伏兵

「グルルルルル……」

 吐息混じりの威嚇が周囲から聞こえる。

 恐らく集団で囲まれているのだろう。がこの暗闇の中では正確な数を把握することは出来ない。

 この威嚇方法は……恐らく獣人。狼類のものか。

 ……ああ、真祖なぞよりはずっとマシだ。人型だが、可食部は多量にある。モサモサとしている毛皮は防寒具にもなるし、密度が高い牙は武器にもなり得る。

「シャアアアアアッッッ!」

 ──来た!前に構えていた剣を力の限り振り回す。

 叩き上げの軍曹レベルになると気配の察知とかも可能だと言っているが、俺みたいな雑兵には無理だ。

 ぐしゃり、と肉を叩き斬る感触。斬る、ではなく叩き斬るような鈍い一撃。

「ガアアアッ!」

 その代償なのだろうか。全身を噛まれ、肉を食いちぎられる。

 傷を与えた感触があったのは一体だけか。でも、これで何体いるのかは予測できる。

 呼吸が辛い、力が抜けていく、血が口内を満たしていく、痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い……

「──ははっ、面白ぇ! 来いよクソ野郎共!」

「グルゥ!?」

 体を紫の光が覆い、傷を修復していくがそのまま倒れ込む。と、同時に一歩を踏み出し、加速。

 目の前にいた獣人の心臓を貫く。

 ははっ、戸惑ってやんの。まぁ、殺したと思ったら発光して元通りになる奴とか気味悪いもんなッ!

 左から迫るもう一体の脳天を蹴り──飛ばそうとしたが、足を噛まれる。

「ヂィッ!」

 無理やり踏み込み、地面に押し倒す。

 くぐもった悲鳴を足ごと剣の餌食にする事で無理やり黙らせる。相変わらず痛てぇ!

 ッ次──はもう居ないのか。……助かった。

「はぁ……何時まで続くんだか。結構時間経ったと思うぞ。まだ出られねぇとか……ぜってぇ選択ミスったとしか思えんなぁ」

 正直、狂いそうだ。どこかで暗闇に人間を閉じ込め続けるという実験を見せられた事があったが、あれは酷いものだった。

 うわ言を呟いたり、何もしないで部屋の隅で蹲ってたり、叫び声を上げて全身を傷つけたりの阿鼻叫喚だった。まさか自分がその一人になるなんてな。

「あぁ……捌かねぇと……飯も尽きちまったしなぁ……水分は血でも飲めばいいか」

 だるくなってきた体にムチを打ち、奴らの死体があるであろう方向に向かう。

 日に日に自分が壊れて、在り方が変わっていくのが分かる。分かってしまう。

 正直、こういうのは想定していたとはいえ、終わりの無い苦痛がこれ程までに苦し──ん? もう体験してる事ないか?

「は……はぁ……」

 解体用のナイフなんて上等な物は持ち合わせてないため、愛用の鉄剣で適当に斬り、皮をはいで喰らう。

 血の味にも慣れてきたなぁ……何かだんだん生肉が美味く感じてきた。人間すげぇわ。

「ご馳走様。残りは……捨てるか。勿体ねぇけど」

 血の匂いで他の奴らが来るかもな。という呟きと共に歩き出す。ずっとこれしかしてねぇな。

 苦笑し、進む。進む。進む進む進む進む進む……

「ぁあああああっ……はぁ……誰か。俺を救ってくれよ。良いよなぁ、アイツらは。『死』なんつー上等な終わりがあるんだから……」

 何故だろうか。

 何で俺は生きているのだろうか。

 こんな狂った、壊れてしまった世界で。

 誰もが血で血を洗い流し、大地を赤黒く塗りつぶし、空を灰燼で覆って、無限に死体を積み重ねて……何故なんだろうか。面子がそんなに大切か?プライドにそこまで価値があるのか? こんな、何時までも何時までも同じ事を続けて、何もかもを壊し続けて。生き物を駒のように扱い、罪なき彼らを迫害し、殺し続ける……

 暗闇が段々と心を蝕んでくる。

 自分であったものが少しずつ、分からないほどに解れて千切れてゆっくりとバラバラになっていく感じがする。

 いや、元からこうだったのだろうか。

 これまでは考える余裕がなかっただけで、元々の俺はこんな感じだったのだろうか。

 ……分からない。

 全く分からない。

「……いや、うん。俺は俺だ。彼らを救う為に、俺は生き続けるんだ。彼らは俺が救わなき──ッ!?」

 バチリ、と暗闇の中で白い電流が迸る。

 これは、まさか──

「『光雷』ッ!」

 視界に広がる黒は瞬く間に白に覆い尽くされ、そのまま森の一部をさせる。

 勿論俺も白に覆われ、巻き添えとなる。

 だが、案の定復活。塵一つ残らず消し飛ばされても蘇生するのか。知れただけありがたい。けど──

「──ッ!? 嘘だろ……? 勇者がここにいるってことは、ここは最前線かよッ!」

 目の前で起きる天変地異のごとき光景に、口頭では聞いていた俺はただ悪態を吐くしか無かった。

 姿が見えない、というか動きが速すぎて視認できないが勇者が言葉を紡ぐ度に異能を超越した火力の攻撃が発生、魔王軍を蹂躙していく。

 残された奴らも勇者軍の最精鋭によって殲滅され、血の花を各地で咲かす。

「……なるほど。これが噂に名高い『魔法』ってやつか。馬鹿げてやがる。……でも、何でこんな超火力をポンポン出せるくせしてまだ魔王を殺しきれてねぇんだ?」

 あまりにも非常識な光景をみて、雑兵たる俺は錯乱するしか無いのであった。

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