大佐

「……ネ軍、大佐。どうしてここに……」

「んー? ちょっと戦局がやばくなってきてな。どうにかしようと思って……後ろの方から奇襲しようと考えてたら変な光が見えた。んだから来たってだけだ」

「……チッ」

背後から爆音。振り向くと赤い煙が舞っている。

……逃げた? 不死性を持つのなら大佐相手に十分勝ち目はあるだろうけど……

「お前さん、何処の部隊だ?」

「……二軍、第四部隊です」

「……へぇ、そっか。面白いなお前。まさかあの二軍兵だとは……」

嗤う大佐。表情は笑顔だが、俺を試すような目をしている。……まさか、バレたか?

そんな俺の心配を知ってか知らずか、ヘラヘラと笑い、俺の肩を叩きながら言う。

「いやー、災難だったなぁ! まさかこんな戦線から遠く離れた場所に吸血鬼、しかもがいるなんてなぁ!」

「えぇ……そういえば大佐」

「ん? どうした?」

「いえ……『真祖』って何なんでしょう?」

「……勉強は大切だぞ? ま、こんな戦地じゃおちおち勉強なぞしてられんわな。んーと、だな。『真祖』っつーのは分かりやすく言えば『吸血鬼の祖』だな。異能は普通の奴よりも遥かに強い。その上殺しても死なない、傷を負っても再生する。これだけ押さえとけばいい」

「え? 死なない上に再生するなんて……殺しようがないじゃないですか!」

「まぁ、そうだな! だが、例外的に銀で出来た武器なら奴を殺せる」

「銀……そんなの、自分のような雑兵には渡されませんよ」

「そうだな。んだから何時も口を酸っぱくして『真祖と遭遇したら逃げろー』ってんのに……お前さん見たく馬鹿の一つ覚えのように突っ込む奴ばかり。こっちとしてもうんざりなんだよ……」

「はは……」

ニカニカと明るい声で笑う大佐。

だが、やはりというか上官であるからこそ言う事を聞かない俺みたいな奴らを嫌うんだろう。

事実、大佐が笑いながら俺を叩くものの、若干強さが増してきている。

……ここでストレス発散するのやめてくれ。

「……それでは、そろそろ自分は行きます」

「ん、そうか──ってお前二軍所属だよな? なんでこんな所にいるんだ?」

「はは……実はお恥ずかしながらはぐれてしまいまして……戻ろうかとさまよってました」

「ふぅん……んじゃ送ろうか? 幸いここはもう戦線から離れてるし」

「いえ、ご心配には及びません。仮にここから魔王軍が進撃してきた場合、自分がいれば多少ですが早く情報を伝えられるかもしれませんので」

「あ、そ。んじゃ、気をつけて……と、その前にだ。ちょいこっち来な」

「はい……なんでしょうか」

「いや、物資を分けてやろうと思ってな。ここで待つにしても食料とか水は必須だろ?」

「あ、ありがとうございます」

「いーんだよ、ほれ」

大佐はカバンの中にあった兵糧、水分、無線機のバッテリーやら銃弾を気前よく差し出す。量多くないか? まぁ、この人は相当に異能がヤバい事で知られてたから、何かあっても強引にねじ伏せてくるだろうし、大丈夫か。

いそいそと物資を詰め込む俺を後目に、大佐はゆっくりと森の中へ戻っていく。

「んじゃーな。気をつけろよーの脱走兵君? 俺は優しいから放置するけど、他のやつに嘘ついたら処刑もんだからなー?」

「──ッ!」

剣を構え、後ろを振り向くが誰もいない。

先程聞こえてきた声も、何もない暗闇だけが眼前に広がっている。

……どういう事だ。バレているのにも関わらず放置した……? 何故俺をここで処刑しなかった……?

『面白いなお前』

『まさかあの二軍兵だとは……』

ヘラヘラとした笑い声が耳に耳の中で反芻される。

……分からない。けど、当面の間は害がないと思う。こんなのはただの勘だ。なんの根拠も無いけど……うん、きっと大丈夫なはず。

懐からコンパスを出して方角確認……って壊れてやがる!? 手元のそれはバッキバキになって針もクルクルと回り続けている。

「ちっ、こっからは方角確認出来ないのか。きっついなぁ。大佐もコンパスまではくれなかったし」

水をひと飲み、暗闇を宛もなく歩き始める。

……うん、きっと大丈夫さ。

歩き続ければ絶対に森を抜けることは出来る。

だったら行くしかない。

飯が尽きるのが先か、森を抜けるのが先かのオール・オア・ナッシングの賭け。

だったらやるしか無いだろ!?

あの真祖にあったのにこうやって生きてるんだ。森を抜けるぐらいきっと訳ないさ。


──暗闇に溢れる月光が、優しく行く道を照らしていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る