第2話
私は、
芸能事務所でマネージャーをしている。
今担当しているのは、芸能界一のモテ男、俳優・皇如弥。
彼との毎日は、平凡な一般人の私には考えられないことの連続である。
しかし、数年行動を共にしていると、それも日常と化し、動じなくなってきている。まぁ、これが、マネージャーの真髄なのだろう。
マンションを出て向かった先は、今撮影中のドラマ『スクールライフ』の現場。初回放送から視聴率20%を記録する、大人気学園ドラマである。
如弥は、車を降りると別人に変わる。そこから、彼の芝居は始まっているのだ。
出迎えるスタッフやすれ違う警備員にまで満面の笑みで挨拶をする。たまにジョークなんかも飛ばしながら、周りを一気に明るく変える。
そりゃー、イケメンでこんなに人当たりも良ければモテるよな、と私は後ろでいつも思っている。
楽屋に入ると、如弥はまた無愛想にスマホをいじり始める。これが私にとってはいつもの光景なのだ。
すると、そこに扉をノックする音が響いた。
コンッコンッ
「失礼しまーす」
猫なで声の女の声、これは…
扉が開くと、そこには小さな女の子が立っていた。
黒髪ストレートのロングヘアにクリクリの瞳。清楚で可憐なお嬢さんのイメージで売り出し中の若手女優、
「おはよー鈴ちゃん、どしたのー?」
相手が共演者だと見極めるや否や、如弥スイッチはオンになり、如弥スマイル全開で少女を迎え入れた。
「あのー、この前のオフにー、友達と沖縄に行ってきたのでー、そのお土産なんですけどー。皆さんにお配りしててー」
と、後ろ手に隠していたお土産をおもむろに取り出した。出てきたのは、定番みやげ、ちんすこうを可愛くラッピングしてあるピンクの包み。このラッピングは如弥にだけなんだろうな、と私は瞬時に気が付いた。
「ありがとー!かわいいラッピング!鈴ちゃんがしてくれたのー?」
如弥もそれに気付いているので、即座に褒めた。女を落とすテクニック、その一である。
「はいー!ちょっと可愛くなりすぎちゃったんですけどー」
とは言いつつ、それに気付いてくれたことが嬉しくて、女の顔はにやけっぱなしである。
「そんなことないよー。わざわざラッピングしてくれて、俺、うれしいよー!」
と、言いつつ、目の前で開けようとすると、
「あっ!」
と、女は慌てた様子で制止した。
「開けるのは、あとにしてください!お願いします!」
そう言うと、妙に焦りつつ「失礼しましたー!」と、女は駆け足で去っていった。
あっけに取られていた如弥だったが、彼女が去ると止めていた手を動かし、そそくさと包みを開けた。
そこには、塩味のちんすこうが数個と、一枚の紙が入っていた。
「…ふーん、今どきこんな子いるんだ。ねー里佳ちゃん」
と言いながら如弥が私に見せてくれたその紙には、「よかったら連絡ください」という可愛い丸文字と共に、連絡先が書いてあった。
「確かに、直接聞いてくる子の方が増えましたからね。紙に書いてというのは、古風な感じがします」
私も思わず、最近の傾向と共に分析して意見をしてしまっていた。
「ねー、そーゆーとこも可愛いよねー。頑張って渡してくれたんだから、連絡しなきゃダメだよねー」
と、如弥はさっそくスマホを取り出し連絡先を登録していた。好意には応える、これが如弥なりの流儀なのである。
「にしても、清楚系で売り出してるのに、いいのかなぁ?結構大胆だから、将来が心配」
どの口が言うか!、と喉まで出そうになったが、必死に押さえた。
「事務所の方も大変でしょうね。売り出し中ともなると、有名な方とたくさんご一緒するでしょうから」
「そーそー。俺みたいなのに捕まったらホント大変だよねー」
つくづく、おめでたい男である。しかしそれでいて、今までスキャンダルがほぼゼロというのだから、よほど注意深く行動しているのだろう。本当に、世渡り上手と言うかなんと言うか。
そんなことを考えているところに、ノックの軽快な音がした。
コンコン
「はぁーい、ゆきちゃーん!」
入ってきたのは、長いブロンドヘアをお団子にまとめ、ヒラヒラのトップスに黒の細身パンツでスッキリまとめたスタイルの美人だった。
「あ、マリヤー!おはよー!」
そういうと如弥はその美人とハグを交わした。驚くべきことに、身長は如弥と変わらない長身なのである。
実は、この人は男。メイク担当の
「そーいえば、ゆきちゃんまたなんかした?鈴ちゃんとってもご機嫌だったけど」
入ってくるなり、マリヤさんが言った。先ほどまで、千崎鈴のメイクをしていたらしい。
「あー。連絡先をもらったから、お礼のメッセ送っただけだけど」
「それだ!嬉しそうな顔してスマホ見てたもん。もー、ゆきちゃん、新人にまで手ぇ出すつもり?」
とは言いつつ、顔はニヤニヤと笑いっぱなしである。
「俺から手ぇ出してないもーん。向こうが勝手にその気になるんだもーん」
「このー、ゆきちゃんの女ったらしー!じゃあ、あたしもいっちゃおっかなー?」
「それはマジでムリー」
「「あははははー!」」
と、お決まりのやり取りをしながら、大爆笑をするのだった。
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