空色の眼の三人
「……
「陣ごと割り、それを分核にだけ持たせて撒き餌にしたのか。そこまで見切ったか」
「それでも主核に陣の断片が残ってしまって、随分心配しました。幸い、僕が記憶を取り戻した時、主核のキアはまだ無事だったので、すぐさま自殺して身体を
「分核のほうは?」
「咄嗟のことで調整できず十七にも割れてしまい、どうなることかと思いましたが……」
「十七……そもそも、これまで
「必死でしたから」
少し離れたところから溜め息が聞こえた。誰だろう。
ここはどこだろう。温かくて懐かしい。
「殺された分核の魂はひとりでに主核に戻ります。それでも、元々魔法の力がほとんど使えないキアはきっと二度と記憶を取り戻すことはないだろう、実質、僕がキアを死なせたのだと思いました。キアを守って
だからもちろん、生還して王宮魔導師になろうなどという気はまったくなかったし、今もありません」
再び溜め息。
私の意識は温かな海からゆっくりと浮かび上がる。身体の感覚が戻ってきて身じろぎすると、ヨエルの呼吸と視線を感じた。
目を開く。私は彼の膝に頭を
帰ってきた。
私は自分の両眼からじわりと涙が
身体を起こし、ヨエルの目を見る。腕を持ち上げてヨエルの首に巻き付ける。泣きそうな顔で笑って彼は、私の身体を優しく抱き締める。頬と耳に唇が押し当てられる感触。それから押し殺した涙の気配。
耳の側で、優しく
「お帰り、
「
抱き合った私たちを見ているのが本物の王宮魔導師ヴェニテだということを私は知っている。今日ここで目覚めた時に会うと、星が告げていた。
ヴェニテが妻ではない女性に産ませた子がヨエルだ。ヨエルの母親は心を病み、王宮魔導師の家に息子を引き取らせようと、ヴェニテと同じ青い目だけを残してもう片方の
けれどもある日、王宮星見が未来の王宮魔導師候補としてヨエルの名を挙げ、そのためにヴェニテの子イムセアは腹違いの兄を殺そうとやって来た。
――この娘を救いたければ追って来い。私が殺してしまう前に。
イムセアはそう言って、私を人質にヨエルを
「イムセアは比較的強い魔導師だが、王宮魔導師になるには紙一重なにかが足りない。だから
ヴェニテはそして、床に片膝をつき、ヨエルに抱かれたままの私に銀の指輪を差し出した。
「星読みのお嬢さん、私とイムセアのせいで、君にはあまりにも恐ろしい思いをさせてしまった。本当に申し訳ないことをした。私の心からの詫びにこれを受け取ってほしい。王宮星見だった私の祖母のものだ。
彼女は幼い私にこう言った。おまえの子は辺境の星読み娘に命を救われるだろう。彼女は
私は戸惑い、ヨエルを見る。空色の眼はどこまでも優しい。再びヴェニテを見た私は、恐る恐る手を差し出した。ヴェニテは私の手を取り、細かな宝石をぐるりと巡らせた
「雷龍の鱗、雪虎の水晶、千年すみれの朝露、新月の焔、夕陽の雫……どれも小さいが本物だ。祖母を守ってくれたように、君のことも守るだろう」
ヴェニテの向こう、ヨエルの寝台の上には、傷付いたイムセアが
今や私には彼に殺された十七人の私の記憶があり、若く美しい彼が繰り返し私を殺しに来るたびに凄惨な表情になっていったことも、記憶を繋ぎ合わせて知っている。身体を棄てて魂だけになったにも関わらず、最後の
魔導師の存在も知らないまま、何も分からず殺されることは想像を遥かに越えて恐ろしい経験だったけれど、今やその恐怖よりも悲しみや憐れみが強い。
イムセア、あなたはこんなことをする必要はなかったのに。
どんなにヨエルが憎かろうと、そのために自分の命を危険に晒すことはなかったのに。
また目覚める時が来るかどうか、それはまだ分からないとのことだった。
王都からの従者たちにイムセアを運ばせて、別れ際、ヴェニテは指輪を嵌めた私の手を再び取って自分の額に押し当てた。それからヨエルに握手を求めた。
涙はないけれど、心は泣いているようだった。悲しみからではなく、自分の
ごきげんよう、王宮魔導師ヴェニテ。あなたの糸の先にも、喜ばしいことはきっとある。どうか、その糸を手放さないで。
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