if…
倉城みゐ
第1話
私は今、高級マンションの地下入り口に立っている。
かれこれ、30分以上。
「あの、まだかかりますか?」
しびれを切らし電話をしたものの、私を待たせている相手は、電話の向こうで慌てた素振りひとつ見せない。
「ごめんねー、あと…20分はかかるかなー?」
「し・ご・と!なんですよ!なんでもいいから早く降りてきてください!」
怒っても効かないのは百も承知で、一応急かせてみる。
「わかってるんだけどねー、まほぽんが、スッピンはイヤだーってゆーから」
そう、遅れている理由は本人ではないのだ。
一緒にいる女のせいなのである。
「まほぽんでもあほぽんでもいいですから!ほら、あと5分!」
「あー、そんなこと言ったら怒られるぞー、まほぽんに。ディスられるの嫌いなんだから、お姫様は」
実にのん気な返しである。
その奥で、ワントーン高い女の声が「おまたせー」と聞こえた。
「もう出ますね?すぐ降りてきてくださいよ?」
私は念を押して電話を切った。
数分後、一際目立つ、きらびやかな男女が玄関に姿を現した。
女の方は、
フワフワモコモコの白いコートに茶色い巻き髪。散々スッピンはイヤだと言っていた顔は大きなマスクでほとんど覆われてはいるが、スター感が溢れ出している。
そして、その隣にいるのが、先ほど電話していた男。身長180センチ、体重63キロ、切れ長の目にスッと通った鼻筋に白い肌とサラサラの黒髪。誰もが一度は恋したであろう王子様、モデル出身の俳優、
これが、私が今担当しているタレント、それて私は、そのマネージャーなのだ。
玄関を出るなり、女は男に飛びついた。
「あーん、離れたくないよー!ゆっきー…」
目の前でドラマでも撮影しているのだろうかと、普通の人ならビックリする光景だろう。
しかし、私は皇如弥のマネージャー。こんなことは日常茶飯事過ぎて、なんの感情も湧かない。この数年で無感動な人間になったな、とつくづく実感する。
「俺もだよー、まほぽん!終わったら、すぐ連絡するからねー!」
男は女を抱き寄せて、熱いキスを交わした。
ファンが見たら、神々しすぎる光景に、嫉妬心すら湧かないだろう。
一通りお別れの儀式を済ませると、女は名残惜しそうに、歩いてマンションを後にした。あちらはあちらで、表に車が待っているのだろう。
私は、見向きもされないことを前提に女に軽く一礼すると、男を連れて車へと向かった。
さっきまで、まほぽんに向かって眉尻を下げて寂しそうな顔をしていた如弥は、振り返ると真顔に直り、車に乗り込むや否や、スマホを取り出し、操作し始めた。
「よくやりますよね。本気でもない女に、どうしてそこまで出来るんですか?」
そのあまりの身のこなしに、私は思わずバックミラー越しに聞いてしまった。
すると、バックミラーを一瞥したあと、スマホに視線を戻しながら、
「だって、芸能界に入ったんだったら、とことん楽しまなきゃ。その為にこの仕事やってんでしょ」
と、平然と言うのだった。私のような普通の感覚の人間からは考えられない。これが、一流芸能人なのか。
「俺、一人も自分からいってないからね。来るもの拒まず、去るもの追わず、的な?その分、一緒にいる間は一番に考えてあげてる、つもり」
それが、あの行動に表れているわけか。私は妙に納得してしまった。
「あとは、勝手に嫌われて捨てられる。揉めて週刊誌にリークされてもメリットないからさ、俺は振らない」
確かに、聞く分には考えて行動しているようである。が、そもそもが間違っているような気もする。
「まぁ、くれぐれも、事務所に迷惑かからないようにしてくださいね」
「はーい」
一応釘を刺しておくと、顔も上げず、いい返事だけが返ってきた。
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