第5話 傷

 紫淵は構えを崩さずオルムを見据える。


「そんなに見つめるなよっと!」

 オルムの姿が揺れる。


 紫淵の髪が風に揺れる。

 紫淵は鞘から刀を引き抜くと後方へ向かい振り抜く。


「なっ…」

 紫淵の後ろで斬りかかろうとしていたオルムの首元に紫淵の刃が添えられた。


「そんなモノですか?」

 紫淵は冷たい瞳をオルムに向ける。

 オルムは距離を取り構え直す。


「では、こちらから行きますよ。」

 そう言うと紫淵はオルムの視界から消える。


(どこだ。右、左…上!)

 オルムは上を向き構える。


「残念。下です。」

 オルムが反応するより速く紫淵の刀の峰がオルムの顎を跳ね上がる。


「がっ…!!」

 オルムは衝撃で後ろへよろめく。

 口の中に血の味が広がる。

 顎に激痛が走る。


「チッ!」

 舌打ちをしながら、頭を振り意識を保とうとする。

 刹那。

 オルムの目の前に現れ、オルムの首元に刃を突き付ける。

「今の貴方は、ただの獣。殺気を振り撒き武器を振り回すだけ。貴方の殺気を抑え、ただ一閃に込めなければ私には届きませんよ。今までの貴方の冷静さに、今の貴方の殺気。それを使いこなせなければ、この先貴方は死にますよ。」


 紫淵は刀を仕舞いながらオルムに背を向ける。


 それから何度打ちのめされただろうかーーーーー


 腕は篭手をはらわれ痣だらけ。

 首筋には刃を添えられ、細かい傷。

 顎には初撃の鈍痛。


 口の中は血の味。


 しかしそんな状況なのに頭は、思考は冷静になってきている。

(闇雲に突っ込んでも駄目だ。相手を良く見ろ。)

 紫淵は未だ息一つ切らしていない。

(紫淵…強過ぎだろ。)

 俺は紫淵を見つめる。


「見てるだけでは意味がありませんよ?」

 紫淵は刀を鞘にしまったまま俺に突きを放つ。


 意識が遠のく。

 突きが遅く見える。

 剣先がゆっくり迫ってくる。


 俺は、弱い。

 昔の事に縛られ自分の力を恐れた。

 力を制御するのではなく、蓋をした。

 その時から俺は何一つ成長なんかしてない。


 もし俺に、あの時の力が使いこなせたなら。

 聖剣士クラスでも落ちこぼれと呼ばれず、友人と呼べる仲間が出来たのだろうか?


 しかし、いずれは記憶操作され殺し合わなければならない仲間なら。


「ならば、自分が死にますか?」

 紫淵が剣先を俺の目の前に突き付け、口を開く。

「そんな覚悟で、堕天の王になれる訳が無い。ならば、貴方を殺し次の主を待つ事にします。何十年、何百年、何千年待とうと私は待ち続けます。この世界を忌々しい呪縛から解放してくれる堕天の王を。」

 紫淵は刀を引き抜くと俺の心臓に向かい突きを放つ。

「さよなら。主よ。少しの時間でしたが貴方の優しさが、過ごした時間が私を…。」

 紫淵は優しい瞳で微笑みかける。


(死ねない…。)

 ドクンッ

(まだ、死ねない。)

 ドクンッ

「俺は…!まだ、死ねない!」

 オルムの持つ刀が淡い紫の光を放つ。

「まだ、世界どころか紫淵も何も救えてない!俺はあの時誓ったんだ。今まで誰かに必要とされた事なんて無かった。だから俺は紫淵の為なら、何でもやるって…堕天の王にだってなってやるって!!」

 刀が放つ紫の光がうねり、オルムの身体を取り巻く。


 紫のうねりはオルムの身体に収束していき黒く変色して行く。

「妖装束(ようしょうぞく)…まさか、主は深淵の…?」

 オルムは紫淵の突きに刀身を這わせる。


 刀身を滑らせ火花が散る。

 火花は紫色の光の粒になる。


 這わせた剣先をそのまま振り抜く。


「お見事です。主よ。」

 オルムは紫淵の方を向く。


「やはり貴方は世界の解放者…。」

 紫淵は血を吐きその場に糸の切れた人形の様に崩れ落ちる。


「紫淵!!」

 俺は崩れ落ちる紫淵を抱き留めた。


「案ずるな主よ。直ぐにまた会える…。」

 紫淵は微笑むと、腕の中で光の粒になり消えたーーーーー


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