第82話 日和と初詣③


「おみくじ引こう!」


 日和の一声で、僕と結海は社務所に足を運ぶ流れとなった。


 元来おみくじには消極的な僕であるが、今日は少しだけ前向きだった。

 おそらくこんな僕でも、前回引いたおみくじに人生初の「吉」が刻まれていた事が嬉しかったのだろう。


 社務所では札やお守りなど縁起の良さげな諸々を販売していた。

 それらには目もくれず「おみくじ引きます!」と高らかな宣言と共に、日和は巫女さんに100円玉を手渡していた。

 巫女さんからにこやかな了承の意を受けた後、六角形の筒状の入れ物をじゃらじゃらし始める日和。


「なにそれ」

「知らないの? おみくじ筒」

「初めて見た」

「あんまり見ないよねー」


 言いながら、日和は筒の中から吐き出された細い棒を手に取った。


「この棒に書かれた番号の引き出しから、おみくじを引くの。えーと、35番だから」


 すぐ横に並ぶたくさんの小さな引き出し。

 その中の一つから、日和は折りたたまれた紙を取り出す。


「うん、これだね!」

「へえ」


 おみくじにもこういう引き方があるのか。


 今まで引いてきたおみくじよりも、信憑性が高いように感じた。

 リターンの精度は労力に比例するという思い込みの最たる例だろう。


「どうだったー?」


 結海が日和に尋ねる。


「へへん、大吉!」

「だよねー」


 結海が、予想通りといった風にうんうんと頷く。

 

「ひよりん、大吉しか引かないよねー」

「そうなんだよねー。多分、徳を積み過ぎちゃってるのかな?」

「あははー、かもねー」


 そういえば高尾山の時も、日和は大吉を引いていた。

 僕のこれまでのくじ運と比べると、しょっぱい気持ちになる。


「僕らも引くか」

「はい」


 結海と一緒に、日和と同じ動作を行う。

 支払って、じゃらじゃらして、小さな引き出しから紙を取り出す。


 少しだけ祈ってから、開いた。


「どうだった!?」


 大学の合否を聞いてくる母親みたいに詰め寄ってくる日和。


「……小吉」

「お、上がったじゃん!」


 日和が声を弾ませる。

 前回は末吉だったから、一段階上がったことになる。


 そのことに、微かな安堵と喜びを覚えた。

 神様なんて全く信用しない性分なのに、我ながら現金なものだと思う。


「順調に、私の運をおすそ分けしているねー」


 前も同じようなことを言ってた気がする。


 んなわけあるか。

 今度も即座に否定しようとして、止める。


「そうかもしれないね」

「およ? 珍しいね、こういうの絶対否定すると思ってたのに」

「否定するよりも、そうかもしれないと思った方が面白い事もある」

「お、それは同感! わかってるねえ治くん」


 無論、この思考は日和の影響である。

 本人にその自覚はあるのだろうか。


 にししっと笑う日和を見て気になったが、尋ねるほどではなかった。

 

「ゆーみんはどうだったー?」

「おかげさまで、大吉ー」

「お、いいねえ!」


 日和が声を弾ませる。


「ひよりんと初めて引いた時は、小吉だったのにねー」

「順調に上がっていったねー。私が神様に、ゆーみんはいい子だからもっとあげてください! ってお願いしたからかな?」

「あははー、ありがとうー」


 その会話を聞きながら、思う。


 まさか、ね?


 日和の持つ、不思議な力のことを思い出す。

 傷や病気を癒す、人智を超えた力。


 そんな非科学的な現象を実際に目にしているからこそ、考えてしまう。


 もしかすると日和は、運や加護といった目に見えないなにかを引き寄せる存在なのかもしれない、とか。


 いやいやいや。

 まさか、ね?


「どしたの治くん?」


 ハッとする。

 日和が、僕を訝しげに見上げていた。


「……いや、ちょっとぼーっとしてた」

「そっかそっか。朝早かったもんねー」

「誰かさんのおかげでね」

「初詣も終わったし、そろそろ帰ろっか!」

「スルーかい」


 というわけで、帰宅の流れとなった。

 

 結海は昼から予定があるらしく、神社の前でお別れだった。

 なるほどだから朝が早かったのかと、少しだけ納得する。


「またねゆーみん! また連絡するね!」

「ありがとうー、ひよりん。それと、望月さん」

「ん?」

「カイロ、ありがとうございましたー。とっても温かったです」


 言って、結海は深々と頭を下げた。


「いや、そんな大したことはしてないけど……どういたしまして」

「謙虚ですねー」


 嬉しげで、柔らかい笑みを浮かべる結海が、思いついたように言う。


「機会があれば、ひよりんとご飯でもどうですかー?」

「二人がよければ」

「ひよりん、どうー?」

「行こ行こ! 治くんが連れて行ってくれる店、全部美味しいから、ゆーみん絶対に気にいると思う!」

「ちょっとちょっと、ハードル上げないでよ」

「私は信じてるよ。治くんなら……どんな高いハードルでも超えることができるって!」

「だからって意図的に上げなくても良くない?」

「大丈夫! 治くんは、やればできる子だから」


 ぽんぽん。

 また、頭を撫でられる。


「……なんか、癖になってない?」


 僕が言えたことでもないけど。


「あっ……」


 またまた無意識の行動だったのか、日和の頬がりんご色に染まる。

 僕は僕で慣れない日和の手の感触に、顔が熱くなった。


 ぱしゃり。


「あああーっ! また撮ってー!」

「微笑ましくて、ついー」

「いいもんね。私も治くんを」

「もういいって」


 無に等しい肖像権を主張する。

 被写体としてはこれ以上にない不適合なはずなのに、なぜそんなにも電子データに残しておこうとするのか。


「望月さん」

「ん?」

「顔、赤くありませんー?」


 もう何度目だろうかこのやりとり。

 また頭に浮かんだ言い訳を、口にする。


「長い間外にいたから、顔が霜焼けてきた」


 なるほど、そうですかー。

 とは続かなかった。


 くすり。


 小さな笑い声と共に、結海は可笑しそうに言った。


「嘘つき」


 結海が浮かべたその笑顔は、意地を張る子供をしょうがないなぁと眺めるような、微笑ましいものであった。

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