八十五段 すなほならねば
【徒然草 八十五段 原文】
人の心すなほならねば、
狂人の真似とて
【本文】
吉田中学校一のイケメンと言えば林宗一郎。これは誰もが認める事実だ。しかし、一番女子生徒にモテるのは誰かと言ったら別の名前が挙がる。
他でもない、隣を歩いている三年生、生徒会長の
俺の委員会の担当は生徒会だ。と言うのも、筋トレ部兼ダイエット部は試合や大会も無く他校との繋がりもないから他の部活顧問の先生より仕事が少ない。なので委員会は仕事量の多い生徒会の顧問を願い出てやらせてもらっているのだ。
今は文化祭を週末に控え、体育館の席の配置などの確認を終えて大路と二人で生徒会の会議室として使用している視聴覚室へと歩いていた。
今回の文化祭の準備でもそうだが、生徒会ではいつも大路に助けてもらっている。なんせこいつは超がつくほど優秀なのだ。お祖父さんがテレビでもよく見る有名な政治家で、大路自身も政治家を目指しているらしい。成績はこの学校どころか全国的に見ても上の方だ。天は三物までは与えなかったようで運動は得意ではなく美術や音楽などの才能もないが、学力と容姿はぶっちぎりでナンバーワンである。
さて、その容姿。
名は体を表すと言うが、正に王子そのものだ。
もうね、キッラキラ。
耳が完全に隠れるほどの長さの髪もサッラサラで、今だって並んで歩いていると自分がどれだけ汚らわしいかよくわかる。俺もイケメン寄りだとは思うのだが、大路を見てるとホント、神様は不公平だなあと思うのだ。ライダー俳優っぽい林宗一郎に対し、大路はジャニーズアイドルといった感じだ。身長も一七〇と高く、体は細く華奢だがそれが耽美な雰囲気を醸し出している。
そして王子なのは見た目だけじゃない。
仕草、話し方、立ち振舞い。その一つ一つも王子様のように優雅で洗練されている。やはり育ちがいいのだろう。
「む、寒くなってきたか。すっかり秋だな。陽が傾くと一気に冷える」
わざとらしいまでの特徴的な殿下喋りでそう呟くと、腰に巻いてあったジャージの上をバサッと羽織る。ただジャージを着ただけなんだが、それでも絵になるのが大路だ。
大路は常にジャージである。入学式などの式典では当然制服を着ているが、普段はいつもジャージ姿しか見せない。あまり制服が好きではないようで、校則でも制服じゃなくて体操服やジャージで授業を受けてもいいとなっているし、それに超優秀な大路には教師陣も何も言えないのだ。
「大路先輩!」
二年の女子生徒数名が嬉しそうに駆け寄って来た。
大路と一緒にいるとやたら女子に声を掛けられる。ラノベなんかでよくあるイケメンキャラの親友ポジ主人公になった気分だ。く、悔しくなんかないんだからねっ!
「おや子猫ちゃん達。部活じゃないのかい?」
キラッ☆と効果音がつきそうな王子スマイルで女子生徒の心を鷲掴みにする。自然に「子猫ちゃん」と出るのだから俺はもう降参だ。俺もキザな方だと思うがここまで自然にはカッコつけられない。
「文化祭の準備で今日から本番まで部活はお休みなんです。今日選択授業の家庭科でカップケーキ作ったんです。良かったら食べてください!」
「ありがとう子猫ちゃん。美味しそうなケーキだ、ありがとう。後でいただくとしよう」
可愛らしく包装されたカップケーキを受け取ると、大路の笑顔は更に輝きを増し、そっと女子生徒の頭を撫でた。
「は、はわわ……」
女子生徒は顔を真っ赤にして固まってしまった。俺があれを真似したら通報だろうな。俺もイケメンの部類だとは思うが(ry
「大路、行くぞ」
「ああ、了解だ卜部先生。まだ生徒会の仕事が残っていてね。すまないが失礼するよ。ありがとう」
最後にとどめの投げキッスをぶん投げて歩き出した。女子生徒からはキャーキャーと黄色い歓声が上がり、俺はそっと神を憎む。く、悔しくなんかないんだからねっ!
本当だ。全く悔しくないのだ。
大路は胸の前で腕を組んで歩く。大体いつもそうだ。恐らく、最近目立つようになってきた胸のふくらみを隠そうとしているのではないか。そう、大路の胸には夢と希望がある。
隣で大路の圧倒的モテ力を見せつけられても全く悔しくないのは、彼女が女性だからだ。
そう、"吉中の絶対王子"こと三年一組出席番号十七番、
『徒然ww 八十五段 すなほならねば』
視聴覚室にて。生徒会メンバー全員で長机を囲み文化祭に向けての最終確認をする。
「遥、衣装の直しは終わっているだろうか?」
大路が書記である
毎年、うちの文化祭ではオープニングアクトとして生徒会で演し物をする。今年は「シンデレラ」を演じる事になった。
シンデレラ役は俺だ。
待って。怒らないで。話を最後まで聴いて。
シンデレラはこういう文化祭とかにはちょうどいい。継母達の嫌がらせにかこつけて俺に意地悪が出来るし、舞踏会では俺の女装姿を皆で笑い者にするのだ。
つまり、普段敬うべき教師をこの際に無礼講としていじり倒そう、そういう訳である。そして女子生徒へのサービスとして王子役は勿論大路だ。シンデレラへの壁ドンなんかも脚本に入っている。
「すいません。まだサイズ調整が終わってなくて。でも本番には間に合わせますから」
シンデレラと王子の衣装は中根が一人で作っている。中根の夢はデザイナーらしく、自分から志願してきたのだ。確かに先日仮縫いで持ってきた衣装はサイズが少しキツく直しが必要だったが素晴らしい出来だった。胸元が大きく開いたドレスはさぞかし笑いが取れる事だろう。俺も伊達に鍛えてはいない。体には自信がある。
「ああ、間に合えばそれでいいんだ。むしろ大変な仕事を遥一人に負担させてしまってすまない」
「いえ、私がやりたくてやってる事だから、任せてください。生徒会長の最後の仕事、お手伝いさせてください」
文化祭を最後に生徒会は代替わりをする。三年生にとってはこれが生徒会としての最後の行事なのだ。
「年が明けたらあっという間に卒業だな。大路、お前志望校って決まってるのか?」
「T高校を志望しているのだが、先生には考え直せと言われている」
T高校。偏差値七十六の県内トップの進学校だ。大路の学力ならどこでも余裕だろう。問題なのはそこじゃない。
「え? 先輩の成績でも難しい高校があるんですか?」
男子校だからな。
「お祖父様の母校だから是非行きたいのだが、生憎男子校なんだ。しかしお祖父様から口添えして貰えば来年度から共学に出来るのではないかと考えている」
志が高い! 諦めずに打開策を見付けようとするその姿勢は立派だが、教育委員会からすればたまったもんじゃない。
コンコン。
「失礼します。サッカー部の林です」
サッカー部のエースにしてキャプテン、林がドアを開けて入ってきた。
文化祭では近隣の小学六年生を対象に部活動体験を行う。入学前に来年度の新入生に少しでも中学の雰囲気を味わってもらう為だ。林はその企画書を持ってきたらしい。
「ギリギリになってしまい申し訳ありません大路先輩。内容は以前話した通り、ストラックアウトをやります」
「構わんよ林。すぐに目を通そう。書類をくれるか」
「お手数おかけします。どうぞ」
大路は立ち上がり手を伸ばした。やっぱりこの二人が並ぶと壮観だな。腐女子が見たら大喜びだろう。
「ああ。……わっ!」
書類を受け取る際に大路の指が林の手に触れてしまったらしい。大路は大袈裟なリアクションで慌てふためく。
「すすすすす、すまない林。触ってしまった」
「いえ、別にかまいませんけど……大路先輩?」
顔を真っ赤にして早口で謝る大路を心配したのか、その顔を下から覗きこんだ。林の方がちょっとだけ背が低い。
「ななな、何でもない。大丈夫だ」
耳まで真っ赤に染めたまま、椅子に座り直すと書類をチェックする。やがて承認の判子を押して林に返却した。林はそれを受け取ると頭を下げて視聴覚室を出ていく。
大路は赤い顔のまま。
「大路」
俺が声を掛けるとビクッと体を震わせる。
「ひょっとして照れてるのか?」
「だだだって! あんなイケメンに触ったらドキドキするに決まってるじゃない! 顔なんてすごい近くて、鼻がぶつかりそうだったのよ?」
「のよ?」
「――! ち、違う! 柄にもなく取り乱してしまった。忘れてくれ」
大路は精一杯取り繕うが後の祭りである。
「なあ大路。お前の王子キャラ、作ってるんじゃないか? 無理してないか?」
「な、何を言っているのかわからないな卜部先生」
大路は否定する。それに反論したのは中根だった。
「先輩はずっと演技してるんです。私、休みの日は一緒に遊んだりして貰ってるんですけど、クレープとかマカロンとか大好きだし、本当は可愛いものが大好きなんです」
「嘘を言うな遥! む、もうこんな時間か。悪いが家庭教師が来る日なんだ。失礼する。解散!」
大路は逃げるようにして視聴覚室を飛び出していった。
「先輩、私と二人きりだとあんな話し方じゃなくて普通の女の子なんです。でも周りから王子王子って言われて。期待されると裏切れない人だからキャラを作って成りきってるんです」
「ひょっとして制服を着ないのもそんな理由か?」
「セーラー服着てるとショックだ、って昔言われたらしいんです。私服もいつ学校の人に会うかわからないからパンツルックばかりで。本当はフリフリのスカートとか好きなのに」
なるほど。女子生徒から求められるがままに王子役をリアルで演じていると。
慣れない生徒会の顧問を何とかやってこれたのも大路が生徒会長としていてくれたお陰だ。しかしそれで大路が無理をしていたら意味がない。生徒にはありのままの自分で過ごして欲しい。
「中根、衣装ってまだサイズ調整出来るんだよな?」
「え? 出来ますけど、どうしてですか?」
中根の問いに、俺はニヤッと笑ったのだった。
文化祭当日。
体育館では全校生徒が生徒会の劇の開演を待っていた。
俺もみすぼらしいツギハギだらけのメイド服に身を包みカツラを被って準備万端だ。
ブザーが鳴り、幕が上がる。
汚い俺の女装姿に早速笑い声が聞こえてくる。
「シンデレラ! ちょっとシンデレラ!」
「何でしょうお母さま」
継母役の中根は実に楽しそうだ。担任の先生に命令出来る場面なんてないからな。
「一発ギャグをやりなさい!」
マジか。
この継母や義姉からの嫌がらせは全てアドリブだ。
まさか全校生徒の前で一発ギャグとは……。
興奮してきた。
いきなりこんな罰ゲームを要求してくるとはドM冥利に尽きるというものだ。
舞台中央に移動し、スカートを捲って芸人の真似をする。
「ちょっとだけよ~」
全くウケなかった。
死にたい。
その後は大惨事を避けるためか、比較的ライトな嫌がらせだった。生徒を背中に乗せて腕立てをしろとかそういうの。
そして劇は進み、魔女がシンデレラに魔法をかけ、舞台が暗転する。
作戦開始である。
「ん? 何だ! 何をする!」
生徒会の女子メンバーが大路を取り囲んだ。
中根達が王子の衣装を着てスタンバイしていた大路を拘束し、衣装を着替えさせる。脱がせた王子の衣装を受け取って、それを舞台袖に待機していたイケメンに渡した。
その間に大路の変身が完了する。
「先生! もういいですよ! 着替えとカツラ出来ました!」
中根の言葉に振り返ると、そこには恥ずかしそうな表情のプリンセスがいた。
水色のドレスに長い金髪のカツラ。
やはり美形だからちゃんと女の子の格好も似合う。というか、これを見ても王子だなんて言う奴はいないだろう。
名は体を表すと言うが、まさしく真のお姫様そのものだった。
舞台に明かりが戻り、俺は大路の背中を押して舞台へと出してやる。
今まで見た事もない生徒会長の美しいドレス姿に客席はどよめいた。
「あれ大路か?」
「うわっ、超好みなんだけど!」
「先輩キレイ……」
「な……? 何だこれは。どうして私がこんな格好に」
舞台の上で戸惑う大路。たまらず下手へ下がろうとするが、舞台袖から現れた王子と向かい合い足を止める。
「シンデレラ。僕と一緒に踊ってくれますか?」
王子ルックの林が膝をついて手を差し伸べる。
最初、俺が王子役をやろうと言ったのだが二秒で却下。せっかくだから林君に頼んでみますと中根が決めてしまった。解せぬ。
突然のダンスの誘いに躊躇う大路だったが、ムーディーな曲が流れ林が強引に大路の手を取って踊り始める。
大路は顔を真っ赤にして下を向いて踊った。曲が終わり、再度林が膝をつく。
「大路先輩。今まで生徒会長の大任お疲れさまでした。お礼に何でも先輩の願いを叶えたいと思うのですが、何がよろしいでしょうか?」
「ね、願い?」
「はい。何でも言ってください」
「な、何でもいいのか?」
「構いません」
いつも通り胸の前で腕を組み、目を泳がせて恥ながらずかしそうに大路は言った。
「わ、私をお、女の子扱いして欲しい……王子ではなく、普通の女子生徒として接して欲しいのだ」
「学校生活を女子として過ごしたいと?」
「そ、そうだ。今更な望みとは思うが……」
「わかりました。仰せの通りに」
林は立ち上がり腰の剣を抜くと大路に振り抜き斬る真似をした。何でも出来るなあいつは。
「これにて絶対王子は死んだ! 生徒諸君! 生徒会長の王子の演技は今を持って終わりとする! これからは姫として扱うように!」
幕が降り、拍手が会場を包む。
「会長ありがとー!」
「真姫ちゃんカワイイー!」
そんな声が舞台袖にも届いた。こうして全校生徒に大路の願いは受け入れられたのだった。
翌週、廊下で大路とすれ違った。ジャージ姿ではなくセーラー服を着ている。とてもよく似合っていた。
「卜部先生。志望校だが、やはりS高校にしようと思うのだ」
ガラッとは変えられないのか、相変わらずの殿下喋りで腕は組んだままだったけど、もう王子には見えなかった。
「S高校? 偏差値はT高校より一段下がるけどいいのか?」
まあ、大路なら正直高校がどこであれ望みの大学には行けるだろうけど。
「S高校は……制服が可愛いんだ」
そう言ってお姫様は頬を掻いて笑った。
【徒然草 八十五段 現代訳】
人の心は素直とは程遠く、嘘偽りにまみれている。しかし、生まれながらに素直な人がいないとも言い切れない。心が汚れている人は自分より優れている人を妬むのが世の常だ。汚れているを通り越して心が腐りきっている人は優秀な人を批判しだしたりする。「強欲で小銭には目もくれずに突拍子もないような与太話で世間を掻き回す」などとそれこそ根も葉もない事を言い出す。愚かな人は秀でた人のやっていることが全く理解できないから馬鹿にするしか出来ないのだ。こういう輩は一生自らの愚かさに気付かない。目先の欲にとらわれるばかりで、「馬鹿は死んでも治らない」のだ。
狂人を見て、その狂人と同じような奇抜な格好で
この馬は
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