白い魔法使い
このタイミングで自分の気が狂う、という可能性は全く想定していなかったので、私は私なりに混乱した。
幻覚としか思えないものを私は見ている。
大きな掃き出し窓をぶち破って、ソシャゲ(スマホ持ってないからやったことないけど)の白い魔法使いみたいな美少年が居間に上がり込み、立っている。土足で。
年の頃は私と同じくらいだろうか。淡い金色の真っ直ぐな金髪は背の半ばまで伸び、同じ色の
金糸の
何だか病的に青白いものの、全体にはソシャゲ(前述)やラノベ(みちるが飽きて納戸に積んだものしか読んだことはないが)に出てくる『
それが、男ものにしてはヒールの高いグレイの革のロングブーツのまま、民家のリビングに不法侵入している。長い杖をついたフローリングの床もたぶん傷がついている。
ええ。どういう状況なんだろう。
伯父さん伯母さんが帰ってきたら何て説明すればいいんだろう。どうせ私の言うことなんか信じやしない。そしたらこの傷付いた床と土足の足跡、何より全面的に割れまくった掃き出し窓のことを何て言えばいいんだろう。
これはさすがに、犬がどんなに
次の瞬間、あ、違うな、と思った。
伯父さん伯母さんが帰って来てこのリビングを見て私が殴られる。そんな時間はない。
全身が震える。私は今、はっきりと感じる。
殺意だ。
この幽霊のような魔法使いは私を殺す気なのだ。今、ここで。
殺気を放つ魔法使いは同時に、青白い顔にひどく
魔法使いはその表情のまま言った。
「答えろ。黒い狼を見たか」
黒い狼?
狼なんて知らない。
私の側にいる犬は、
……犬は。
犬は何色だったか?
あれは本当に犬だったか?
答えろ、と白い魔法使いは繰り返す。黒い狼はどこだ、と。
ではこの人は、黒い狼を追っている?
それは私のあの犬のこと?
毎晩撫でていた、犬の温かな毛並み。
私に寄り添って眠らせてくれる、あの優しい犬。
豆電球しかない薄暗い納戸の中に溶け込むように、いつも静かにそこにいた。
いつからいた?
私は一体いつからあの犬といた?
私にしか見えない犬と。
それに、よくよく思い出してみると、犬の色は。
目を閉じた時よりも暗く、抵抗なく眠りに誘う、
――最も暗い、夜の色。
ぐらりと揺れる世界の中、白い魔法使いの声が追ってくる。
「言え。あの浅ましい黒狼はどこにいる。
言わなければ殺す。二度と
十七人。
これまでに死んだ中学三年生の数と同じ。
――二度と甦らないように。
ああ、それで死後に遺体を傷付けたのか。
魂は、離れた時と違う傷のある身体には戻れないから。
それに、
私、この人の声を、知っている。
そう思った瞬間、私と白い魔法使いの間に真っ黒な影が飛び込んできた。
犬。
私が犬と思っていたもの。
私に背を向け白の魔法使いに向かって唸りをあげる、それ。
「自分から来たか、野良犬めが。いいだろう、かえって手間が省ける。二人まとめて消してやる」
「キアを殺させはしない。思い上がるな、イムセア」
――イムセア。
そう、私は知っている。
この白い魔導師イムセアに会ったことがある。
そして、黒い狼にも。
黒い狼。
くろい、おおかみ。
何か違う。
ことばが違う。
音が違う。
私が思い出すべき名は、そうではない。
何か思い出しかける。
その時、白の魔導師が片手を上げて、逆の手に持った杖の虹水晶から空色の光を引き出した。輝くリボンの束のように伸びて波打ったその光は見る間に泡立って不可思議な文字と図形になり、次の瞬間、矢のように放たれて黒い狼に向かう。
狼はそれを避けず、四肢で地面をしっかり踏みしめて頭をやや低くする。すると床のフローリングの上に透き通った銀色の図形が回転しながら
その時には白の魔導師は次の矢を
黒い狼はしなやかに跳ね上がると、空中にまた銀の盾を生み出し、矢は
高位の魔導師が使うという無詠唱魔法だ。
彼はそんな魔導師だったか?
……私は今、何と?
彼とは誰?
王宮魔導師とは何?
私の頭から引き出された言葉。それは一体どこから来た?
私は何を知っている?
いや、
違う、
そうではない、
私は、
私は誰?
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