―星を読まない娘―

 イムセアのことは、辺境の弱小な星読み一族の出来損ないに生まれた私ですら知っていた。国王陛下に直接お仕えする王宮魔導師たちの中でも実力者と言われる探す者ヴェニテ、その長子が誇る者イムセアだ。

 しかし、父ヴェニテは彼を『果ての夢エイオス』へ送り出していない。王宮魔導師に選ばれるためには記憶と力のすべてが一旦封じられる果ての夢エイオスの中へ行き、そこで己の力を示して無事還って来なければならないのだが、どうやらヴェニテは息子イムセアをその試練に出したくないらしいという噂だった。

 白の魔導師イムセア。彼は文武にすぐれ高潔で、王宮魔導師を目指すことを公言してはばからない誇り高き御曹司だという。

 それが突然私の目の前に現れるなどと、誰が予想しただろう。


「貧相な田舎娘だな」


 最初の言葉がそれだった。私だって自分の見てくれがよくないことくらい知っているが、王都に生まれ育った上流階級から見れば、言わずにいられないくらい田舎くさく見えるのだろうな、と思った。イムセアの美しい顔にあらわれたさげすみの眼差しも、私にとっては見慣れたもの。星読みを生業なりわいにする家に星読みの力を持たずに生まれた私は、出来損ないの娘としてこれまでの人生をずっと、家族の全員から蔑まれて生きてきたからだ。

 けれども、次の言葉は予想外のもので、驚いた。


■■■黒狼の恋人というのは、おまえのことか」


 ほおから額から、耳の先、首筋まで、かあっと熱を持って赤くなるのが分かった。イムセアは更に嫌そうな顔をして、立派な虹水晶のついた杖をトンと地面に突き直した。


せんの者の好みは分からんな。もっと美しくひいでた娘は幾らでもいようものを。

 ……まあどうでもよい。おまえには死んでもらう」


 虹水晶に輝きがともる。ぞっ、と背中が震えた。

 私は自分の生まれを心から悲しく思う。

 星を読めないとはこういうことだ。どんな重大なことも予測できない。自分の命に関わることさえ。そして恐らくは、世界でたった一人の大切な人に危機が迫ることさえも。


「あなたは、■■■黒狼に何かする気なの……?」


「何かと言うほどのものでもない。あれはそもそも生まれてくるべきではなかったゆえ、本来の状態に戻ってもらう。この世から消す」


「どうして――」


 あの人が何をしたっていうんだろう。

 王都に関わりもない辺境魔導師の■■■黒狼を、王宮魔導師の息子がなぜわざわざ殺しに来るの?

 けれども白の魔導師は、氷のような淡青うすあおの両眼に蔑みと憎しみを宿して、それ以上何も言わなかった。

 ただ、立派な杖の虹水晶が禍々まがまがしく輝いて。

 それきり私は意識を失った。




 眠ったまま、暗い暗い空を見ていた気がする。


 無限に思えるほどの虚空の中を、私はちていく。

 私の上下左右を、外天の星が飛び去っていく。


 

 それは何だ?


 遠い過去、この道で何人もの魔導師たちが、それぞれの眼差しで星を見ている。


 通り過ぎた人々。

 ほとんどは、還って来なかった人々。


 より強い魔導師の力を求めて果ての夢エイオスおもむき、そこで己としての記憶を取り戻せずに、無力な人間として死んだのであろう人たちだ。



 ああそうか、

 私は。

 イムセアによって、

 果ての夢エイオスに送られたのか。

 ならば。

 魔導師たちの群れのいただきを目指すような魔導師ですら、その大多数が還って来られないような場所に送られたのならば。

 私も彼らのように記憶を失い、

 彼らのように眠りから覚められず記憶を取り戻せず、

 恐らくは、



 ――もう、には戻れない。



 ■■■黒狼

 逃げて。

 あなただけでもどうか、無事でいて。




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