再臨

 ──声が聞こえる。

 少なくとも、人間の声ではない。

 全てを嘲笑うような、それでいてどことなく深い哀しみを感じさせる二重の声が響く。

『ほら、もう一度だよ? 頑張ってね』

 ああ、腹立たしい。

 この力を望んだ俺も、勝手な都合に巻き込みやがったこいつにも怒りが込み上げてくる。

 だがここで激昂してしまえば、それこそ一巻の終わりだ。『アレ』はそう生易しいものではない。

 俺はただ生かされているだけ。

 アレの興味を引いたから、アレの提案を受け入れたからこうして生きている。アレがその気になれば全てが終わる。

 だからこの怒りを抑え込み、歯を食いしばってもう一度立ち上がる。

 苦しい、辛い、逃げたい。

 ……でも、そんな行動になんの意味がある?

 何も出来ず、ただただ無意味に人生を浪費するなんてのは絶対に嫌だ。

 ──全ては、救済のために。

 俺が放置すれば未だ戦い続けるは救われないだろう。

 だから、俺が。俺が救ってやらなければ。

 今もこうやって意識の海を揺蕩う自分とは違い、最前線で殺しあっている彼らを。

 ……この思いを捨てない為に。

 俺が、一人の凡人が成すべき事を全力で。


 #


「──ッ!」


 目が覚めた時、若干の浮遊感を感じる。

 ……そうか。またやり直しか。

 相手は自分じゃ到底叶わないバケモン。

 何度やり直したところで無意味だろうが、コイツをどうにかしなければ先に進む事は出来ない。

 対する相手は狼狽と驚愕を浮かべ、こちらを親の仇のように睨みつけている。

 ……俺なんかやったか? 寧ろボロ雑巾見たくされてた覚えしか無いんだが。

「フッ!」

 奴が雪のように白い腕を振り、辺りの血液が収束。

 そのまま俺を取り囲むように渦を巻く。

 ──ッ!やべぇッ!

 途端、世界の動きが緩慢に──いや、俺自身の思考が加速しているのか。ははっ、これが走馬灯ってやつなのかねぇ……

 何時の間にか鉄剣が明滅。どういう──いや、今はそんな事はどうでもいいッ!とにかく何としてでもこの死一歩手前の状況をどうにかしないと……ッ!

 剣を両手で握りしめ、力いっぱいに血の壁を切ろうとする。未だに渦の動きは緩やか。

 ……身体機能全てが加速しているのか。

 ははっ、そいつは重畳ッ!

「あぁあああああッ!壊れろッ!」

 微塵も鋭さを持たない、強引に剣を振り降ろすだけの美しくない一振。

 それでも、思いが届いたのかは定かでないが、刀身が血に触れた瞬間──


 バキン


 ──あまりにも呆気なく、血の渦が崩壊した。

「──ッ!」

 渦が崩壊すると同時、明滅していた光が消失する。

 なんだかよくわからんけど助かった!

 剣の軌道を腕力で無理やり変更し、逆袈裟斬りにする。

「はぁっ!」

「ヂィッ!」

 ──が、相手の足元にある血溜まりから無数の紅槍が出現、剣を止めると同時に爆ぜる。

 デジャヴを感じる吹っ飛び方をしながら、無理やり着地。ズキズキと痛む足を無理やり動かして奴へ走り出す。

 案の定地面が爆発。俺の体が吹っ飛ぶ。

 流石に同じ手は食らわない。

 舞い上がった煙に紛れ車輪の如く回転、運動エネルギーを加えた一撃を奴の脳天に叩き込むッ!

「──」

 バキリ、と頭蓋骨を真っ二つにする嫌な感触。

 力をいっぱいに剣を押し込んで頭を叩き斬る。

 これで倒れてくれないとなると本当に不味い……けど、元上司が言うには身体機能は人間と同一らしい。だったら大丈夫なはずだが……

 勢いのままに崩れ落ちる身体。

 頭部から血を吹き出し、脳味噌が断面から流れ出てくる。もう一度血が動き出す気配は無い。

 ……

 …………

 ………………

 心の底から湧き出てくる安堵。そして歓喜。

「──はぁっ。よし、ヨシッ! よっしゃあ! 倒せたっ! クソバケモンを倒せ──ッ!?」

 途端、背筋を這い上がる怖気。

 強大過ぎる力が渦巻き、死体に収束し、割ったはずの頭部が修復されていく。

 ……嘘だろ? こんなの報告書に無かったぞ?

「やっべぇな……これは詰んだわ。圧倒的な力と不死性を兼ね備えてるとか馬鹿じゃねえの……」

 再び、立ち上がる吸血鬼。

 恐ろしいまでに端正な顔は狂喜に歪み、口は三日月を描いて……るのか? 暗すぎて見えねぇ……

「ふふっ……うふふふっ!ああ、面白いわ! やっぱり私の目は狂っていなかった! あははははははははっ!」

 暗闇に響く哄笑。同時に血が渦巻き、周囲に無数の──数え切れないレベルの槍が現れる。

 見る限り、どれもこれもバカみたいな硬度を持つのが分かる。

「ヂィッ! クソッタレが!」

 一寸の虫にも五分の魂、では無いが剣を構える。

 ゆらりと槍が動き出し、発射。

 ……ああ、こりゃ無理だな。どうにもなら──

「──『壊れろ』」

 ガラスが割れるような音と共に紅い槍が塵となる。

 ……この異能は。こんなデタラメな異能を持つ奴なんて勇者を除いてしまえば一人しかいない!

「やぁ、随分とボロボロじゃないか。全く……こんな奴相手に無謀だぞ? 逃げろって言ったよな?」

 ──ネ軍大佐。

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