬉しい。

 

 スキンシップも増えた。


 手を繋いだり、くっついたり、頭を撫でてもらったり。


 この前は治くんに膝枕をして、頭を撫でてあげた。


 照れてる治くん、すっごく可愛いかった。

 

 あーー、なんだろう、満ち足りてるっていうのかな?


 そんな日々がしばらく続いた。


 ずっと続けばいいなって思っていた。



 ◇◇◇



「なんで告ってないのひよりん」


 12月24日、昼休み。


 ゆーみんに治くんの事を話していると、ジト目を向けられ言われた。


 ハッとする。


 すっかり失念していた。


 先日、治くんは、私の諸々を受け入れてくれた。


 それはつまり、私が告白に踏み切れなかった要因がなくなったことを意味する。


 ということは……。


 想像する。


 今度は立て付けではなく、私が望月くんに告白する場面を、真剣に。


 ……。


 …………。


「……は、恥ずかしい! 無理!」


 なんだろう、思った以上に恥ずかった!


 遮るものは確かに無くなった。


 でも今度は、内から湧き出した羞恥心という未知の感覚が行動を阻んだ。


 ボッと火が出てそのまま燃え上がってしまうんじゃないかと思うほど顔が熱い。


 心臓が全力疾走し始めて思わず胸を抑えた。


「ひよりん、ウブ過ぎー、かあいいー」


 ひ、人の気も知らないでっ……。


 ぽわわわわーと、たくさんのお花が咲きそうな表情を浮かべるゆーみん。


「し、仕方がないじゃんかあ、初めて、だし、こんなの……」


 両人差し指をつんつん。


 あれっ、なかなか指のお腹とお腹がくっつかない。


 手が、ぷるぷる震えていた。


 ゆーみんはやれやれと、微笑ましげに表情を緩めて、


「今日はのパーティ、早めに切り上げて、望月さんのところに行ってこーい」


 ぽんっと肩を叩いてくれた。



 ◇◇◇



 落ち着いて、冷静になって考えてみた。


 すると、どうしたことか。

 

 私は、告白に対して後ろ向きだということに気づいた。


 治くんのことが好きだ。


 でも、なぜか踏ん切りが付かない。


 なんでだろう。


 腕を組んでうーうー頭を捻らせて……なんとなくわかった。


 理由はたぶん、不安。

 

 私は、治くんのことが好きだ。


 でも治くんが、私のことを好きとは限らない。


 治くんは私のこと、異性として見てくれてるんだろうか?


 それがわからなくて、不安だった。


 告白して、もしダメだったらどうしようとか、考えちゃってる。


 治くんは感情があまり表に出ないタイプだから、余計にわからなくて不安だった。


 ……や、でも最近の治くんは、とっても感情豊かになっているきてるよね?


 私はもう、治くんを冷たい無感情人間だなんて思ってない。


 人一番愛情深くて周りもよく見ていて、とても優しい、治くんはそういう人だ。


 ああ、やっぱり素敵な人だった……って、今はそういう話をしてるんじゃなくて。


 とにかく、不安だったのだ。


 治くんが私を好きかどうか。


 治くんが私を、必要としているかどうか。


 だから。


「僕も、会いたいと思っていた」


 クリパを早めに切り上げ帰ってきた私に放たれた一言。


 もう、どうにかなってしまいそうなくらい嬉しかった。


 その後、雪降る公園で大はしゃぎ!


 空から降ってくる雪全部溶かしても足りないってくらい、私の身体は嬉しみでメラメラバーニング!


 おとと、はしゃぎすぎた、反省反省。


 とにかく嬉しかった。


 その言葉が、治くんが私に好意を寄せている根拠なのかはわからない。


 でも、他人に無関心で、人との関わりを必要としていなかったあの治くんが「私に会いたかった」と言ってくれた、必要としてくれたこと。


 それは少なくとも、治くんの私に対する気持ちに変化が起こった証明に違いないと思う!


 それも、良い方向に!


 だからとにかく、嬉しかった。


 でもその後、ちょっぴり……いや、かなり寂しい気持ちになってしまった。


「来年のクリスマスは、二人でどっか行きたいねー」


 本心から漏れ出た私の言葉に、治くんは、


 ──来年、一緒にいれるかは、わからないよ。


 ……ああ、そうだった。


 ガツンと頭に衝撃が走った。


 治くんは、もう少しで地元に帰ってしまう。


 頭から飛んでいた、いや、違う。


 考えないようにしてた、見て見ぬ振りをしていた。


 治くんがいない日々を考えるのが、どうしようもなく怖かったから。


 でも、もうじきそれは現実として訪れる。


 先程までの浮ついた気持ちが、幻みたいに引いていってしまった。

 

 寂しいと思った。


 帰って欲しくないって思った。


 だけどそれを口にはしなかった。


 大学は卒業しなきゃいけないって事くらい、高校生の私でもわかる。


 それに関して他人の私が干渉するのは……違うと思う。


 私にできる事はせめて笑顔で見送って、「またね」って手を振るくらいだろう。


 だから、うん、こんなことでしんみりしちゃいけない。


 治くんと過ごす日々をよりいっそう楽しまないといけない、そう思った。


 残された時間を精一杯、全力で。


 治くんもきっと、そのほうがいいはず。


 私は笑ってる方が良いって、治くんは言ってくれた。


 だから私は、自分が出来る最高の笑顔をつくって、元気よく言葉を放った。


「そんなの、些細な問題じゃん!」


 結果的に治くんは、私と来年のクリスマスも一緒にいたいと言ってくれた。


 とても、とっても嬉しかった。


 今の私には、それで充分だった。


 あと3ヶ月、治くんとの日々を面白おかしく楽しくハッピーに過ごそう!

 

 心に決めた。



 ◇◇◇


 ……。


 …………。


 ………………たくさん。


 たくさんたくさん、自分に言い聞かせた。


 でも、それでも。


 私の中に湧き出たひんやりとした感情は、拭きれなかった。


 「寂しい」という、油断すると涙がほろりとしてしまいそうな、その感情は。



 ◇◇◇

 


「ちょっとゆーみん、なにしてくれちゃってるのさー!?」


 年明け、治くんとゆーみんと初詣に行ったその夜の自室。


 私は、ゆーみんに電話口で問い詰めていた。


 今日の日中の、ゆーみんの行動についてだ。


『だってー、ねえ?』

「ねえって……なによう……」

『ひよりんと望月さん、見てて砂糖吐くかってくらい甘ったるいんだものー。お前らはよ付き合えってなってー』


 うっ、と言葉に詰まる。


「で、でもっ、あんなことされたらっ……その……私が治くんのことが好きだって、言ってるようなもんじゃん!」

『言えば良い、じゃーん』

「うぁっ……」


 今度は息が詰まる。


『好きじゃないのん?』

「……好きだけど」

『じゃあ』

「で、でも、物事にはタイミングというものがあって……」


 わたわたと言い訳をしている間、ゆーみんは「うん、うん」と全く気持ちのこもってない相槌を打っていた。


 電話越しでも、ゆーみんがニヤニヤしていることがわかる。


 くそう。


『望月さんはあんな感じだからわかってたけど、ひよりんも大概だねえー』

「し、仕方がないじゃんかぁ……」


 恥ずかしいという気持ち、治くんが私のことをどう思っているかという不安。


 様々な要因が絡んでいて、未だに想いを口にできないでいる。


 ……そうだ!

 

「あ、あのさあのさ!」

『んー?」

「その、聞きたいことがあって……」

『私から見て、望月さんがひよりんにどう思ってそう、的なこと?』

「ゆーみんから見て治くんは……って、すごい!? なんでわかるの!?」

『逆になんでわからないと思うのー?』


 くすくすくすと、からかいの笑い声が聞こえてくる。


 さ、流石はゆーみん。


「で……どんな感じでしょう?」


 正座して尋ねる。


『そんな心配しなくてもー。私から見た望月さん、ひよりんのこと大好き過ぎて死んじゃいそうって感じだったよ』

「うそ」

『ほんとー。というか逆に、あれだけわかりやすい愛情表現はないよ、ひよりん』


 ゆーみん曰く、あれで好きじゃなかったら世の少女漫画の恋愛描写を全て描き直さなきゃいけなくなるレベルなそうな。


 言葉を聞くうちに、だんだんと頬が緩んでいく感覚。


「へ、へえーー、そう、なんだ?」

『にやけすぎ』

「に、にやけてないもんっ」

『はいはい』


 ゆーみんが呆れを含んだため息をつく。


「でも、そっかあー」

 

 ぬふぬふとにやける。


「私のこと、大好き過ぎて死んじゃいそうかー」

『こらそこー、調子乗らなーい』


 今度は、どこか微笑ましげなため息。


 そろそろお風呂だと言うゆーみんに諸々のお礼を言った後、通話を終えた。


 スマホを脇に置いて、しばらく見慣れた天井を眺める。


 ──治くんも、私のことが好き。


 もしそうだとしたら。


「〜〜〜〜〜!!」


 ぎゅううっと、『おさむ』を抱き締めてじたばたする。


 嬉しい、嬉しい、嬉しい。


 顔が熱い。


 心臓がうるさい。


 身体が右へ左へゆらゆら揺れる。

 

 暴れる感情を発散するために常に動いてないと爆発してしまいそうだ。


 嬉しい、嬉しい、嬉しい、嬉しい嬉しい嬉しい……。


 ひとつの感情で頭が一杯になる。


 今までこんなにも満たされた事はあっただろうか。


 とてもとても、幸せな心持だった。


 それなのに。


 不意に、温度の低い言葉が過った。

 

 ──来年、一緒にいれるかは、わからないよ。


 弾かれるように、スマホを手に取った。


 忙しない操作で画像フォルダを開く。


 今日、パシャりした写真をディスプレイに映す。


 ひそめられた眉、口角の上がっていない口元。


 治くんの、仏頂面。


 私の大好きな、表情。


 眺めていると、落ち着いた気持ちがさざ波のように戻ってきた。


 でも、次第に、目の奥が熱くなってきた。


 これは、嬉しいとは違う。


 この感情は……。


 頭を振る。


 考えないようにする。


 でも、温度が下がる気配はない、むしろじわじわと上がってきている。


 何かがせり上がってくる感覚。


 慌ててスマホを瞼の上に押し付ける。


 無理やり、生理現象を遮断する。


 ……泣きたい時は泣いていいって、治くんは言ってくれた。


 でも、今はだめだ。


 ここで泣いてしまったら……もう、色々と無理になってしまう、そんな確信があった。


 だからまた、目を逸らした。


 残された時間、治くんとの日々を面白おかしく楽しくハッピーに過ごすんだ、そう自分に言い聞かせて。


 気持ちを押し込めるのは、得意だ。


 今までずっとやってきたら、今回も大丈夫だ。


 大丈夫だと、思っていた。

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