第19話 華の香り

 話し声が聞こえる。

「ーーーーーだから今、主を失う訳にはいかない。あの御方に渡す訳にはーー…。」

 紫淵の声?


「今は貴女を信じるわ。でも、もしオルムを裏切るのなら…。」

「解ってる。その時は抵抗もしない。私を破壊してーーーーー」


 意識がハッキリしない。

 夢かーーーーー


 身体のあちこちが痛い。

 自分の身体じゃないみたいに重い。


 離れた所から鼻につく鮮血の匂い。

 でも近くには柔らかな華の匂い。


 柔らかい感触。

 心地よい肌触り。


 あぁ俺は死んだのか?

 偉そう言ってトールに負けたのか?


 何だかそれすらどうでもよくなる様な気分だ。

「ずっとこうして居たいな…。」

 俺は思わず口に出した。


 温かく柔らかい。

 華の香り。


「主よ。そんなに気に入りましたか?ですが、まだ色々少々早いかと…。」

 紫淵の声が上から聞こえた。


 俺は目をゆっくり開けると霞む視界に俺の顔を覗き込む紫淵の姿が入った。


 その横には頬を膨らましたヘルも居た。


 段々意識がハッキリしてきた。

 俺はヘルヘイムの森で倒れている。

 柔らかい物を枕に。


 ーーーーー柔らかい?


「余り動かれるとくすぐったいのですが…。」

 紫淵は顔を赤らめている。


「いつまで堪能してるのよ!気が付いたなら早く退きなさいよ!」

 そう言うとヘルに突き飛ばされ俺は地面を転がった。


 どうやら俺は紫淵の膝枕で介抱されて居たらしい。

「え?あ…ごめん!」

 我に返り俺は顔が熱くなるのを感じた。


 ヘルは頬を膨らまし、そっぽを向く。


 紫淵は口元を隠し微笑んだ。


 ーーーーー魔剣国アザゼラーーーーー


 ルーン王は宙に浮かぶ鏡を観ながら笑みを浮かべた。

「ふむ…トールを見つけたと思ったら死んだか。奴の復讐心は使えると思ったんだが…所詮はただの魔剣士か。それにしても、ただの魔剣士と言っても魔神の手を着けたトールを倒すとは…。面白い。面白いぞ!早く俺の下までこい!オルム=ミドガルズよ!」


 ルーン王の笑い声が玉座の間に響いた。



 ーーーーー聖剣国ミカエラーーーーー


(あの者の力…危険ですね…。目覚めさせる訳には行きません。)

 王女は閉じていた目を開いた。

「ヴァナル。」


「はっ!」

 王女に名前を呼ばれヴァナルは跪く。


「今一度ヘルヘイムの森に向かい、オルム=ミドガルズという青年とヘル=カルマという少女を保護して下さい。彼等の力をアザゼラのルーン王に渡す訳には行きません。それに…。」

 王女は再び目を閉じた。

(オルム=ミドガルズの中に眠る力。あれを完全に封じなければ…。)

「さぁ行きなさいヴァナル。」


「畏まりました。ボザ様。」

 ヴァナルは深々と頭を下げると玉座の間を後にした。

 その兜の下では笑みが零れた。



「ほら。直ぐに会える。」






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