第111話 グイグイ絡んだ結果


 マイナスな気持ちには蓋をした。

 残りわずかとなった治くんとの時間を、全力で謳歌した!


 ◇◇◇


 毎晩一緒にご飯食べた。

 治くんは必ず美味しいと言ってくれた。

 作ってるわ私としては、これ以上に嬉しいことはない!


 ◇◇◇


 休日は外へ一緒に食べに行った。


 治くんは私の好みをバッチリ抑えているようで、連れて行ってくれるお店の料理はどれも絶品だった!

 最近のどハマりは煮込みめんたいつけ麺!


 あれは本当に美味しかった……。


 ◇◇◇


 お互いに好きな本や漫画を貸しあって、感想を言い合った。

 治くんは私の考えもつかない視点で感想を言うから、何度言葉を交わしても飽きない。


 そこから知った驚愕の事実。


 なんと治くんは昔、小説家を目指していたらしい!

 えええー!? 治くんの書いた小説、めちゃくちゃ読んで見たい! 


 思わず口にしていた。

 すると治くんは、「いつか書く」って。


 きゃーーー!! 超超超楽しみ!


 私が読者第一号……むふふふふ。

 そう思うと、にやけが止まらなかった。


 ◇◇◇


 仕事でお疲れちゃんな治くんをもみもみしてあげた。


 岩のように硬くなった肩。

 毎日、すっごく頑張ってるもんね……。

 そう思うと、癒してあげたい、って気持ちが抑えきれなくなった。


 気がつくと、後ろからぎゅーしていた。

 すると……今まで毅然として弱音のひとつ吐かなかった治くんが初めて、私に甘えてきてくれた。

 私に身を任せるように力を抜いた治くん。


 可愛いなあ、愛おしいなあ。


 私に心を開いてくれてるんだと思うと、胸がきゅううってなった。

 母性が疼くって、こういう感覚のことを言うのかな?


 これからもたくさん、たーくさん、甘やかしてあげたいな。


 ◇◇◇


 治くんとお出掛け!

 久々のモー子タンメン!

 悪戯心が疼いて赤道ラーメンを注文したら案の定、死にかけていた治くん(笑)


 そりゃそうだよね(笑)

 

 でも次第に、辛味の奥に潜む旨味に気づいた治くんは取り憑かれたようにすすり始めた、すごい!

 もうこれは激辛の虜になってしまったと言わざるを得ないね、ようこそ。


 そのあとは都庁の展望台で、あるピアニストの演奏を堪能した。

 彼はヨーチューブで超人気のピアニストで、展望台は瞬く間に人で溢れた。


「物凄い人気」


 そう言って驚く治くんに、何気なく言葉を返す。


「そりゃあ、プロのピアニストだしねー。あと、イケメンだし」


 すると、治くんの纏う空気が変わった。

 なんか焦ってる? そわそわしてる? 

 や、もしかして……妬いてくれてる……?


 あの治くんが、まさかのっ!?


 思い至った瞬間、なにかが抑えきれなくなった。


「治くんは、どんな子が好みなの?」


 おい、私、おい!


 意思に反して勝手に口が動く。

 頭の中に、私が二人。


 なんて事聞いてんのよー!? と焦っている私と、行け行けー勢いに任せて聞いちゃえーー! と拳を振るう私。

 こうなった時の私は大抵、後者の感情に流される。


 ああもう、どうにでもなれという気持ちで質問と返答を続けた。


 その末に治くんは、好みの子を、こんな風に表現した。


「日和みたいに、一緒にいて楽しい人だといいのかなあー、と……」


 ……へぁっ?


 ちょっ、あっ、まって。

 今そんなこと言われたら、もう。


「私も治くんみたいに、一緒にいて落ち着く人がいいな」


 あーあーあー。


 抑えきれなかった。

 どうしてくれるう。


 恥ずかしくなって、冷静になって、頭の中で焦っていた私が「ほれみたことか!」と顔を真っ赤にしたら、現実の私も顔の温度を上げた。

 治くんもゆでダコみたいに顔を赤くしていた。

 すぐ話題を変えて誤魔化した。


 深く突っ込まれたらどうしようって、心臓がばくんばくんだった。

 治くんは何か聞きたげにしていたけど、それ以上追求してこなかった。


 ほっ、とした。


 ◇◇◇


 お出かけから帰ってきてシャワーを浴びたあと、ふらふらーと治くんの部屋へ。


 今日は日中に力を使って寝落ち確定だったけど、治くんの部屋なら寝落ちしても大丈夫だし、そもそも一緒にいたい欲が抑えきれなかった。

 治くんはちょっぴり微妙な顔を浮かべてたけど、すんなり部屋に入れてくれた。

 いつもみたいに他愛のないお喋りをして、本の感想を言い合って、笑って過ごした。


 そしてこの日、初めて治くんの寝室にお邪魔した。

 予想はしてたけど、すっごく質素なお部屋だった(笑)

 言葉通り、雨風を凌ぐためだけの部屋って感じ。


 でも、ベッドはやけに気合入ってた。

 とっても大きいし、すごく寝心地よさそう……。

 訊くと、質の良い睡眠が取れるよう拘っているとかなんとか。


 へえ……。


 ちょっとした好奇心と悪戯心が疼いて、寝床を失敬させてもらった。

 おお、確かに言う通り。


 マットはふっかふかで、寝心地最高だった。

 どこか落ち着く匂いが漂っていて、すぐ寝ちゃいそうになる……これはベッド関係ないかな(笑)?


 私はベットに寝転がって、治くんは腰を下ろして本を開いた。


 いつもの、まったりタイム。

 この部屋だけ世界から切り取られて、時間がゆったり流れているような感じ。


 ……あと何回、このひと時を味わえるんだろ。


 また、寂しい気持ちが姿を現してきた。


 いけない。


 本をぱたんと閉じ、スマホを取り出す。

 お気に入りフォルダを開いて、寝起きの治くんの画像をディスプレイに映し出す。


 ああ、癒し……。


 例のごとく、にやけてしまう。

 ぬふふーと、ぽかぽかな気持ちに浸りながら眺めていると、


「癒しのもふもふ動画でも見つけたの?」


 珍しく治くんの方から話が振ってきて、心臓が飛び上がる。

 治くんの写真を見てましたーって言うのは流石に恥ずかしかったので、動揺を悟られないよう、こう返した。


「どちらかというと、面白癒し系かな?」


 そのタイミングで、私の奥底から湧き出る「ある兆候」に気づいた。


 ……ああ、もうすぐやってくる。

 

 力を使った後に必ず発生する、抗えない睡魔。

 いけない、スマホ閉じないと。


 治くんと受け答えしつつ指を動かそうとして………………ふと、考えが浮かんだ。


 私のスマホに映し出された自分の写真を治くんが目にしたら、どんな反応をするんだろう?


 気に、なる……。


 誠実な治くんのことだから、見ないというパターンも十分あり得ると思うけど。

 でも、それはこの際どっちでも良い。


 ちょっとした悪戯心と、好奇心と……淡い期待。

 治くんがもっと、私を異性として意識してくれるんじゃないかという、期待。


 ……あれ?


 なんで私、まだ告白してないんだろ……?

 疑問が浮かぶと同時にすぐそばまでやってきた眠気に襲われ、正常な判断力が徐々に失われて。


 スマホを表に向けたまま……私は眠りに落ちた。


 ◇◇◇

 

 あの日以来、治くんの様子が大きく変わった。


 たぶん、あの写真を……見たんだと思う。


 よそよそしくなったというか、そわそわしているというか。

 不意打ちの頻度も増えて、私は今まで以上にドギマギさせられた。


 もー、ほんとにもー(笑)


 とにかく治くんは、以前にも増して意識してくれているようになった。


 嬉し、かった。

 気持ちが浮ついていた。

 想いを伝えたらきっと、治くんは応えてくれる。


 その確信があった。


 なのに、それなのに。

 まだ私は、想いを口にできていない。


 にも関わらず、意識はして欲しくて、この前みたいに意味深な発言や、あざとらしい行動をとったりしている。


 何かしたいんだ、私は。


 私の過去を受け入れてくれた。

 私のことを異性として見てくれている。

 

 なのに、なのに、なんで?


 まだ、恥ずかしいと思っているから?


 今のこの状態で満足しているから?


 確かにそれも原因の一端にはあると思う、でも。


 もっと根本的な。大きな理由があるような気がした。


 それが……わからない。


 わからないけど、確かに存在はしている。

 治くんならこんな時、今の自分の思考を上手く言語化して、良い方向に向かうためにどうすればいいのか、という視点からすぐ行動に移すに違いない。


 うん、きっとそうだ……本当に、凄いなあ。

 治くんのそういうところ、本当に憧れる。

 あんまし頭を使わないで、ノリと勢いでガンガンやりがちな私とは大違いだ。


 ひとたび複雑な感情に囚われてしまったらその途端、どうすればいいのかわからなくなっちゃう。

 現に今、頭を抱えていた。

 自分の抱える矛盾の正体が、わからない。

 治くんの言葉を借りるなら、感情に振り回されて合理的じゃない思考に陥っている。


 ああ本当に、なんなんだろう、これ。


 ◇◇◇


「来週の金曜日に、実家に帰ることになった」

 

 治くんのその言葉を聞いた途端、ロールキャベツがお箸から墜落してしまった。


「うええええっ!? もう帰っちゃうの!?」


 テンパる私に、治くんはそうじゃないと補足説明をしてくれる。

 曰く、大学で諸々の手続きをするために一瞬、地元に帰るそうだ。


 心底ほっとした。

 でも、すぐに寂しい気持ちがやってきた。


 お別れが、現実味を帯びてきていることに気づいたから。

 すっごくすっごく心細くなって、寂しくなって。


 その晩、治くんとたくさんぎゅーした。

 自分でも甘えすぎなんじゃって思うくらい、もう、これでもかってくらい甘えた。

 この温もりが、匂いが、安心感が、もうすぐ無くなってしまうかと思うと、もう……抑えきれなかった。


 そんな私を、治くんは受け入れてくれた。

 そればかりか「僕も寂しい」って、治くんは言ってくれた。


 嬉しくて、愛おしくて、でも同じくらい、やっぱり寂しくて。


 その晩は長い時間、治くんにぎゅーしてもらった。

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