★三段 万にいみじくとも

【徒然草 三段 原文】


 よろづにいみじくとも、色好まざらん男は、いとさうざうしく、玉のさかづきそこなき心地ぞすべき。


 露霜にしほたれて、所定めずまどひ歩き、親の諫め、世のそしりをつゝむに心の暇なく、あふさきるさに思ひ乱れ、さるは、独り寝がちに、まどろむ夜なきこそをかしけれ。


 さりとて、ひたすらたはれたる方かたにはあらで、女にたやすからず思はれんこそ、あらまほしかるべきわざなれ。




【本文】


 近年、若者の性に対する興味が少なくなってきているという。

 いわゆる草食系って奴だ。

 大学生なんかでもHしないっていうカップルも多いらしい。

 ありえんな。

 俺は毎日でもしたい。

 いや実際、疲れてる時とかはキツいかもしれないが、好きな人と両想いなら毎日寄り添って寝たいものだ。

 ちなみに俺が個人的に草食系男子の事を「ベジタリダン」と呼び始めて数年、全く流行らないのでどうか皆の力で「ベジタリ男」を流行らせて欲しい。ここでは草食系男子をベジタリ男と呼ぶ事にする。

 何故、唐突にこんな話をしたのかというと、急に性教育の授業をする羽目になったのだ。男子の体育の担当の先生が身内の不幸で休まれたので、代わりに今日の体育の時間を俺が見る事になった。せっかく生徒と年齢が近いんだから性教育をしてください、といつもの校長の無茶振りである。

 はあ、困ったな。何を話そうか。今時の中学生も世間に漏れず、みんなベジタリ男なのかな。



 『徒然ww 三段  よろづにいみじくとも』



「きりーつ。れい。ちゃくせき」


「みんな聞いてるな? 今日は俺が保健体育の授業をやる事になったからよろしく頼む」


 特別授業、と言ってもまだ何も考えてないんだよな。どうしよう。


「あれ? 五組の神谷は? 今日休みか?」


 うちの学校では体育は男子と女子に別れており、一組と二組と三組をまとめて一つ、四組と五組をまとめて一つのクラスとして授業を行っている。

 今回の性教育は四組と五組の男子が対象だ。しかし五組の神谷公誠かみやこうせいの姿がない。


「すいません、保健室に行ってて遅れましたー」


 ガラガラッ、と教室の扉が開き神谷が謝罪の言葉と共に入ってきた。頬を保冷剤で冷やしている。


「大丈夫か? 頬っぺたどうしたんだ?」


 蜂にでも刺されたのかと思ったが、意外な答えが返ってきた。

 なんと、女子から思いっきりビンタを貰ったらしいのだ。

 体操着への着替えを、男子は四組の教室で、女子は五組の教室で行う。今日は男子は座学だから着替えは女子だけだ。

 期末テストの勉強を明け方近くまでやっていて寝不足の神谷は、前の授業の終わりから机に突っ伏して寝ていたそうだ。女子達は神谷に気付かずに着替え始め、目を覚ますと周囲には着替え中の女子達。下着姿の女子に驚き声をあげたところ、すぐ側で着替えていた潮田桃しおたももにビンタされたという。


「俺悪くないよね? 潮田のやつ思いっきり叩きやがって」


 悪くない、とは言い切れないがわざとではないのだからビンタはやりすぎだと思う。

 しかし女の子の裸が見れたのだからビンタの一発や二発安いものだ。むしろ俺ぐらいになるとビンタ自体がご褒美である。


「まあまあ。向こうも裸を見られた訳だし、それで手打ちだ。叩かれたけど良かったじゃないか、夢にまで見た女の子の胸が見られたんだから」


「は? 全然嬉しくないし。おっぱいとか興味ねーもん」


 は?

 おっぱいって人生じゃないの?

 興味ないの?

 

「またまた。そんな事言って帰ったら抜くんだろ?」


「え? 抜くって何を?」


 神谷は首を捻ってキョトンとしている。


 マジか。


「抜くって言ったら、ほら、オナニーの事だよ」


「オ、オナニー?! 何言い出すんだよ先生! そんなのする訳ねーじゃん!」


 マジか。

 ベジタリ男にも程があるぞ。

 こいつは調査する必要があるな。


「えーと、先生から質問です。オナニーした事ある人は手を挙げてください」


 挙手をしたのは二人。三十七人中のわずか二人である。

 二人のうちの一人は五組の超イケメン、林宗一郎はやしそういちろうだ。若手俳優のような顔立ちで背も高い。

 更に二年生ながらサッカー部のエースで、成績も毎回学年十番以内というハイスペックである。

 その涼しげな目元は他の生徒には無い男の色気を感じさせる。やっぱり男は多少エロくないと魅力的じゃない。艶っぽさというモノはエロくないと出てこないものだ。


「よし、今日の授業のテーマはこれだ」


 カッカッカッと勢いよくチョークを黒板に殴り付けて大きくテーマを書いた。


 【男子中学生と健全なエロ】


 卜部先生の特別授業を始めようじゃないか。


「俺が中学生の頃は目に映るもの全てがエロく見えたもんだ」


 中学時代、どれだけ日々俺が悶々としていたかを説いていく。そして、それが普通なのだと。

 公民の授業で何気なく出てきた「女性上位の社会への変化」という言葉だけで一週間は抜けた。

 マガジンやサンデーの水着グラビアで普通に抜けた。

 そもそもオカズなんて無くて良かった。脳内妄想だけで十分だった。


「オナニーしろと言っている訳じゃない。ただな、おっぱいに興味がないなんてハッキリ言えちゃうのはヤバい」


 このまま行けば間違いなく日本の出生率は右肩下がりだ。ここで俺が食い止めなければならない。

 俺は必死にエロの魅力について力説する。

 そして授業は進み、ラッキースケベを自分から掴みに行く心構えを伝授する。


「いいか? ラッキースケベは待つもんじゃないぞ。自分から起こしに行くもんだ」


 例えば掃除の時間。俺は胸の大きい女子にちり取りを持たせ屈んでもらい、ほうきでゴミを掃き入れながら開いた胸元の隙間を覗いていた。

 例えば夏の暑い日。マスクをして風邪をひいた振りをして登校、教室の冷房を止めさせてダラダラと汗をかかせ、濡れて透ける下着の線を脳みそに焼き付けていた。


「これぐらいの事は普通だからな」


「いやいや先生、正直俺らドン引きなんだけど。先生の性欲が異常だと思う」


 そんな事はない。

 確かに学生の頃、性欲モンスターとあだ名された事もあるがそんな事はない。俺がスタンダードなはず…あれ?段々自信が無くなってきたぞ。肉食系の林に助けを求める。


「林。お前は何をオカズにしてるんだ?」


「え? それは……好きな人の事を想って……」


 林は妄想派らしい。うんうん、わかる。妄想だけで高校までイケる。


「そうか。好きな人ってこの学校にいるのか?」


 林のスペックなら告白すれば余裕だろう。付き合いたいとは思わないのだろうか。


「はい……えっと、今、この教室にいます」


 は?

 マジか。

 いや、今時、同性愛も珍しい事ではない。出生率には寄与しないが俺は応援するよ。


「そっか、うん、先生は否定しないぞ。応援する。林みたいなイケメンに惚れられたならそいつも名誉な事だよな」


「本当ですかっ?!」


 ガタンッ! と机に勢いよく手をついて身を乗り出す林。


「ああ、好きって気持ちは自分じゃどうしようもないからな」


「はい、先生の事を想うと毎晩どうしようもなくなって手が止まらないんです」


 は?


「は?」


 頬を紅潮させ、瞳を潤ませ、顎をひき上目遣いで俺を熱っぽく見つめる。その表情はたまらなく艶やかだ。


「先生っ、僕っ、ずっと先生の事が……」


 アッー!!






 放課後。

 椅子の背もたれに体を目一杯預けて伸びをする。

 傾き始めた太陽の赤が教室を窓の形に切り抜く。俺の心も切り抜いてくれればいいのに、なんてセンチメンタルな事を思ったりするほどに俺は疲れきっていた。

 はあ。

 とんでもない授業だったな。

 明日からの五組の授業を一体どんな顔でやればいいというのだ。

 はぁ。

 廊下に目をやると、腕一杯に段ボール箱を抱えて辛そうに歩く女生徒の姿。今日話題にのぼった五組の潮田だ。

 荷物を持ってやろうと椅子から立ち上がるが、俺が近づく前に段ボール箱を奪い取る男子生徒が一人。

 神谷である。

 二人は並んで、ゆっくりとしたペースで歩き出した。

 俺は尾行を開始し聞き耳を立てる。


「あ、ありがと神谷」


「いいよ。それより今日は悪かったな。わざとじゃないんだ、許してくれ」


 神谷はぶっきらぼうに謝った。何でもないような顔をしているが内心は緊張しているに違いない。


「うん、わかってる。私の方こそごめんね。つい叩いちゃって。まだ痛い?」


「ううん、もう平気」


「ほんとごめん。大体、私の貧相な体なんて見ても嬉しくとも何とも……」

「そんな事ないよ」


「え?」


「綺麗だった」


「っ!」


 これ以上は野暮か。すでにしっかりデバガメした後で今更だが、二人からそっと距離を取る。


 なんだ神谷の奴、やるじゃないか。興味ないとか言ってたのに。


 そう言えば、ベジタリアンの人達って花を食べる人も多いらしい。

 そうならば、何も心配いらないのかもしれない。

 今はまだベジタリ男の彼らでも、そのうちきっととりこになるはずだから。


 恋咲く花の、味の虜に。




【徒然草 三段 現代訳】


 ハイスペックな超絶イケメンでもHじゃない男は、ビー玉の入ってないラムネ瓶の様に無価値でナンセンスだ。

 

 挙動不審に見られ、親や世間に心配されるほどに悶々とした夜を繰り返すのは何も恥ずかしい事ではない。もしろ男に生まれたからには誇らしく素晴らしい事である。

 しかし、あまりにがっついて女の子に身構えられてもいけない。普段は紳士の様に振る舞い、時々獣になることがコツなのだ。



 

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