其の陸 魅かれゆく彼方 

 やがて、俺たちは、互いのスケジュールを確認しあいながら出会っていく事となるのである。「世界越え」なんだか「保全システム」なんだかは良く解らないが、間に合わせた時刻に、相手の事と場所さえ念じたりすれば、割とスムーズに異世界(?)に出現できたりする点においては、それは非常に技術度の高い、優れた代物だった。光野リーンと共に先頭車両をSLに模した東海道線に乗り込めば、今日の俺たちは湘南県に向かい、俺の暮らす世界においては、大昔、売れに売れたビックバンドの大スターのボーカルの故郷、湘南県の県都、茅ヶ崎は、おしゃれなカフェやレストラン、雑貨屋などの看板が駅前から海岸にまで立ち並び、多くの人々が行き交う、ちょっとした大都会で、

「詳しくは知らないケド……」

 聞けば、光野は前置きはしながらも、こちらの世界でも、この街にはご当地生まれの大スターがいる事を口にし、その名は、俺の知るスターの名前と、ほとんどの点で似通っていたりしたものだった。


 ただ、はるかにある年の差の二人連れで、ましてや、異次元人同士(?)の会話と言えば、結局、そのほとんどが、夏の終わりに「老婆」が口にした気になる言葉たちの謎解きと、互いの世界の相似点と相違点の事ばかりだったのはやむを得ない事であり、すっかり秋の海となりつつあった砂浜を辿りながら、夏には「海の家」がいたる所に設置されて、こちらでも大いに盛り上がるという少女の説明に、

(…………)

 まるでどこにでもあるような夏のおまつり騒ぎを夢想しながら、俺は水平線の彼方をじっと見つめてみたりした。


 互いに趣味も性別も違うので、

「詳しくは知らないケド……」

 と、最早、光野は口ぐせのように前置きを続けていたが、例えば、流行ったアニメーションなんかも、タイトルが全く同じでも内容が微妙に異なったりしていたのだが、こちらの世界でも、日本が世界に繰り出すアニメ映画、J-POPなどのサブカルチャーは世界を席巻している様子であったりするのは、非常に興味深いものだった。


 どこにでもあるようなCDショップに立ち寄ってみると、

(…………)

 物色していけば、自分の好きなバンドと似たような名前であったり、全く同じでもあったりしたけど、試聴してみると、楽曲の歌詞やメロディーのどこか一つが違っていたし、瓜二つのメンバーのジャケット写真なのに、俺が知ってるそれとは、メンバーの一人が欠けていたりした。


 演歌もジャンルとして存在していたが、店の壁に張り出されている、同じように着物を着用し、時に三味線や大正琴を携えた歌手のポスターには、「風歌歌手」と肩書された代物の方が圧倒的に目立っていて、

「風歌(ふうか)、って言うんだよ」

 店の外にでれば光野の講釈が付け加えられれば、興味を持ったので、何か知っているのがあれば歌ってみせろと促すと、最初こそ頑なに拒んだ少女であったが、やがて、おずおずと、顔を赤らめたままに、小さな鼻歌と共に口ずさまれたそのメロディーは、まるで大正時代に流行った叙情歌の作曲家が作った新曲のようにいい感じの雰囲気ではないか。

 こちらの日本では、一応、演歌と双璧を成す関係である、大昔からある大衆音楽だそうだが、圧倒的にニーズは風歌に分があるそうで、

「私も、J-POPよりも風歌が好き、かな。今でも若い子も、結構聴くよ」

(…………)

 俺は、現代においても、老若男女問わず共に楽しめる音楽のジャンルがある、こちらの日本の文化がひどく羨ましく思えた。


 遠出をして高円寺に出かけた事もあったが、せいぜい北口の「純情商店街」のアーケードの文字が色違いこそあれ、高円寺はどこまでも高円寺であったりした。だが、俺の住んでいるはずのアパートの場所には、共通の玄関が設えられた、間取りも遥かに狭いであろう、大昔の「下宿屋」のようなデザインの建物に成り代わっていたりしていて、そうっと覗き込んでは、日陰の木板の廊下が、ずっと奥まで続くのを確認した後、

「え? なに? こっちの俺、此処に住んでるの?」

 振り向いて俺がおどけるようにすれば、入口付近で、光野は苦笑しつつ首をかしげていると、ふいに、ガラッ! と、音を聞きつけたらしい二階の窓は開き、七十年代に流行ったヒッピーのように髪をのばしてバンダナを巻いた若者が、度の強そうなメガネ越しに、訝し気にこちらを見つめていたのだ。


 今どき、ここまで化石のようなアパートに、若者が暮らしているのも驚きだし、バンダナの頭の上には、更に当たり前の様に角帽をのせていたりするところが、いかにも異界である風でもあったが、

(…………!)

 ましてやこんな年齢差の二人連れである。通報でもされたらたまらんと、俺はそそくさと逃げ出すようにし、未だに笑みは浮かべつつも、俺に比べれば、遥かに悠々とした光野リーンが後に続いた。


 ある日のバイト中の事だった。


 ピーーーン! なる耳鳴りと共に、いつもの「電流」が体を駆け巡ったのだ。

(……あいつ)

 仕事に忙殺されながら、俺は、すぐさま、其れが、光野リーンの来訪である事は悟ったのだが、今日は、待ち合わせをした日でもなんでもなければ、労働はまだまだ終わりそうな気配すらなく、

「おつかれーしたー」

 漸く解放され、形だけのあいさつをすました頃には、関係者専用出入り口付近では、制服姿の光野がじっと立っていて、俺の姿を見かけると、手を振りかけた後に会釈なんてしてくるではないか。

「なに……お前さん!歩いてきたの?!」

 驚いて訪ねれば、

「う、ううん! あっちで、この辺がナーモ君のアルバイト先だって、聞いてたから……。あの、道、おぼえて……! あ、あの……! お仕事、お疲れ様でしたっ!」

 しどろもどろにしていた説明は、やがて言い切るようにすると、少女は、こちらに向け、長い赤毛を思いっきりしな垂れるようにしておじきを繰り出すではないか。


(……に、したって、相当、歩いただろうがよ……)

 口には出さないままに呟くようにすると、すっかり驚いた俺は頬をかきかき、それでも異性からの労いは、年齢関係なく嬉しいものだと思えた、その時だった。

「おい!? てか、リーン! やばいよ! 時間! 時間!」

 ハタと気づいた俺は、こんな所で「発光」でもされたら大変だと、次の瞬間には、彼女の腕をつかむようにすれば、秋の夜長の街中を、駅に向けて駆け出していたのだ。

(やばいやばいやばいやばいやばい……!)

 切符を買うと、相手を押し込むようにして高円寺へと急ぐ帰路の中、ホームでも車両内でもスマホの時計やら、自分の腕時計やらを睨み続ける事で、俺は頭の中が一杯になっていたので、目の前のリーンが、なぜか嬉しそうにしていた事など、到底きづくはずもなかった。


 漸く、玄関に辿り着いた時には、互いに肩で息をしているような有様で、せまい空間の中、近距離の赤毛からは、女性の香しさを感じずにはいられなかったが、

「間に合った、ね……!」

 先に、口を開いたのはリーンだった。そして、こちらが頷く間もなく、今や、俺の目の前は「発光」していくのである。

「……じゃ、またね!」

 光の中に消えた少女は、なんだか随分と楽し気に一言を残し、後の闇の中には、未だ、荒くしている俺の息遣いが聞こえるだけとなった。とりあえず、

「……なにしにきたんだ? あいつ……」

 俺は独り言のように、素朴な疑問を呟いてみたが、

(……なんだ、この妙な酸っぱい感触は……)

 自分の胸底をすぎる感覚に、感じたことのない違和感も覚えてみたりするのであった。


「……めっちゃよかった」

 ある日のあちらの世界を訪ねた時の事だ。湘南県は茅ヶ崎のカフェにて、俺は、リーンから借りていた「風歌」歌手のCDの何枚かを返しながら感想を述べている所であった。一通りを聞き終えて思ったのは、いわば、風歌は、「俺らの世界の日本人なら誰もが聴いた事あるようで聴いた事ないジャンル」という表現が的確な音楽だった。

 遥か大昔、サーカス小屋というものがあった頃、客寄せの為に巷で流れていたジンタのような、そこはかとない哀愁の響きすら、現代楽器と相まって見事なハーモニーを奏でているグルーヴ感が其処には存在していれば、楽士の端くれとして、強烈で相当な刺激と共に、改めてこの日本の音楽文化に恐縮しきってすらいる俺の目の前では、

「良かった……!」

 と、素直に喜ぶリーンの笑顔があり、

「……私も、ナーモ君のCD……聴いたよ。とても良かったよ!

 贈呈した、俺が自主製作した音源のケースを大事そうにバックから取りだすと、

「……特に、『月光』が好き、かな」

 じっとジャケット写真を眺めながら、感想を述べてきたりするのであった。


 作り手として楽曲を褒められる事は、素直にこんな嬉しい事はない。顔をほころばせながらも、少しくすぐったいように噛みしめていると、

「そ、それで……あ……あの!」

 気づけば少女は顔を真っ赤にしていて、サインの一筆をお願いしてきたのだ。無論、俺が快諾した事は言うまでもなかったし、

(……やっぱ、月に憧れあったりするのかもな)

 なんて思いつつ、筆を走らせていれば、

「……あの、やっぱ、私、ちゃんとお金、払いたいんだけど……!」

「いいよ! ……てか、どうやって払うのよ」

 俺は、この少女の健気さに、最早、苦笑するしかなく、

「でも……!」

 尚も、その碧眼は、困惑気にじっとこちらを見つめ続けていたのであった。


 あの夏の終わりに遭遇したっきり、「システムマイスター」なる「老婆」は、とんと俺たちの目の前には姿を表さなくなり、リーン自体にも、直接のコンタクトは全くなくなったのだそうだ。

(……どうせい、ちゅーんじゃ……)

 「対象者」なる使命が何なのかは謎のままに俺たちは日々を過ごしていく。ただ、「風歌」だったり、俺の楽曲だったりと、互いに共有できる趣味も増えていき、最初のギクシャクが嘘のように会話が弾む事も多くなり、いつしか、お互いの存在の種明かしが、話題に上らない日すらもあった。


「ほら!ナーモ君はこっちだよ!」

「…………」

 日本国だけならいざ知らず、栄えある大日本帝国にもプリクラは存在していて、画面の前ではしゃぐリーンは、どこにでもいる女子学生そのものであったりした。およそ数年ぶりとなる異性とのツーショット相手が、まさかこんな子供になる事に、俺は、最早、苦笑そのものと化していたのだが、

(……まあ、妹でもできたと思う事にするか……)

 と、自分に言い聞かせながら過ごした。


 俺はとかく人目を気にしていたように思うが、リーンは全くそのような素振りすらなく、いずれにせよ時間帯によっては、秋深まりつつある夜の街角で、彼女には日本国外への脱出をすすめたのだが、留守がちな上に、どうも放任主義でもあるらしいキャリアウーマンの母親の娘は、理由が解らないようで、

「……勉強はちゃんとやってるよ?」

 と、見当違いな答えをしては、首をかしげてみせたが、その謎は、ある日の帝国観光での何気ない会話の延長で解明される事となった。


 大日本帝国でも、こちらの日本と同様、とりわけ戦前、戦中は、何かとモラルに厳しい時代もあり、戦後を経た後も、それは暫くは続いたらしいのだが、こちらの日本で、自分の性的指向のカミングアウトがあったり、随分と離れた年の差婚を発表する芸能人、文化人が多発しているように、否、むしろ、俺が知る日本以上に、リーンのいる帝国日本はおおらかな社会に変わっていて、別に十以上年の離れた二人連れが街を歩いているくらい、誰も気にしはしないとの事だった。

(…………)

 そうして、ふと、改めて俺は周囲を見渡し、よくよくと見てみれば、時に、同性同士であったり、想像以上に年の差のあるもの同士ですら、仲睦まじげにしている姿が当たり前のようにしてある事に気づいたのだ。

(…………)

 そんな「日常」を眺めつつ、俺は、大学の授業で、江戸時代までの日本人の倫理は明治以降のそれよりもはるかにおおらかであった、とかいう話があったのを思い出していた。これは、首の皮一枚であったとは言え、敗戦国とならなかった為、ある意味、いい意味での「古き良き日本」がこちらにはうまく息づいた結果なのかもしれない。


「……いい国、だな~……。日本」

 半ば呆れるように笑みを向けているリーンの碧眼に、俺は、少し呆然、唖然としつつ、呟き、この世界に魅かれはじめている自分がいたのだった。





















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